42.5本当の意味
目覚めはどちらかと言えば悪い。
特に冬は布団からなかなか出られない。
だけどその日は違った。
この土日、考え事をずっとしていたせいかいつも以上に寝つきが悪く昨日だって布団に入った時間は早かったのに横になっても意識はハッキリしたままだった。
そのせいか眠りも浅く珍しく目覚ましが鳴るだいぶ前に目が覚めてしまったのだ。
覚醒してからもグルグルと頭の中で考えているのは3日前のマラソン大会のことだ。
※
私は自分の出番を全て終え、少し離れた場所からトラックを見ていた。
既にほとんどの競技が終わって残すはクラス対抗リレー。
その出場選手の中に友人の姿を見つけたのだ。
あんなに面倒くさそうにしていたのに意外だなと単に思った。
でも興味があった。
午前中の男子が走るときはタイミングが合わず透の姿を見つけられなかったから。
思えば透のことはあまり知らない。
走るのは苦手なんだろうか。
なんとなく興味があって応援列の前の方に行った。
バトンを繋いで次々と走者が走っていく。
透はアンカーだった。
アンカーの人だけが付けるタスキをかけている。
1組は序盤で他のクラスにだいぶ出遅れ、ダントツのビリだ。
1つ前の順位のクラスとも半周程差を広げられている。
ここから追い越すのは絶望的だ。
隣で見ていた1組らしき人は「あーあ」と残念そうに呻いている。
ゴール、スタートラインの辺りは人が1番集中していて私の位置からは透の後ろ姿しか見えない。
表情も俯いていてよく見えなかった。
透はやけにゆっくりとラインに立つ。
すると同じように見ていた一部の人がざわめき出した。
「大丈夫か?」と言う声が微かに聞こえる。
それに呼応するように「なんだなんだ」と段々ざわめきが大きくなる。
何かが起こったのか。
視線を外しその声の上がった方を一瞬見た。
そして、視線を元に戻すと透が倒れていた。
私は直ぐに駆け寄ることが出来ず、呆然と立ち尽くしていた。
でもそれは一瞬のことで慌てて透の元に行こうと思った。
でも近くにいたクラスメイトの佐々木さんが見えて足を止める。
クラスでは、私が透に告白して振られたと思われている。
それでもまだ諦めず好きでいると。
それは私が選んだ事だった。
透に被害が行かないために、私が1人で背負えば済むことだから。
それは今のところ効いているらしかった。
でも、ここで動けば周りのそんな空気は壊れる。私は―――
突然の出来事に周りもざわめいていた。
でも、その中でトラック内に入らないようにと張られたロープを跨いで、透に真っ先に駆け寄った人達がいた。
1人は透とよく一緒にいる、確か黒木くん。そしてもう1人は那須祈さん。
黒木くんはともかくどうして那須さんが?
もしかしたら1番近くにいたのかもしれない。ただそれだけ。
でも、それがやけに引っかかる。
彼女は同性で、がっこう中の人気者。
周りと違う行動を取れば変な噂が広がりやすい。
だけど彼女は真っ先に動いた。
周りの評価や視線を気にして足を止めてしまった私とは違って。
そんな友達の為に動けず、真っ先に自分の保身を優先してしまったという事実が嫌だった。
でも、それだけ?
己の中で何かが問いかけてくる。
その問いかけはぽわんと浮かんですぐに消えた。
※
じっと布団にくるまっていても埒が明かない。
頭を冷やしたくていつもよりだいぶ早い時間に家を出た。
いつもは予鈴の15分前くらいに着くくらいに登校していて来た時には既に教室はざわめいているが今日はまだ誰も来ていないようだった。
誰もいない教室で人が集まるのを待つのは落ち着かない。普段こんなに早くないだけに変な目で見られそう。
自席で座っているのが落ち着かなくて最低限の勉強道具と図書室で借りた本持って教室を出る。
図書室に行くとちょうど司書の先生が来た所らしく「寒いけどそれでもいいなら」と中に入れてくれた。
1番近くの席に荷物を置きそのまま席には座らず奥に進む。
私は昼休みも放課後も、よく図書室に来る。
ここの方が静かだしクラスメイトたちがあまり来ない場所だから落ち着くのだ。
そして見つけた場所。本棚のあるスペースの1番奥の窓からは町の景色を一望できるのだ。その景色が学校という空間からどこか浮世離れしていて私は好きだった。
この時間にそこに来たのは初めてだ。普段は効いている暖房も今は切れていて寒い。凍えそう。
それでも私は壁に背を預け窓の景色を眺めていた。
あんなにグルグルと考えてぐちゃぐちゃだった頭も冷えていくようだ。
どのくらい時間が経ったか分からない。
手足もジンジンと痺れるみたいに冷えきっている。
駆け寄れなかったって、それは仕方がないことだった。
あのときは周りの目もあったし、何より駆け寄ったところで何も出来はしなかった。あそこは先生に任せる、それが正解。
自分の中でそんな言い訳じみた考えが浮かぶ。
でも。
あそこですぐ駆け寄った人もいた。
すぐに動けた人がいた。
私は大事な場面で足を止めた。
その事実が嫌に刺さる。
私は...透の友達なのに迷惑ばかりかけて役に立てない。
「大丈夫ですか?」、そう初めて出会った時に透が声をかけてくれたように。
県内の有名進学校に入って、そこで1位取り続けて、友達も出来て。それでなんでも出来るように感じていた。
大事な場面で動ける人間と動けない人間。私がそのどちらであるかがあの時に明確化した。
やっぱり、私は変わったようにいて変わっていなかった。
願うだけじゃダメなんだ。
ああ、嫌だ。
『親友』なのに。
私は。
透の1番だと思っていたのに。
あの時那須さんが駆け寄る姿を見てモヤモヤした気持ちになった。そんな資格、私にはないのに。
こんな不純な気持ちに気づけばもう親友でなんていられない。
気づいた時点でゲームオーバー。
男女間で友情は成立しないって本の中の登場人物が言っていた。私はそれに対しそんなことは無いだろうと感じていた。
でも、今は分かるよ。
私は『本当の意味』で、透の1番になりたい。
「詠子」
ぼんやりしていると突然名を呼ばれ、私は振り向いた。




