51 新学年
既にほとんどの花びらが散り、地面がピンクに染まった道を僕は進んでいた。
今年も桜は早咲きで、4月に満開の桜を拝んだ記憶がない。
それでもこの時期になれば「ああ、また始まるな」と次の学年、クラスへの思いは膨らむ。
いつも通りの通学路は薄汚れた自転車達が不規則に並んでいた。
それもそのはず。新1年生が入学してくるのは4日後だ。
信号機に捕まって左右のブレーキを握ると1つ前にいた男子生徒2人が「志望校決めてない」「マジやばい」と呻いていた。
僕も1年後にはそうなっているのだろうか。
今日からは僕も2年生。
去年1年があっという間だったようにこの1年もきっとあっという間なのだろう。
そろそろ志望校を本格的に決めて受験勉強をぼちぼち初めておかなければならない。
受験勉強ともなれば今までやってきた勉強とは打って変わるだろうし詠子にまたお世話になることになりそう...
1度だけ経験した受験時のことを思いだし、直ぐに頭を左右に振って思い出しかけた記憶を排除する。
中学の時のことはどれをとってもいい記憶はない。
結局、いつまで経っても僕は変われない。
変わろうと思ってももはや、自身の意思でどうにもならないほどの過去の呪縛がそれを留める。
学年が、クラスが変わってもきっとそれは同じだ。
※
駐輪場に自転車を止め、校舎に入るとガヤガヤとした声と密集した生徒による圧迫感が押し寄せる。
いつもは靴を履いてそのまま素通りする短い廊下は人で溢れていた。
その奥に張っているであろう新クラスの名簿の張り紙は人の頭に隠れて上部しか見えない。
それでも『押川透』という名前は案外すんなり見つかった。
2年1組か。
残念ながらこの位置から見えるのはクラス名と担任の名前、そして出席番号の上から2人目まで。
押川という苗字の宿命で出席番号は1番。1つ下にある男子生徒の名前は知らないものだ。
知り合いははどれくらいいるのだろうか。
上手くクラスに馴染めるだろうか。
せめて直樹がいれば...
だが、それはない。
直樹は文系を迷わず選んだと話していたことを思いだした。
そりゃあれだけの数学嫌いで理系を選ぶわけないもんな。
ここで待っても仕方がないと割り切り、靴箱から遠ざかる。
今までは1つ階段を登れば終わりだったのに更に上の階に進まなければならない。
1つ変わるだけなのにやけに疲れる。
3年になれば更に上なのかと思いげんなりしながらようやく2年フロアに辿り着いた。
見た目は1年の時と変わらないのに階段スペースより更に奥に進むことに一瞬躊躇してしまう。
少し後ろから階段を昇ってきていた生徒は僕のすぐ後ろの隙間を通り息を吐きながら階段を登って行った。すれ違いざまに僕のリュックサックと男子生徒の肩にかけた鞄が擦れる。
後ろから次々と生徒が階段を登ってくる。
ここにいては邪魔だろうと足を1歩、踏み出し階段スペースを抜ける。
左は理系、1、2組、右は文系の3、4、5組だ。
それぞれに選択科目用の教室を備えているのも去年と同じ。
だが、文理問わずだった去年とは違い1つの学年が2つに別れたというだけで大きな隔たりを感じる。
いつまでもここで突っ立ている訳にはいかない。
邪魔になるしな。
左を向きゆっくりと歩き出す。
やっと、心を許せそうだったクラスメイト達。
去年の1年1組の生徒は全員理系を選んだはずがない。
終業式に直樹とその話によると文系の方が多いらしいし。同じ理系を選んだとしても2分の1の確率だ。
それを外せば1から所ではない。ゼロからまた人間関係の構築をしなければならないことになる。
そしたら、僕はまた新しくクラスメイトとなった誰かと上手く関係作りをするのだろうか。
早速無理だと思えた。
上手くやろうと思えばそれなりに上手く出来るが、僕にはその気がもうない。
しようと思ったとしても、過去の呪縛が邪魔する。
今にして思えば直樹は...いや、直樹、祈、詠子と去年深く関係を作れた存在は相当なレアケースだったのだ。
