66 君のおかげ
詠子の言うように空模様が怪しい。
階段を駆け下り、ほとんど誰もいない校舎の中に祈がいないか探す。
もう外か?
こういう時、携帯の持ち込みがOKな学校だったら良かったのにと恨んだ。
校則を破って持ち込んでいる生徒も多いし僕も持ち込んでいるが祈は校則をきちんと守る。
携帯に連絡しても十中八九出てはくれないだろう。
家に行くべきか。
大丈夫、場所は、覚えてる。
それに祈の家に向かって走ってけば途中で追いつけるかも。
そう思って視線を上げたときだった。
「え...」
考えながら自分の靴箱からローファーを取り出そうとしていつもとは違う『違和感』に気づいた。
先程、勝負が終わって着替える前に運動靴を戻した時はなかったもの。
折り曲げられたルーズリーフが左右のローファーに挟まれていた。
もしかしたら...
淡い期待を抱き、それを開く。
『いつもの場所で待っています』
差出人の名前はなかった。
彼女かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
それでも『いつもの場所』と聞いて僕が思い浮かべたのは1箇所だった。
あとは信じるしかない。
そこに彼女がいると。
※
信号のない横断歩道を渡り住宅街に入っていき、2分ほど歩くと神社の入口が見えてくる。
学校すぐ近くにあるのに九重神社に来たのは随分久しぶりだった。
長い階段を上がると相変わらずの手入れの行き届いていない開けた空間が広がった。
初めにここに来たのは9月だった。
初めて見た時のこと、今でも覚えてる。
初めはただ美人だなと思った。それだけ。
だけどあの後『きっかけ』があって、話すようになった。
普通ならありえない。
でも、1つ1つの『ありえない』が繋がって、繋がったからこそ出逢えた。
だから運命だと思うことにした。
でも彼女は雲の上の存在で僕なんかが好きになっていいような人じゃない。
だから諦めようと何度も思った。何度も。何度も。
それでも好きで。記憶のの中に彼女は居座り続けていた。
最近では抑えられない程、気持ちが溢れて止まらない。
初めてだった。
境内にゆっくり近づき、横に回る。
彼女はいつもの場所で、壁に背を預けて立っていた。
空に向けられた視線がゆっくりこちらを向く。
「来て、くれたんですね」
祈は笑った。
※
「会長、富永が引き受けてくれるって」
「そうですか」と淡々と祈は返す。
「透くんが、頑張っていたのはやっぱり生徒会の件が絡んでたんですね」
富永との勝負で賭けていたことを祈は知らなかったらしい。
というかほとんどの人は知らなかっただろう。
あれは僕と富永、簗場さんがその場で決めた事で公表した訳じゃない。
話したのは直樹と矢野だけだ。
祈に話しても、心配かけるだけだからと。
「また、守ってくれた...」
「え...?」
祈は聞き取れないくらい小さな声で何か言う。
「ありがとうございました」
祈はそう言い頭を下げる。
「何度も、何度も、助けてくれて。やっぱり透くんは凄い、です」
「違う!」
瞬時に祈の言葉を否定する。
「凄くなんて、ない。みんなに助けられているだけで」
実際今回は直樹や矢野、富永、簗場さんに助けられた。
勝ちという結果を得ることは出来たがそれは結果論で僕が勝ち取ったものじゃない。
それに
「祈がいたから僕は走れたんだ」
トラウマに負けそうな僕の傍に来て支えてくれたからこそ、勝負をやる前から投げ出さずに済んだ。
祈がいたから
「それだけじゃない。今回のこと以外でも...。祈がいてくれたから変われた...!」
「そんな...そんなこと...いつも助けられてるのは...私の方で...」
戸惑った祈はそのまま俯く。
ここで引けば祈はさらに悲観的に、離れて行ってしまいそうで僕は勢いそのままにまくし立てた。
「助けたのも祈だからで...!」
「え...」
祈ら戸惑った声を上げるが悪いけど今は無視する。
どこか不安げな目で見上げてくる祈の目を恥ずかしさで逸らしそうになりながらもじっと見つめる。
「す......」
言葉が詰まった。
呼吸が走った後みたいに苦しくなる。
「好き、なんだ」
「え...」
そう言った瞬間、祈の目が大きく開かれた。
「ごめん、ただの...相談役だったのに」
そんな関係だからこそ祈は普段隠した心の内を話してくれたのに。
「それだけじゃ...嫌、なんだ。悲しい思いも苦しい思いも、して欲しくない。...これからも頼りにして欲しいし僕が今日みたいに情けなくて、逃げ出そうとしたときは叱って、支えて欲しいって...思う」
僕の言葉が紡がれると共に祈が口元を両手で覆い隠して顔を赤く染めていく。
「僕の...傍にいてくれませんか?」
気恥しさで何故か敬語になりながらも腰から頭を下げ片手を伸ばす。
押川透人生最大の見せ場だ。
「そ...んな......」
震えた祈の声がした。
頭を下げているため祈の顔が見えない。
不安になり頭を上げようとすると
「え...!?い、祈!?」
頭を両手で強く押さえつけられた。
「だ、ダメです!!今...と、とにかく今は見ないで!」
そう言われると逆に見たい...なんて...
言ったら多分怒られるから言わないけどさ。
「あの...それで、どうでしょうか」
頭を抑えられながら敬語でそう言うと
「......」
祈はしばらく黙っていた。
そして頭に乗せられた手が離れていく。
これは頭を上げてもいい...のか?
この姿勢続けるの結構辛いし。
念の為、ゆっくり頭を上げていくが今度は抑えられることはなかった。
祈は真っ赤な顔で鼻先に片手を当てて明後日の方向に視線を落としていた。
キュッと噛んでいた唇を震わせながら開き
「私なんかで...良ければ」
と消え入りそうな声で言う。
『私なんか』...か。
「『なんか』じゃない。祈がいいんだ」
僕は精一杯の笑顔でそう言った。




