61 生徒会長
普段なかなか使わない2年フロアと3年フロアを繋ぐ階段を上りながらふと『そういえば会長のクラスってどこだっけ』と今更ながら思った。
理系か文系かだけでも分かってればクラスを絞りこめるがそれすら分からない。
僕は階段を上る足を止め、クルリと反対方向を向き階段を下る。
そのまま2年フロアに戻り階段横の特別通路から教室棟横の管理棟へと向かった。
目的地はそこの3階にある生徒会室。
少し出遅れたとはいえまだ放課後になったばかり。
生徒会が仕事を始める前には会長を捕まえておきたい。会議とか始まったら待ちぼうけ食らうことになるし。
早足で進み生徒会室へと辿り着く。
同じフロアには進路指導室や資料室など普段利用しない教室ばかり並ぶ。
ここに来たの入学当初の学校案内以来かもしれない。
外の光が入らず薄暗い廊下でまずは間違いのないように生徒会室の入口にあるプレートを確認。
深呼吸をして緊張で震えそうになる手で3回ノックをする。
「はい」と扉の奥でくぐもった女子の声がした。
「し、失礼します」
思ったより狭い生徒会室には長机が2つくっつけて中央に並べられており、その1番奥、いわゆるお誕生席の位置に彼女はピンと背を伸ばして書き物をしていた。
「ん?」
手を止め彼女―――生徒会長、八戸咲華は顔を上げる。
「生徒会に何か用かな?」
会長はそう言って立ち上がる。
真っ直ぐと目が合い一瞬逸らしてしまった。
だが自分がここに来た理由を思い出し緊張や恐怖のような感情を持ちながらも再度視線を合わせる。
「会長に、お聞きしたいことがあって来たんです」
「私に?」
会長はキョトンとした顔をした後
「掛けて」
と椅子を勧めてくれる。
「緑茶でいいかな?」
そう言いながら奥のポットに手をかける会長に
「いえ、すぐ済む用事なので大丈夫です」
「そうか。それで、私に話とは?」
元の席に座って会長がそう問う。
「今度の生徒会選挙についてです」
「と、言うことは立候補してくれるのか!?」
バンと手を付き目をキラキラさせながらそう言う会長に
「違います」
「そうなのか」
しょぼんと顔が一気に暗くなる。
会長は僅かな間に表情がコロコロ変わる。
なんかいつも凛とした雰囲気だから自然と近寄り難く感じていたが本当はもっと親しみやすい人なのかもしれない。
いや、今はそんなことより...
「僕が聞きたいことは2つです。今どのくらいの候補者が集まっているのか。そして『立候補がない』役職があった場合どうなるのか、です」
「ふむ...」
そう会長は1呼吸置き
「選挙活動前だから個人情報に触れることは出来ないが...出来る限りは答えよう。こうしてわざわざ来てくれたしな」
ピンと会長は左手の人差し指を立てる。
「まず1つ目。現在の立候補者だが、会長候補以外は多くの希望者が集まっている。と言っても例年に比べ、だいぶ少ないがな。だが肝心の会長候補がまだ現れていないのは痛い。生徒会は会長がいなければ始まらないんだ。それに会長を任されるというのは大変名誉なことなんだぞ。もちろん大変なのは認めよう。だがそれ以上にやりがいは大きいし内申も良くなる。うちは県内でも屈指の進学校だ。そこの生徒会長ともなれば今後進路を選ぶ際、大きなアドバンテージとなる。やって損はない。どうだ!君。やってみないか!?」
途中から勧誘に変わってた。
僕は「遠慮します」と角の立たないくらいの出来るだけ柔らかな声でそう言うと会長は「そうか...」と溜息をつく。
気を取り直してと言うように会長は次にもう1本更に指を立て
「2つ目。もし仮にこのまま会長候補が出なかった場合...出来ればこれは避けたい事だが...まあ、他の役職を希望した者の中から選ぶことになるだろうな」
「本当ですか!」
つい大声を出してしまい会長はビクッと驚きで身体を震わせる。
「あ、ああ」
しかも若干引いていらっしゃる様子。
「だがあくまでこれは私の憶測だ。例年全ての役職に候補者は集まっていたし、ましてや会長候補が現れないなどということはなかった。この役職ごとに希望者を集めるというやり方は代々受け継がれて来たものだがやはり来年から変えてもらわなければならんな」
「どうして、こんなやり方なんですか?役職じゃなくて単に生徒会に入りたい人って希望者募って選ばれた人が話し合いで役職決めた方が良くないですか?今回みたいなパターンもあるでしょうし」
