57 頼り
気がつけば、いつも目で彼女を追っている。
ずっと目で追っていればいずれバレるし、他のクラスメイトにも気づかれるかもしれない。
だから必死に目を逸らす。
だけど、自分でも無意識のうちに首は左に曲がり彼女を1秒でも長く見ようとする。
まるでストーカーのようだ。
後ろから彼女の声が聞こえる度に聞き耳をすます。彼女が誰かに褒められるだけで僕まで嬉しくなる。ただし男子は別。
彼女はいつも注目の的でモテる。
よく呼び出しを受けていることも同じクラスにいれば分かる。
誰かに呼び出されて教室を出ていく彼女。その後ろ姿を見て、つい「行かないでくれ」と言いたくなる。
そんな権利、ないのに。
ここまで恋焦がれたことが今まであっただろうか。
僕の頭の中にはいつも彼女がいる。
学校の日も休みの日も。
彼女との接点が途切れた今でもそれは同じだった。
※
那須の様子が明らかにおかしい。
そのことにすぐ気がついた。
一見いつも通りに見えても那須の弱った顔すら見ている僕からすればその違和感は明らかだった。
いつも通り那須は常に誰かと一緒にいてみんなの和の中心。
見た者全てを惹きつける弾けんばかりの笑顔を浮かべて。
だけど、人の目が外れる僅かな時間に祈は顔を曇らせているのを僕は見逃さない。
次の日の夜、僕は悩んでいた。
机の上に置いたスマホを掴んでは離し、部屋を無駄にウロウロして、またスマホを手に持って―――
なんてことをもう10分以上それを繰り返している。
祈に連絡しようと思ったのにこれだ。
マジで情けない。
いつも、僕は受け身だ。
話しかけてくれれば、誘ってくれれば、聞いてくれれば。
そうやって相手からのアプローチを待っている。
自分から行かないとと思うのに、それは『思う』だけで実際に行動を起こせない。
拒絶されたらと思うと怖い。
元々低い自分の価値が周りに肯定されていくようで。
そして更に地へと落ちるような気分になる。
―――でも。
意を決してスマホを手に取った。
心臓はバクバクだし手どころか全身は汗だく、ついには目の前が一瞬真っ白に染まってキュッと目を閉じた。
ただ電話をかけると言うだけなのにバカみたい。
たまらずベッドに腰掛け深呼吸する。
変に緊張するな。
たかが電話。気負う必要は無い。
...よし。
連絡先から祈の番号を選ぶと無機質なコール音が鳴る。
コール音が鳴り響くこの時間は嫌いだ。
出て欲しい。
出て欲しくない。
緊張感がコール音1つ重なるごとに積み重なる。
プツッと音が切れる。
「...はい」
耳元から祈の声がしてビリビリ体が痺れた。
久しぶりの電話。
普段人に囲まれている祈をこの瞬間は独り占めしている。
電話なんだから当たり前だしこれが初めてでもないのに何考えてんだ、僕は。
「...久しぶり」
「そう、ですね。電話ではお久しぶりです。...あの......」
祈は言いにくそうにそう言葉を切る。
「ごめんなさい。連絡なかなか出来なくて」
「いや...!それは...僕もだし。祈忙しそうだもんな。委員長とか」
なんてことない会話。
直前までの緊張感はどこへやら。
いつの間にか心の中には温かさと高揚感で満たされて。
いよいよ僕は本題を切り出すことにした。
「最近...何かあった?」
「......」
祈は何も言わない。
「なんでそんなこと言うのか」と戸惑っているようにも核心を突かれて言葉を失っているようにも取れる。
「いや...最近...学校での様子変だなって、思って」
喉がカラカラに乾く。
ここで「関わるな」と拒絶されればここまでだ。
少し時間を空けてから
「私は...」
祈は重く口を開いた。
「いいんでしょうか」
「いいって?」
言葉の意味が分からずそう問うと
「私は...ずっと透くんに頼りっぱなしです。時には自分で全てどうにかしなければならないことすらも透くんを通している気がするんです」
「そんなことないって。誰だって悩みがあれば人に話すし些細なことでも言葉にしてる。考えすぎだって」
「でも...このままだと私...この先ずっと、透くんに頼りっきりになってしまいそうな気がするんです」
「それでも...!」
思わず大声になってしまい慌てて謝る。
「ごめん!大声出して。...でも、やっぱ心配なんだよ。祈がどこかしんどそうな顔してるのがさ。僕の見えるところでも、見えないところでも祈には辛さを抱えて欲しくないって...思ってる。だから...だからさ......僕で良ければ、話いつでも聞くし」
