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努力する彼女と努力をやめた僕  作者: 成浅 シナ
1年生編
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42/87

㊳最悪

普段とは違う校舎の中。


管理棟外の自販機前にはジャージを着た女子生徒達が談笑し、廊下には先程の女子生徒とは違う色のジャージを着た男子がふざけあっている。


ただ着るものが普段と違うというだけなのにいつもと全く違う場所に迷い込んだかのような不思議な感覚だった。


用事を済ませ教室棟に入り、1年の教室の集まるフロアを目指して階段をゆっくり登りながらついさっきの事を思い出していた。



簗場(やなば)明空(あすく)


僕の先程の走りを見ていたようでやけに不満げな様子だった。


それに中学時代の僕を、無理して、周りに合わせて、背伸びをして、常に周りの期待に怯えていた僕を、彼女は肯定的に捉えている。


きっとその幻想を今も変わらず向けているのだろう。

だから彼女は怒った。

疑問をぶつけた。


そんな『完璧』を辞めた僕に。

そんなことなど露知らず。



歯をギリっと食いしばる。


じゅくじゅくと気持ちがあの頃に引き戻される。


あんな場面で失敗なんてしたくなかった。

やれば出来る、努力さえすれば報われるって信じていたかった。


そうすれば、こんなに惨めで、寂しくて、悲しくて、やり切れない空虚な気持ちを感じずに済んだかもしれない。

傷つかないように、その気持ちに気づかないフリをして手を抜いて日々をやり過ごす『今』に行き着かなかったかもしれない。





未だに僕は立ち直れていない。

大事なものは1年以上前のあの大会の日に置き忘れたまま。





今日は最悪な日だ。




心から簗場明空という少女のある意味運命的な出会いを後悔した。

彼女が悪い訳では無いけど。



もし仮に彼女が話しかけて来なかったら。もし仮に武道場から彼女と会う前に僕が離れていたら。そう思わずにはいられない。


それほど彼女の存在は毒だ。



彼女のおかげで思い出したくもなかった嫌な記憶も気持ちも次から次へと溢れだしている。

心無しか頭痛もしてきた。


暗い闇にどんどん沈みこんでいくようだ。




そんな最悪の気分のまま廊下の端を歩き突き当たりの1組の教室に着くと何やら深刻な空気が流れていた。


教壇にはクラスの中心的な奴らが集まっていて深刻な表情で話し合っている。机の上で弁当を広げている他のクラスメイトも声を潜め、コソコソ伺うように教室前方を見ていた。



ただならぬ空気に呑まれ、静かに教室の後ろの入口から中に入って窓側の自席に着くと僕に気づいた直樹に手招きされた。



「なんかあったのか?」


小さな声でそう聞くと


嶋田(しまだ)がさっきの持久走で足怪我したんだと」


嶋田は同じクラスのサッカー部の男子生徒だ。

クラスではどちらかと言えば活発な奴で確かこの後のクラス選抜リレーにも選ばれてたはず...


......


なるほどな...



「つまり、代役をどうするかってことか」


「そ」


直樹が肯定する。


クラス選抜リレーは男女含めて全部で6人。補欠は決めていない。


男子の嶋田が出れないとなると当然代わりも男子の中から選ばなくてはならない。

うちのクラスはただでさえ男子が15人と少なく、そのほとんどが文系か帰宅部。

だからこんな体育的行事の時は出場選手が自ずと限られてくる。




「直樹出ねぇの?」


直樹だって立派な運動部。普段は放課後の部活に響くからと手を抜いていたが運動神経は良かったはずだ。


だが、直樹は首を振る。


「いや、俺1200に出るから」


そうだった。午後の競技は長距離リレーだけじゃなかったんだった。

さすがに1200走った直後にリレーはキツいだろう。

ただでさえ午前中も6キロ走ってるし。


他の競技含め男子の運動部の奴らは全員組み込まれていたはず。

残すはやる気のない奴が数人だけ。



「透は?」


「お前は出ないのか」と直樹は言う。


「...無理だって」



「いや、でもお前...」


何かを言いかけて直樹は口を噤む。


何を言いかけたのかは安易に想像出来た。

上手くやっているつもりだが普段から手を抜いている事を直樹は気づいているようだから。



そうこうしていると教壇に立っていた体育委員の村瀬(むらせ)が男子全員に集合をかけた。

病院に行ったという嶋田を除く14人が教壇に集まる。



「悪い。誰か嶋田の代役でリレー出てくれないか?」


村瀬がそう問うと皆嫌そうな顔になる。

「無理だってー。俺800出るもん」「ってか何も出てないやつが出れば良くねー?」「いや、でもそれだと順位が...」と口々に言い出して収集が付かなくなる。


そのやり取りを僕は1歩引いて存在感を出来る限り消して見ていた。



そんな出口のないやり取りを数分した後、誰がが言い出す。


「もう出ない奴でじゃんけんで良くねー?」


ビクンと心臓が跳ねた。

選ばれるかもしれない可能性に。



「えー、じゃあ―――」


村瀬が名簿を見ながら今のところ何の競技にも参加する予定がない4人の名を呼ぶ。


僕もだ。


そして村瀬は集めた4人の顔を見て


「うーん...」


と唸った。


他3人は口数も少なく休み時間もひっそりとしている奴らで運動が全く得意ではない。

持久走でも僕より更に後ろをヘロヘロになりながら走っていた。


村瀬から見れば後方を走っていた僕も他3人と同じに見えるようで見るからに難色を示している。



「どうすっかなー...」


ついには腕を組んで考え込んでしまった。



「えー、押川くんで良くなーい?」


不意に女子の声が響きビクンと心臓が跳ねた。


声の主は教室後方で椅子に足を組んで座っている。クラスで中心的な女子生徒だった。


「2組の明空(あすく)に聞いたんだけどさ、押川くんって中学の時めっちゃ足速かったらしいよー」


「うわっ」「マジで?」とクラスがどよめく。


僕も思った。

うわっ、マジで?

ここでそれ言う?


しかもまた、僕の中でそうそうに危険人物としてリストアップされた人の名前が飛び出した。




「なあ、押川マジ?」


村瀬がやたらキラキラした顔で聞いてきた。


バクバクと鳴る鼓動のまま奥歯を噛み締めて出来るだけ素っ気なく僕は言う。


「...別にそこまで速かった訳じゃないよ。それに『昔』のことだし」


ここで引き下がってくれればいいのにと願ったが逆効果だったみたいだ。

奴らからしてみれば、時間もない中昔のこととはいえ走れる可能性がある奴を逃したくはないだろう。



「なあ頼むよ!押川!」「そうそう!お前他出ないんだし」「別に1位取れって言ってるわけじゃないんだからさー」と口々に僕を出させようと躍起になるクラスメイト達にあっという間に呑まれてしまう。次第に男子だけじゃなくて女子も応戦しだした。


「いや...でも...」


否定の声が周囲の声にかき消され小さく萎む。


思いっきり否定しようにも言葉が詰まった。



クラスメイトの期待は一層膨らみ、破裂しそうだ。




「じゃ、よろしくな」



村瀬が僕の肩をそう言ってた叩く。了承なんてしていないのに。


村瀬がそうしたことで周囲も僕が引き受けたと見たのか「頑張れよ」「応援してる」と口々に言ってようやく出場選手が決まったことに安堵した様子で散って行った。



「透...」


俯いたまま立ち尽くす僕を直樹が心配そうに覗き込んで来る。


かける言葉が見つからないのか何も言わない。




直樹のそんな優しさが単純に嬉しいのと共に運命を呪った。



食欲なんて湧くはず無かった。


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