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努力する彼女と努力をやめた僕  作者: 成浅 シナ
1年生編
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46/87

㊷寒い朝

車に揺られる事15分で家の前に着いた。


「今日はありがとうございます。咲彩さん」


ぺこりと莉愛は丁寧に頭を下げた。


「いいっていいって」


運転席に座ったまま窓を開けてヒラヒラと(さく)姉は手を振る。いつものように人懐っこい笑みを浮かべて。



エントランスへと歩いていく莉愛を追いかける前に僕は車を周り運転席へと近づいた。


不思議そうな顔を浮かべた咲姉は窓を開ける。



「今日は、ありがと」


「別にいいよ。車出すくらいなんてことないし。それに」


咲姉は片手を窓の外に伸ばし僕の頬に添えた。


「うん、大丈夫そうだ」


そう、小さく言い微笑む。


「自転車学校でしょ?月曜送ってってあげるよ。7時に行くから準備しといてね〜」


明るいノリで咲姉はそう言う。


「『今は他にいないよ』。咲姉」


「知ってる」


大学生になってから、咲姉の話し方変わった。

本人は周りがそういうノリだからって言っていたけど。


その話を僕にしてくれたとき本人は笑っていたけど少し悲しそうに見えた。咲ねえは自分のことを話したがらない。


だけど自分以外の人にはズケズケと踏み込んで悩みを吹っ飛ばす。

あの日、暗い部屋の中で膝を抱えていた僕の世界を壊したように。



「それじゃあ、また」と咲姉は車を走らせた。

そのテールランプが見えなくなるまで、僕は見送った。




月曜日。


言われていた時間ピッタリに来た咲姉に送ってもらい学校に着く。早めに出たからかいつもより1時間近く早い。


2月に入りキンと冷えきった空気が肌を突く。

指先が寒さで痺れた。


そしていつもとは違う歩行者用のルートで靴箱に辿り着く。学校指定のローファーを脱ぎ、内履きのスリッパを取り出そうとしたところでその下の段に突っ込まれた外履きが目に入りげんなりした。


自分のことでいっぱいいっぱいで頭の隅に追いやっていたがあんなことがあった直後の教室に行きずらい。


クラスメイトに糾弾されてもおかしくないことをしでかしたのだ。


正直ここから逃げたくて逃げたくて仕方ない。



マラソン大会のことを思い出しながら階段を上り教室へ向かう。いつも通りなんてことない廊下なのに歩きながら緊張した。


恐る恐る教室後方の開けっ放しの入口から中を覗く。


しかし、まだ早い時間だからか誰もいなかった。


そりゃそうか。


僕だっていつもならこの時間はまだ家を出てもいない。


ホッと息をつき、鞄を机の横にかけてから教室を出た。

『まだ』来ていないというだけであと数分もすれば徐々に登校してくる人も増えて来る。予鈴がなるまでどこかで時間を潰すのが得策だろう。


でも、どうしようか。教室棟にはいられない。でも廊下や外に面している場所は寒いしな...


考えながら自然と足は隣の棟―――特別教室棟へと向いていた。

階段を1番上まで上がり扉を潜ると突き当たりの教室は既に電気が付いている。


こんな朝早くから図書館が空いているのだということを僕は初めて知った。



一応警戒しながら恐る恐る中に入ると入ってすぐ左側の司書室のドア窓越しに司書教諭と目が合う。

気まずい空気を感じつつぺこりと頭を下げると向こうも同じように返してくれた。

そして司書教諭は何事もなかったかのように自分の作業に戻る。



特に何も言われなかったってことは入って問題ないということだろう。

開けているだけで生徒はまだ利用してはいけないのではないかという可能性を考えていたためホッとした。


中に入るといつもとは違う冷たい空気が抜けた。

まだ暖房は付いていないらしくエアコンの稼働音も聞こえない。

遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくるくらい静かな空間だ。


朝早くだからかまだ利用する生徒もいないようで閲覧スペースは誰もいない。

机と机に挟まれるように所々ある古いストーブは寂しげに佇んでいる。


閲覧スペースと本棚が並んだスペースの真ん中をぼんやりとゆっくり歩いていると、柱に隠れて見えなかった閲覧スペースの机の上のノートと新書を見つけた。



先に誰かが来たのか、それとも誰かの忘れ物か。


確かめる手段はないし『まあ、いいか』と流して今度は本棚を1つずつ眺めていく。


普段は図書館を訪れても閲覧スペースしか利用していなかったからじっくり本棚を見ることはあまりなかった。

図書館程では無いがそこそこの数の本が新しい、古いと関係なくギッチリと隙間なく並んでいた。


目が痛くなりそうになりながら1列目を端まで見る。

すると


「...ッ」


うっかり声を上げそうになった。

端の通路スペースの先、図書館の1番奥に1人の女子生徒が壁に背を預け、首を傾けて窓の外を眺めていた。


首を反対に傾けているからかこちらには気づいていないようだった。


普通なら、こんな場面に出くわしたら気づかれないうちに距離を取る。


だけど僕は近づいた。その後ろ姿は知っていたから。



詠子(えいこ)


名前を呼ぶとビクリと体を震わせて女子生徒は振り返る。


「...透?」


余程驚いたのか目をぱちくりさせていた。

出来るだけ驚かせないように声に配慮したつもりだったが効果なしだったらしい。



「おはよう」


「うん、おはよう。どうしたの?珍しい」


「ちょっと早く着いたから時間潰し中。詠子は...勉強?」


そう聞くと詠子は口を紡ぎ視線を窓の外に向ける。どう言おうか、言葉を選んでいるようだった。


窓際だからか特にここは寒い。


窓は締め切っているのに隙間風が入り込み体を縮こませる。

暖房もついていないからか廊下よりも寒い気すらした。

よく見ると詠子の手や鼻先もほんのり赤くなっている。


「風邪ひくよ」


どのくらいの間ここにいたのかは分からないけどついさっき来たって訳じゃなさそうだ。


「好きなんだ、この場所」


静かにそう言う詠子の視線を辿り外を見る。


遠くに海が見えた。朝日を浴びてキラキラ光っている。その手前には家々が並び一望出来た。



確かに綺麗だ。


「知らなかった。学校にこんな場所あったんだ」


「他の時間だと利用者多いからここにいると目立つんだよ」


確かにいくら奥の方でも通路越しに丸見えだ。


「それに」


詠子はそう呟き顔を俯かせる。


「...ううん。なんでもない」


『それに』という言葉の後、何を言おうとしていたのか。

気にはなったけど聞かなかった。



踏み込むなと言われているような気がしたから。

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