㉚相談
自販機で飲み物を買ってすぐ側の椅子に座る。
6限から降り出した雨は気づけばさらに強くなっていて、ただでさえ冷たい風が寒いを通り越して痛い。
「場所を変えるか?」と聞いたが「逆に誰かに聞かれる心配もないだろ」と直樹はクールに温かいコーヒー缶を両手で持ったまま暖をとっていた。
いつもは買わないが今日は何となくブラックコーヒーを買う。
缶の側面で冷たい手を温めてからプルトップを開け、口をつけると「うげー」という苦さが口に広がった。
いつもはミルクを入れたものを飲んでいるからこの全身にピリピリ伝わるような苦味で少し肩が上に上がった。
しかし、肩を下ろした後はコーヒー特有の作用なのか燻った気持ちが少しクリアになったような気がする。
コーヒーのCMみたいにハードボイルドな感じで語りたくもなったが今日はおふざけはひとまずおいておこう。
「直樹は...憧れたものに手が届かないとき、どうする?」
抽象的にそう聞いてみる。
3限の体育の後から何をどう相談したものだろうかとずっと考えていた。
頭に浮かんでいる今の悩みは那須のこと、そして詠子のことだ。
正直、直樹に相談してみようと思ったときは、具体的にどんな話をするのか、ということははっきり言って決めていなかった。
つまびらやかに話すのも躊躇われた。
直樹には申し訳ないが、単に自分ではどうしようもなく整理出来ない気持ちを誰かに聞いて欲しかっただけなのかもしれない。
中学の時に、名前の知らないお姉さんが行き場を無くしてくすんでいた気持ちを聞いてくれたように。
正直、直樹には悪いのだが、これまでの僕は直樹のことすらどこか完全に信じきることが出来ていなかったのだと思う。
今まで心の内を見せるとつけ込んでくる奴や他人の足を引っ張ってマウント取ってくるやつの方が周りに多かったということもあって普段から自分の1番心の内は見せないことがいつの間にか習慣になっている。
しかし、その習慣が崩れてしまったくらい、ここまで色々とあった。
ポロッと今日「相談に乗ってもらえないか」と漏らしたのは募りに募ったものが溢れ出てしまった証拠なのかもしれない。
結局、またいつものように、情けなくこうして直樹の優しさに寄りかかってしまった。
「んー」と直樹は宙に視線を向け考えている。
「物にもよるけど俺だったら他のアプローチを探ってみるかなー」
「他のアプローチ?」
「ゴールがあってもそこに着くまでのルートは人によって違っていいわけだから、1つの方法でダメでも他の方法で試してみるってこと。解法とか答えが決まってる学校の勉強ならともかく、それ以外のことなんて大概は解法が決まってるやつなんてないんだからさ」
「でも...やっぱどうしても自分に出来ることは限られてるし、他にアプローチ方法があっても出来ないってことある」
那須との関係を公に出来ないのは周りの反応を気にして。その問題を解決できないのは自分の力不足。
そもそも他人の問題に踏み込む以上、他人の僕には出来ないことも多い。
結局、最後にどうにか出来るのは自分しかいないのだから。
それに那須と僕のキャラを考えれば釣り合ってないのは明らかだし、那須に変な噂が立って迷惑をかけるのは歴然。
目立つ人間ほど叩かれるというのは自分で体験したことだ。
ここでは男女の問題というのも厄介となる。
「他にアプローチ方法があるなら出来るだろ。やろうと思えば。自分だけで出来ないなら人の力を借りればいいし、使えるものは何でも使え」
「いや、でも...」
そう口篭ると直樹は缶に口をつけフーっと息を吐き出す。
「透って、自分のことやたらと低くしようとするとこがあるよな」
「は?」
「『能力あるのに手を抜いてるように見せたり』、『もっとやれば絶対誰にも負けないのにわざとやらなかったり』...とかな」
「ッ!?」
いきなり核心に触れられ声にならない言葉が漏れる。
努力をすることをやめ、『平凡』な奴としてクラスに溶け込むこと。
それは誰にも言っていないことだった。
「...どうしてそう思う?」
平然を装い、恐る恐るそう聞くと
