54 距離感
「なあなあ」
学年が変わりぼっち生活に戻った僕がいつも通り普段1人で体育の時間をやり過ごしているとちょうど交代で抜けてきたクラスメイトが話しかけてきた。
5月となり日差しが徐々に強まってきたグラウンドは1組2組の2クラスの男子生徒がサッカーの試合をしている。
「えーっと...」
名前が出てこない。
顔は知ってるんだけどなぁ...
その時グラウンドからボールが転がってきた。
それをそいつは足で受け止める。
「おーい、樹ー!取ってくれ」
「おうっ」
と樹と呼ばれたそいつは真っ直ぐ良いコントロールでボールを蹴飛ばした。
あ、そうだそうだ。
矢野だ。
矢野樹。
「それでなんだ、矢野」
今の今まで名前を思い出せなかったことを悟られないようにそう言うと矢野は「あ、そうそう」とわざとらしく言った。
「押川って永田と仲良いよな?付き合ってんの?」
なんかあったなー。こんなこと。
1年の時なんか詠子との事で一時期変な噂が立ったことがあった。
その時は気がつけばもう噂はなくなっていたわけだけども。
人の噂も七十五日っていうしな。
七十五日もなかった短い期間だったけど。
だがどうやら無くなったと思っていた噂はどこかで生きていたらしい。
こういう場合、なんて答えるのが正解なんだろうか。
慣れていない僕には皆目見当もつかない。
初めから「仲良いよな」なんて聞いてくるこの様子じゃ1年の時に図書室でよく一緒にいたことなんてとっくに知っているんだろうし変に誤魔化すのは逆効果か。
「そこそこ仲はいいけど付き合ってはないぞ。基本一方的に勉強教えて貰ってるだけだし」
「そうなん?じゃあさ、俺、永田行っちゃってもいい?」
矢野は案外すんなりと僕の言葉を受け止めそんな提案をしてきた。
「行くって?」
「そりゃ、決まってんじゃん。告るんだよ。那須もいいけどハードル高いかんなー。永田も前は地味だったけど今はめっちゃ可愛いし!可愛くて勉強出来るって最強じゃね!?」
いや、『じゃね』とか言われても。
そんなの同意し兼ねる。
前に詠子の告白現場を見たがそれ以来も詠子の容姿に釣られ告白する奴は後を絶たない。
詠子自身その事を話題にすることはなかったけど2月、3月はやけに疲れた様子でいる事が多かった。
告白は全て断っているようだがそれでもその告白ラッシュは続いているらしい。
「なあ、永田のこと教えてくれよ」
「何を」
なんかグイグイくんな...こいつ。
「好きな物とか、趣味とか?」
えー...なんでそんなこと。
「頼むっ」
ついには手を合わせて拝んで来た。
僕は地蔵でも神様でもないんだが。
「言っとくけどあんま突っ込んだこととかは話せないぞ。仲良いって言ってもなんでも分かるわけじゃないし」
そう遠回しに断るとガーンとショックを受けたような顔をされた。
だがしょうがない。事実だし。
実際詠子と話す時は勉強のことばっかだったし休日にあったのも2回だけ。
その時もそれぞれきちんと目的があっての事だったので互いのプライベートに深く突っ込んだ話はあまりしていない気がする。
もう半年以上になる詠子との付き合いだが所詮こんなものなのだ。誕生日だったり、好きなものだったり。そんなことすら知らない。
これで諦めてくれるかなと思っていたが矢野はまたすぐ復活した様子で拝み出す。
「神様仏様押川様〜!」
だから神様でも仏様でもないって。
全力で手を合わせる矢野に呆れているとピピーッとグラウンドで試合終了を告げるホイッスルが鳴った。




