64.5 2人の恋
幼い頃の私は努力が出来ない子でした。
私の父はこの辺りで1番力のある会社の跡取り息子で私の母との結婚は今どき有り得ないと疑いたくなるような家に決められた物だったそうです。
ですが、母はなかなか子供を作れない体だったらしく、苦労の末、私が生まれした。
それなのに、何をやらせても結果を出せない私に父は次第に失望していきました。
そして私が小学校4年の時、父は他に新たに家族を作って出ていきました。
今はもう、父だったあの人は私の存在を記憶にも留めずにいるでしょう。
私はそれだけ邪魔だったのです。母も憔悴し、今では感情のないロボットのよう。
私は誰にも望まれない子だったのです。
出ていったときの父の言葉、私は忘れません。
『もう少し、努力の出来る子だったら良かったのに』。
だったらもっと努力をすれば、私はあの時、大事なものを失わずに済んだのでしょうか?
父も、家族愛も失わず、母も壊れずに3人で幸せに暮らせていたのでしょうか。
私はずっと1人です。
それまでも、母の言いつけで遠方の高校に合格することが出来てからも。
親しい人を作るのが怖い。
仲良くなって、いなくなってしまうのが。
手に入れたものを失うことが。
だから、誰にも嫌われない私を作り上げたんです。
本当の気持ちは心の奥の奥に隠して。
なのに。
あなたと出会った事で私の『本音』は決壊してしまった。
あなたが私を変えたんですよ。
透くん。
※
凄い。
初めて見る透くんの姿に衝撃が走り、体がビリビリと痺れる。
陸上には詳しくないから素人目だけど2人が高レベルな戦いをしているということは傍にいた陸上部員の様子を見ていれば分かった。
普段の姿からは想像のつかない想い人の新たな一面に目が離せない。
普段もカッコイイんですけどね。
やっぱりあなたは私のヒーローです。
勝負は負けてしまいましたけどそれでもいいんです。
「那須さん」
勝負が終わり次次と生徒が去っていく中、最近仲がいい永田詠子さんがそっと声をかけてきた。
「なに?」
擬態バージョンで軽めの口調でそう言うと
「こういうの、聞くべきじゃないとは思うんだけど、今じゃないと聞けない気がするから聞く。...とお...押川くんと付き合ってるの?」
その事は誰かに聞かれると予測してた。
そりゃそうだ。
さっき、あんなに透くんと本音で話したのだ。
本当の私のまま。
周りの目があることを思い出したのはことが起きた後だ。
だから当然周りは普段話もしない私と透くんとの関係を疑い出す。
本当のわたしの姿だって知られたかもしれない。
「付き合って...ないよ。私と押川くんは...」
「大丈夫。分かってる」
「分かってるって...」
気づかれたのでしょうか。
私が...透くんを―――
「那須さんにとって、透は特別なんだね」
「それは...」
否定の言葉は出てこない。
永田さんは今にも泣きそうな顔で微笑んでいたから。
私は前に透くんと永田さんが仲良くしている所を見ている。
もしかして、永田さんも...
思わず透くんの方を向くとちょうど振り向いた透くんと視線が合う。
その偶然が嬉しくて、俯いてしまう。
「す...好きだよ。おしか...ううん。透くんのこと」
これ以上、永田さんに嘘をつく事が耐えられず私は本当の気持ちを話す。
「そっか」
永田さんは何も言わなかった。
しばらく2人立ち尽くした後、どちらかともなく「行こうか」と言った。
教室に着くまで、永田さんは俯いたまま何も言わなかった。




