60 心の重り
帰りのホームルームを終え、とっくに荷物をまとめ終わった鞄を机の上に置いたままで僕は椅子に座り込んでいた。
やるとは決めた。
でもやっぱり緊張するんだよっ!
この後、数分後に待ち受ける未来を想像しため息が漏れる。
「んだよ。行かねぇの?」
そんな軽い声に顔を上げるとニマニマした顔の矢野が見下ろしている。
完全に他人事だと思って面白がってるだろこいつ。
「......」
「ちょっ、なにそのアホの子を見るような目は。あと無言ダメ絶対」
なんか重く悩んでるのが馬鹿らしくなってきた。
どうせなにやっても上手くいかないとまだ起こっていない先の事を憂いて悲観的になり過ぎていたんだと思う。
所詮、先のことは先のこと。
未来人でも占い師でもない僕には考えても分からない。
もっと楽観的になればいいんだ。
例えば...
「今だけ僕も矢野になりたいよ...」
「...プロポーズ?」
「なわけないだろ!」
パチンと指を鳴らし「ひらめいた!」みたいな顔すんなっ!
近くにいた女子がギョッとした顔でこっち見てんじゃねぇか!!
やっと僕は立ち上がる。
鞄は...いっか。また取りにくれば。
「お、行くのか?」
何がそんなに面白いのかやたらハイテンションで矢野が机に身を乗り出し近づいてくる。
シトラス系の制汗剤の匂いがふわっと香った。
「ああ」
テンション低めにそう答える。
いちいちこのテンションに付き合ってられない。
元々矢野みたいな奴は苦手だったんだ。
...最近は、まあ、一緒にいても苦痛という訳では無いけど。
「頑張れよ」
ちょっと前のハイテンションを潜め、矢野は耳元でそう囁く。
そして―――
バンッ。
「いったぁっ!?」
思いっきり背中を叩かれた。
「ほら行った行った!」
両肩を掴んで前に押され、そのまま教室の外に放り出される。
背中押してくれてんのは分かるけどもうちょっと周囲への視線と僕のひ弱な体に配慮してくれませんかねぇ。
そんな僕の心の声などまるで届いてない矢野は能天気に笑ってひらひらと手を振り教室の奥へと消えていく。
「ったく」
そう文句を言いながらも不思議と憎めない。
数分前まで感じていた心の重りは完全に霧散して、いつもより目の前が開けたような錯覚までも感じながら僕は歩を前に進めた。




