㉞燻り
1月3週目の木曜日。
『明日一緒に勉強しませんか?』
昨晩、詠子から何故か敬語でLINEが送られてきた。
『2人でする方が気分転換にもなるし。もちろん透の勉強も出来ることは全力で手伝う。透の都合さえ良ければどうかな?』
センター試験が先週末に終わり今まで利用していた3年生が激減しているらしい。
3学期は学内模試は1回だけであとは3月頭の学年末試験くらいだがその成績が2年のクラス分けに反映されることになっている。
2年は文系コース2クラス、理系コース2クラスに分けられるが2クラスあるうち片方は成績の高い人を固めて編成する。クラスの偏差値もどちらに行くかで全く異なるのだ。
一応大学進学を目指す身としては今回ばかりは力を入れて勉強して確実に上のクラスに入っておきたい。
―――というわけで、僕は久しぶりに図書室に来ていた。
詠子が言っていた通り放課後の図書室は前に来たときより閑散とした様子だ。
奥の閲覧スペースに進むといつも通り、1番奥の席に詠子の姿を見つけた。
おどかしたろ、と一瞬イタズラ心が生まれたが後から絶対怒ってしばらく一切無視を決め込まれそう。
「よっす」
「おつかれ」
手を軽く上げながらそう言い詠子の向かいの席に着く。
勉強道具を取り出して鞄を下ろしてからとりあえず姿勢を正す。
「これからよろしくお願いします」
詠子は少しの間目をぱちくりさせたあと自分も姿勢を正す。
「こちらこそ。というかこっちの都合で呼び出したんだし、むしろ、透も私のこと遠慮なく私的に利用して」
『私的に利用』という遠回しな、意味深な言葉に変にドキリとしてしまうも多分深い意味で言ってる訳じゃなくて『自分も私的な理由で使っているのだからお返しに』ってつもりで言ってんだろうな。
「じゃあ、お言葉に甘えて。その代わり詠子も遠慮なしに僕を利用しろよ?どうせ家帰ってもやる事ほぼ一緒だし、必要なときはいつでも呼んでくれていいから。...まあ、呼ばれなくても来るときあるだろうけどさ」
そう言うと詠子は顔を綻ばせ、しかし何かに気づいたかのように振り返った後唇をキュッと引き結んで顔を伏せる。
「どうかした?」
「ううん。なんでもない」
詠子はそう言って笑い、いそいそと勉強の続きに戻った。
ちらっと僕は詠子に気付かれないように視線を左に向けた。
僕の視線に気付いた女子3人グループはニヤニヤ笑いながら入口方面へと姿を消した。
※
「そう言えば明日マラソン大会だね」
「あー...」
1年で1番憂鬱なイベントだ。去年までは1番楽しみなイベントだったが。
今年は男子が6キロ、女子が4キロの男女別のマラソンが午前、各クラス選抜競技が午後に行われる。
体育の授業のときのタイムで選抜メンバーは選ばれるから選ばれなかったのは幸いだがそれでも気が重い。
「休もっかなー」
重い気持ちで不満を漏らすと
「透って走るの苦手なの?」
「いや、苦手っていうか...。単純に面倒じゃん?」
「そうかな?私は結構走るの好き、だけど」
少し驚いた。
「勝手なイメージだけど、詠子って運動苦手なイメージあった」
「別に苦手ではない、ってだけで得意って程じゃないよ。授業で走る時も『そこそこ』の順位だし」
そう言って詠子は目を伏せた。
「そこそこでも凄いって!」
そう言って褒めた。
でも褒められたものじゃない。
心の中にモヤっとした『燻り』を心の奥底に沈め込める。
「あ、そうだ。今日授業でやったやつで分からないところがあってさ」
そう言って話題を変える。少しわざとらしすぎたかもしれない。
「いいよ。どこ?」
嬉しそうに、純粋に、そう笑って詠子は机の上に身を乗り出す。
油断すると外に出そうになる『黒い物』を口の内側を噛んで押し込めつつ、自分自身もソレに気が付かないフリをした。