「1番は生徒の積極性を試すこと、そして責任感もって取り組んでもらいたいから...だろうか」
「積極性...?」
「後から決めて役職の押し付け合いともなれば嫌々だったり、仕事で手を抜いたりということも発生するだろう。会長だけはどうしてもやりたくないけど他なら良いって具合でな。ぶっちゃけ会長の仕事量や教師、生徒からの期待の重みが半端じゃないんだ...」
「会長...」
普段見えない会長の苦労が伺える。
「え...あ、いや...今のは......」
「失言だった」と慌てて口を覆うがもう遅い。
会長は諦めたと言うようにため息を零し
「他言無用で頼む。...とにかく当選前に役職が決まっていればそれだけ責任感もやる気も変わって来るわけだ。我が生徒会としても志の高い者に仕事を引き継いで貰いたいからな。半端な気持ちじゃ務まらん。だが、そう思ってても現実は上手くいかない。近頃は積極性に欠ける生徒も増えてきていることだし。だがもう今回は今更やり方を変えることは出来ない。既に立候補者は募っているからな」
会長は1呼吸置き、再び僕を真っ直ぐ見る。
「だが、今回は大丈夫だ。既に会長に推薦したい人間には声をかけてある。時期に全ての役職に立候補者が集まるだろう」
「...ちなみに誰に声をかけたんですか」
努めて何でもないようにそう聞く。
祈以外に誰がその候補者となっているのか。ここが重要だった。
「そうだな...『君のクラスメイト』も関わっているし、他人事ではないか。私が声をかけたのは3人だ」
3人...?
「2年1組、那須祈くん。同じく『2年1組、永田詠子くん』。そして2年4組、現生徒会会計、富永淳太くんだ」
1つ目の祈の名前。これは分かっていたことだが2つ目の名前を聞いて表情が引きつった。
詠子が誘われてるなんて初耳だ。
確かに詠子も1年の時から学年1位を取り続ける優等生。生徒会長候補として名が挙がってもおかしくはない、か。
「まあ、永田くんにはにべもなく断られてしまったがね」
なんともそれは詠子らしい。
ということは...
「その...富永くん、さん?はもう立候補することが決まっているんですか?」
「それが渋られていてね...彼は仕事も真面目にこなしてくれているし彼が生徒会長を引き受けてくれるのなら私も安心出来るんだが、どうにも今後は部活に力を入れたいと今回の生徒会選に出馬していないんだ」
だったら、もしその富永って人が生徒会長に立候補すれば祈はしなくて良くなるってことか。
「だが、私はもう1人の、那須君に是非ともやってもらいたいと思っている。彼女は人望も厚いし、容量も良い。何より真面目だ。会長になれば全校生徒を引っ張ってますます良い学校にしてくれるだろう」
そう会長は笑うが僕は対照的なことを思った。
何言ってんの?この人。
容量が良い?
違う。祈はどちらかと言えば容量が悪い方だ。
そう見えるのは祈が事前に『予習』して来ているだけで。
それに祈は人前にいることに『慣れている』のではなく『慣れたフリをしている』だけ。
会長なんかになれば今までしてきた予習も通用しない、その場で瞬時の判断をして対処する場面も多くなる。
そんな中、自分の容量超えるまで無理して食らいついてパンクする、なんて未来が目に見える。
なんとしてでも、その富永とやらに引き受けてもらうしか方法はなさそうだ。
「君の質問への回答はこれで良かったかな?」
僕の内心などつゆ知らず会長はニッコリ笑って首を傾けた。
「はい。ありがとうございました」
お礼を言い立ち上がる。
「あ、そうそう。『押川』くん」
出口に向かって踏み出しかけた足をピタッと止める。
どうして名乗っていないのにこの人、僕の名前を知ってるんだ?
そういえばさっきも祈と詠子を『君のクラスメイト』と言っていた。
僕はクラスすら言っていなかったというのに。
僕の疑問を察したように会長はその答えを言う。
「生徒会長だからか、生徒の情報がよく集まるんだ」
ゾクリと背中が凍りつくような感覚が這った。
「1度は断られてしまったが私は君ならばいつでも生徒会に歓迎するよ。その気があればいつでも来てくれ」
そう言い掌を上に向けこちらに伸ばす。
「...今日はありがとうございました。失礼します」
そう言って僕は生徒会室を後にした。




