55 矢野
心休まる暇がない。
これは久しぶりに感じる事だった。
前にこんな気持ちを感じたのは1年前。直樹と話し始めたばかりの頃だっけ。
初めの頃は直樹のこともどこか鬱陶しく思っていた。
直樹はちゃんと距離感を理解して察しがいい。いつも相手の立場に立った物の考え方をする。
だからこそ僕はそこに甘え、助けられてきた。
心を開けた。
人づきあいを辞めようとしていた入学当時のやさぐれた僕が今も直樹と付き合い続けることが出来ているのはそういう部分もあるだろう。
だが―――
「押川次移動教室だぞ!一緒行こうぜ」
こいつはやたらとグイグイ来る!
休み時間も寝たフリでやり過ごしていたら問答無用で起こしてくるし授業中でも隙あれば絡んでくる。
最近だと昼休みの直樹との昼食に割り込んでくる程だ。
直樹は持ち前のコミュ力の高さですんなり受け入れている様子だったが2人してスポーツの話をしだした時は置いてけぼり感が半端ない。
矢野はバスケ部に入っているらしく、運動神経抜群でそれ以外のスポーツも何でも出来るらしい。
直樹も運動神経抜群だしスポーツ好きだから話が合うのも分かるけど2人で盛り上がられると居心地悪い。
「ここにいていいのかなー」なんて疎外感を感じることもしばしばだ。
初めは詠子のことばかり聞いてきた矢野だが次第に他の話もするようになり、今では当初の目的なんて忘れているようだった。
誠に遺憾だが今じゃクラスで1番話す間柄になっている。
3年は基本このままクラス持ち上がりらしいからこの縁は卒業まで続くのだろう。
苦手だ、苦手だと思っていた矢野だが話しているとそんなに悪い奴ではないように思えてきている。
多分先入観から苦手意識が強かったんだと思う。
中学の時のチームメイトと姿がダブって見えていたから。
※
「次の物理の小テスト勉強したか?」
「んー...あんまり」
そう答えると矢野はいつもの大きめの声で
「だよなー。俺も今回はマジやばい。物理難しすぎっしょ」
そんなやり取りをしながら並んで次の教室に向かう。
今でもこの時間は気を使うし心は休まらないけど、少なくとも、ここ最近は何かこいつ相手に選択肢間違っても大事にはならないかなと思えるくらいまでは信頼が少しは生まれて来ているのも感じている。
のんびり歩いていたからか別のルートからやって来ていた祈達と同じ廊下で合流した。
その中には詠子もいた。
初めこそ孤立していたし休み時間も本を読んでいる事が多いが一緒に居られる存在がいたことにホッとした。
やはり男女の隔たりがある以上僕が無闇に近づくことは出来ない。こういう時は特に。
その点、祈なら安心して詠子を任せられる。
...って僕は何目線だよ。
お父さんかっ!
心の中で自分に突っ込んでいると矢野が顔を寄せて来て小声で話しかけてきた。
「やっぱいいよな〜このツーショット」
その視線はすぐ前で横並びで歩く祈と詠子を捉えていた。
「付き合いてぇ〜。なあ、押川。なんかアドバイスくれ!」
忘れていたものを思い出したように矢野がだらしなく緩んだ顔でそう言う。
勘弁してくれ...
この手の話題に慣れていないってのももちろんあるけどそれ以上に祈と詠子でこんな話したくなかった。
祈は僕の密かな想い人だし詠子は大事な友達。
そう簡単に2人を売るような真似はしたくない。
でも告白するしないは自由だし僕がそれを止める権利はない。
祈も詠子も僕の所有物なんかじゃないのだから。
肩をグラグラ揺さぶられながら
「な、なんか良さげなタイミングでも見つければいいじゃん」
「なんだよ良さげなタイミングって〜」
口を尖らせ矢野が詰め寄ってくる。
やばい。
この変なテンションになった矢野は適当にあしらってもなかなか納得してくれない面倒臭いモードに入る。
納得いく答え、納得いく答え...
「大会で勝った後、とか?」
適当にそう言うと
「おおっ、そういうのも確かに...」
適当に言ったのにそこそこ納得して貰えた...のか?
ま、いいや。これ以上絡まれる前に逃げよう。
教室目の前だし。
「あ、待てよ!」
後ろから聞こえてくる声を無視して急ぎ足で物理教室に入った。
この後のまた拝み倒される展開が目に見える。