相手から僕と付き合い続けてくれたから僕も受け入れた。なんだかんだで人任せだ。
自分から行くのが怖い。
相手が離れれば関係はリセット。
積み上げたものは無に帰る。
そんなものだ。
やがて2年1組のクラスプレートが見え賑やかな声がいっそう大きくなる。
足が止まりそうになる。
新しいクラスへの期待より不安が格段に大きい。
教室に入るまでの僅か数秒間がやけに長く感じた。
「ひゃっ...!?」
「うおっ」
考えごとをしていたからか。不運に見舞われた。
教室の後ろの入口からちょうど出てきた頭1つ分背の低い女子生徒は驚きの声を上げ大袈裟に飛び退く。
その女子生徒の顔を見て思わず挙げそうになった声を手で抑えて押し込んだ。
「お......」
小さな声で何かを言いかけ女子生徒は視線をさ迷わせる。明らかに戸惑っていた。
「那須さーん」
教室の奥から別の女子生徒が近づいて来てようやく止まっていた時間が動き出す。
新たな乱入者は僕と祈を交互に見て
「なになに?知り合い?」
「えと...」
「去年、委員会でね!それより早くせんせーのとこ行こっ?怒られちゃうよっ」
何か言わなきゃとした僕の言葉に重ねるように祈はやけに明るい表情を作り、やたら高いテンションでそう言った。
そのまま女子生徒を促し教室から去っていく。
立ち去る際一瞬祈は視線をこちらに向けたが僕はなんの反応もしないように努めた。
それが僕と祈の正しい立ち位置だから。
それにしても違和感が半端ないな。
いや、僕以外からしてみれば『あの』祈の方が普通なんだろうけどやっぱり、さあ...
去年はクラスはだいぶ離れていたしたまにすれ違うことはあってもクラスでの様子は知らなかった。
祈との接点は二人で会う時か携帯でのやり取りだけ。その時はもちろん素の祈だ。
丁寧な口調で物腰柔らかな祈を見慣れているからこその違和感。
あれ?
今祈が出てきたのは2年1組。
まさか。まさかな...?
戸惑いを隠せずそのまますんなり教室に入る。直前まで感じていた緊張感はいつの間にか戸惑いで塗りつぶされている。
教室の後ろから入ったためクラスの様子がよく見える。
いつもより早めに登校したのに既に半数以上の生徒が来ているようだ。
あ...
その中に見知った顔を見つけ、少なくとも困った時に話せる奴がいると分かり安堵する。
去年の1組の生徒が多いな。
聞いたところによると理系は1組、文系は3組がそれぞれ特別クラス。それぞれのコースで成績が良い生徒が集められるらしい。
黒板で座席を確認し廊下側の1番前の席に座る。
やがて予鈴が鳴って教室の外に出ていた生徒が慌てて戻ってくる。
その中にやはり祈の姿もあった。
そして...
一際大きくワァと教室が沸く。
すぐ目の前、教室の前方の扉から滑らかな髪を腰に垂らした女子生徒が入ってくる。
皆が目を奪われる。もちろん、僕も。
「詠子...?」
文理選択の話になったとき、詠子はどちらを選んだのかを教えてくれなかった。
その時の何かを含んだ笑みの理由が今、分かった気がした。
注目を浴びて少し恥ずかしそうに顔を赤らめた詠子はすぐに僕に気づき
「...おはよ」
クスッと微笑んで小さな声でそう言った。イタズラ成功って顔してやがる。
詠子は周りの視線に配慮しての小声だったのだろうがその様子は注目しているクラスメイト達から丸見えだ。
「えっ!?」「あの2人ってどういう関係なんだ!?」「あ、そう言えばあの2人って去年...」
そんなコソコソ話が耳に届く。
詠子がイメチェンしたのは2月。
2ヶ月で人の視線にもだいぶ慣れたのか黒板で座席を確認している様子も堂々としている。
まさかの祈と詠子と同じクラス。
そんな状況を想像しなかったと言えば嘘になる。だが同時に妄想は妄想でしかないと割り切っていた。
そのありえない状況が叶う。少しずつ己の中でテンションが上がって行く。
憂鬱でしか無かった新クラスはこうして始まった。