後半は声がだんだん小さくなってしまったが、言えた。
首を横に向けるとカーテンが空いたままの窓に自分の顔がくっきり映り込んでいる。
これが電話で良かった。
こんな顔、祈には見せられない。
ガラス越しに映る自分の顔をこれ以上見ていられなくてベッドから立ち上がりカーテンを閉めると同時にスマホ越しに暗い祈の声が響く。
「...生徒会に、誘われているんです」
「生徒会?」
嫌なら断ればいいんじゃ。
そう言いかけて止めた。
祈はいつも周りの気持ちに答えようとしている。
簡単に断ることが出来ないという性格はそうそう直るものでは無いことは分かっていた。
「祈はどうしたいと思ってる?」
「出来れば、...いえ...断りたいんです。クラス委員すら私には荷が重いのによりにもよって生徒会長なんて...」
「生徒会長!?役員じゃなくて!?」
毎年生徒会は役割ごとに候補者を募る。
「他の生徒会長立候補は...」
「残念ながら」
確かだいぶ前にホームルームで生徒会への立候補者は申し出るように担任が言っていたことを思い出した。
確か締切まであと少しだ。
他に立候補者がいない中祈のみが生徒会長候補として踊り出れば当選は確実。
それに加え祈は学内アイドル。
元々一目置かれている存在で人望も厚い人気者。
そんな祈が会長に推されることは当然のことだと思うしなって欲しいと思うだろう。
だが、それは学校での祈しか知らない人にとってはの話。
素の祈は無理なことでも無理と言わず、その結果限界を超える程の努力を重ねて補い、何でもかんでも抱え込む危ういところがある。それに頼まれれば断らない。
「祈は...」
静かに僕は言葉を絞り出す。
「断ることを覚えた方がいい」
敢えてハッキリとそう言った。
「そんなこと出来れば苦労しないのに」そう思われて嫌われるのも覚悟の上で。
「何でもかんでも出来るって。頑張ればってそう思うな」
突き放す言葉に祈が戸惑った声を出す。
「なんで...なんでそんなこと...言うんですか。私だって、私だって頑張ろうって」
「頑張ってるよ。もう十分すぎるほど。無理しなくてもそのままの祈でいいんだ」
「だめです!頑張らなかったら...頑張ることをやめたらもう誰も見てくれない!!私は無価値な人間になってしまうんです!!」
電話越しに祈が叫ぶ。
その悲痛な叫びが胸にチクチクと刺さると同時に怒りがフツフツと沸き上がってくる。
その結果言葉が頭で考える工程を素通りして飛び出す。
『頑張ることをやめたらもう誰も見てくれない』
まるで自分のことを言われている気分になった。
「頑張るなとまでは言ってない。無理をするなって言ったんだ」
「同じことです!私は元々出来が悪いし、ここまで自分を作ったのに頑張ることを辞めたら全部無意味になってしまうじゃないですか!!」
「そんなことないだろ!祈は凄いよ。いつもいつも、出来なかったことでも出来るようになってちゃんと結果出してる。過去がどうあれ、元々がどうあれ今の祈は祈だ。僕は...去年からだけど祈がどれだけ頑張ってるか知ってる。ずっと見てたんだ!」
「ず、ずっと...!?」
鼻声の祈がそう声を上げたがとりあえず今は無視しておく。
「頼むから、無理はしないでくれよ。嫌なんだよ。前みたいに倒れられたらさ。たとえ誰も見てくれなくっても僕はずっと祈を見てる。ちゃんと頑張ってるのも分かってるから。だから...」
「も、もういいです!分かりましたから!!」
祈の大声で僕の言葉は遮られる。
そしてやっと我に返った。
え...今...僕なんて言った?
言ってしまった言葉を思い出せる限り思い出して、今更になって大声で怒鳴るようにしてしまったこと、自分がある意味『告白めいた』ことを言ってしまったことに気づく。
う......
うわぁぁぁっ!!
何言ってんだ!!自分から電話しておいて、勝手に悩み聞き出そうとして逆ギレするとか!!
バカじゃねぇの!バカじゃねぇの!!
「やっぱり...透くんは変です」
で、ですよねぇ。
祈はズビッと鼻を啜った後「ふふ」と笑い会話が途切れる。
「で...どうする?」
その気まずさに負けそう言うと
だいぶ間を空けたあと、祈は口を開いた。
「すみません。また、頼って...いいですか?」
その問いに僕は
「任せとけ」
力強くそう返した。




