㉝新学期
補講が終わり1週間の短い冬休みに入った。
普段は人気の少ない昭和から残る寂れたブティック店や電気屋も年末年始の雰囲気に便乗したのか小さな門松やしめ縄が入口に飾られどこか違和感を醸し出している。
そんな町のシャッター街を僕は1人歩いていた。
1月1日。
さすがに親戚の挨拶に同行しない訳にもいかなくて内心嫌々母と妹と一緒に同じ町に住む親戚の家に行ったのだ。
2年前までは当たり前の行事だったのだが去年は今の時期は部活での『アレ』が起こった後で親戚に合わす顔がなかったので受験を言い訳にして付いて行かなかったので随分久しぶりのような気がする?
今年は妹の莉愛が受験でこの時期になるといよいよ本番が目前に迫っている。
本人からは本命の青島高校に行くという話以外は何も聞いていないが、私立を受けるのなら1月に、公立も2月に推薦入試、3月は一般入試だ。
でも、莉愛なら問題なくクリア出来るのだろう。
親戚一同からもそんな認識をされている莉愛はどんなに気が重いだろうかと考えると後ろめたい。
その重みは僕のせいでもあるから。
去年の僕のように受験を言い訳にして挨拶回りは付いていかないのかと思ったが莉愛はそういうのをきっちり行うタチらしく、昼にはしっかり外着に着替えて廊下に出てきたところに鉢合わせした。
そのまま母に言われ車に乗り込み車で20分程の距離にある親戚の家に行ったのだ。
親戚間での話題の中心はやはり莉愛その輪に囲まれてはにかむ莉愛をチラッと見ながら昼食を取った。
その後莉愛と母親は他にも受験前に挨拶に行かないといかないところがあるというので僕は1人、適当に理由をでっち上げ先に帰ることにした。
車ではすぐという距離も歩くとそこそこ遠い。
走ればあっという間なのだがたまにはゆっくり町の雰囲気を肌で感じながらのんびり歩くのも悪くないと思いやめた。
ポケットから出掛ける前に突っ込んでおいた貰い物の古いミュージックプレイヤーを取り出す。所々傷が付き、色が剥げている部分を指先で撫でた。
イヤホンを耳に突っ込み曲を流す。自分が生まれる前に流行っていたアップテンポなポップスが陰鬱な気分をはね飛ばしてくれるみたいだ。
30分程歩いて河川敷の道に出て少し休憩しようと傾斜の芝生に腰を下ろし、マフラーに顔を填め、コートのポケットからスマホを取りだす。
通知を切っているから気づかなかったが2通のメッセージが入っていた。直樹と祈からだ。
それに返信をしてスマホをスリープモードにし手に持ったまま下を眺める。
川沿いの少し開けたスペースでは親子連れが凧揚げをしていた。
「自分はやったことないなぁ」と思いつつ、いつまでも見ていると不審者扱いされそうだからと視線を上げる。
連なる山も、特徴的な形の工場の煙突も、太陽が反射して光る川もいつも通りなはずなのに正月特有の空気からかいつもと違って見えた。
片耳のイヤホンを外して、しばらく町の音に耳を傾けてから立ち上がった。
帰って録画しておいた番組でも見ようかとぼんやり考えながら。
※
冬休み1週間は特に何もしないまま通り過ぎて行った気がする。
進学校生らしく、1週間生徒を休ませる気なしの大量の課題をこなし、暇な時間は読書をして夜にジョギングに行った。特段いつもと変わったことは何も無い。
久しぶりの登校時はいよいよ大学受験も目前に迫った3年生が熱心に単語帳を開く様子も見かけた。
受験大変そうだな、なんて他人事のように思いながらも自身も今から大変だなと思い直した。
3学期の始業式の日も休み明けだからと甘えさせる気が皆無なうちの高校はテストが行われるのだ。
そんな訳で今日はいつもより少し早く学校が終わった。
明日は午前にテストがあってそのまま午後はさっそく授業が開始される。冬休み気分を引きずられるのもあと少しだ。
放課後になり、久しぶりに友人と会える喜びでテンションが高い層と学校の再開に明らかにテンションがだだ下がりな層に別れるクラスの中、直樹とだけ一言二言会話をしてから教室を出た。
目指したのは図書室。
だがひょこっと室内を覗き込んだだけで奥に進むのはやめた。
奥の机には圧迫感があるくらいの人、人、人。
恐らく、始業式だけ出席し先に解放された3年生だ。
冬場、図書室だけは唯一閲覧スペースにストーブが設置されるため勉強するにはもってこい。
それに加え同じく受験生として勉強に励む同士に感化されながら集中して勉強するにはここより良い場所はないだろう。
そのことをすっかり失念していた。
席は全て見事に埋まってしまっているし仮に空いていたとしてもこんなピリピリした3年生集団の中に紛れる勇気はなかった。
仕方なく元来た道を引き返して階段から下に降り、図書室とは打って変わって冷蔵庫かよ、と思うくらいキンキンに冷えた廊下を進み自習室に入る。
先程とは違いここは全く人がいない。扉を締め切っているのに廊下とほぼ同じくらい室内もキンキンに冷えていた。
これなら多少うるさいが暖房が効いている教室の方がマシか?
扉傍のエアコンのスイッチは上から『故障中』と書かれた紙がセロハンテープで無造作に貼られている。
こんな所に長時間いたら風邪でも引いてしまいそうだと引き返す。
「透」
階段に向けて廊下を歩いていると前方から名前を呼ばれた。
鞄を肩にかけ、マフラーを手に持ったまま詠子が駆け寄る。
「あけましておめでとう」
「おめでとう。自習室?」
「うん。図書室はいっぱいで。透も?」
詠子はそう言って暖を取るように手を擦り合わせる。
「そのつもりだったんだけど暖房壊れてて。さすがにあそこでやるのは相当な覚悟が必要そうだったから離脱するところ」
冗談で返すと詠子は顔に手を当てくすくすと笑った。
「そっかぁ。...じゃあ、 私も今日は家でやろうかな」
詠子と並んで話しながら階段から下に降りる。
「あ、そうだ」
下まで降りて靴箱へと続く扉が見えたところで大事なことを思い出した。
ほとんど中身が入っていない軽い鞄を開き藍色の紙に包まれたそれを取り出す。
「はい」
「なにこれ?」
直方体のそれを手首を回転させて四方から見ながら詠子はキョトンとした顔をした。
「お礼」
年末にふと立ち寄った本屋の文具コーナーで見つけたものだ。
「なんの?」
「この前、詠子に勉強見てもらったおかげで模試の番数10くらい上がったからな」
「でもあれは...」
何か言いかける詠子の言葉に被せるように
「いいんだよ。自分勝手にそうしたかっただけだからただの自己満だ。お礼のお礼って事で受け取って貰えると助かる」
『突き返されたらどうしよう』と内心ドキドキしながらなんでもないようにそう言うと詠子は渡した包みで口元を隠しながら視線を逸らす。
「...ありがと」
小さな小さな声でそう言った。
その仕草に不覚にもドキッとしつつ照れ隠しでわざとらしく「帰るかー」と言いつつ扉をくぐる。
「ねぇ」
靴を履き替え外に出ると先に出てきていた詠子がそう呼び止めてきた。
「明日から、また放課後、図書室か自習室に行くから、もしまた何か聞きたいことがあったら、...来て」
寒さからか、赤く染めた顔を俯かせながら詠子は言い落ち着かなそうに手で髪を撫でる。
「分かった。また、暇があるときに行くよ」
「うん」と微笑み詠子が手を振って去っていく。
その背が見えなくなるまで僕は見送った。