「随分前にやった最後のサッカーの授業。透ずっと味方のゴール前の端に突っ立ってただろ?運動嫌いなのかなーって思ってたらボールがお前のとこ行った時はみんなびっくりな正確なロングキックで相手ゴール前まで蹴りこんでるし」
あれは偶然だ。
小学校のときまでサッカーしてたから咄嗟の癖で目の前にボールが来たから良さげな場所に蹴っただけ。単なるうっかり。
結局味方には「今まで運動出来ないですって感じだったのにいきなりどうした!?」って感じでポカンとされ、全体的な動きも鈍って相手チームにボール奪われたけどね。
授業終わりにクラスメイトが絡んできて「まぐれだ」と曖昧に誤魔化し続けた。
幸い、その後ノリの悪いやつ認定されて積極的にクラスメイトが絡んでくることはなくなったけど。
サッカーに限らず、大抵のことを僕は『人より上手く出来すぎる』んだ。
「他の授業とかでもさ、ずっと見てると『なんか本気じゃないなー』って思えてくるんだよな」
「何?ずっと見てるって...お前、僕のこと大好きすぎるだろ」
さらに核心を言い当てられて、咄嗟に茶化すと直樹はわざとキリッとした顔でこちらに向く。
「え?知らなかったの?俺とお前は一心同体。離れるなんて許さないかんな」
「おい、それ数学ペナルティのとき困るからだろ」
「バレたか」
ケラケラと2人して笑う。
「で、正解?」
直樹は笑いながらこちらを覗き込んでくる。
ああ、くそ。普段は良い奴だがたまに見せるこういう所がやりにくいんだ。
全て見通されているようで落ち着かない気分になる。
「どうかな」
視線を手元のコーヒー缶に向けたまま素っ気なくそう返す。
「あ、誤魔化したな」
そうは言うものの直樹はこの先を追求する気はないようだった。
「空気読むってしんどいよな...」
直樹がボソッと呟いた。僕というより誰かに向けたような感じに。
「お前はいつも悲観的なんだよ。自分に自信がないせいで周りがちっとも見えてない。他の人のことなら自分のことそっちのけで手を出すのにさ。自分のことになると曖昧にぼかしてていいことまでハッキリ『これだ』って決めつけようとしたがるみたい」
「そんなこと、ないと思うけど」
「ほら、そういうとこ。そういうの分からなくもないけどさ。第三者から見ればはっきり分かることでも自分のことになると分からなくなる。そういうのきっちり出来てる奴が羨ましい〜」
「直樹はそういうのきっちり出来てるように見えるけど」
「んなことない。俺だっていつも頭の中はめちゃくちゃで、...迷ってばかりだ」
一瞬悲しげな目になったのを僕は見逃さなかった。
だが、直樹はその表情が幻だったかのようにあっけからんとした笑みを浮かべていて
「例えば!夜飯までのつなぎのあんぱんはこしあんにすべきか粒あんにすべきか、とかな」
「うわー、めっちゃどうでもいいやつやんけ。あとその2つって同時に売ってるもんなのか?コンビニとか行くとあんぱんって一種類しか見たことない気がするんだけど」
「そういうとこはな。帰り道にある行きつけのパン屋なんだけど閉店間近は割引するんだよ。今度一緒行くか?」
「いや、お前ん家うちと反対方向じゃん。往復するだけでめっちゃ時間かかるし」
「ムリムリ」と手を振ると「ちえー」と直樹は口を尖らせた。
「冗談はこれくらいにして」と直樹は話を区切り首を傾ける。
「好きなやつでも出来たんか?」
突然の問いかけにコーヒーを吹き出しそうになった。
「ゲホッゲホッ、い、いきなり何の話だ!」
「え?本当の相談ってそれじゃねぇの?」
直樹はキョトンと首を傾げている。
「ちっ...!?ちげー...よ?」
割かし間違っている訳でもないためそんな変な言い方になってしまう。
―――と、直樹がぐぐっと距離を詰めてきて軽く左耳を引っ張って来た。
「何すんだ!?」
立ち上がってその手を振り払うと直樹はニンマリと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「いや、だって耳真っ赤〜」
言われてハッと耳を抑える。それがいたずらごころを刺激したようで直樹は耐えきれないというように吹き出した。
「で、相手はまさかあの......」
「いや!いい!言うな!!言うなよ!!」
何もかも見透かしているような含みのある言い方に慌ててその先を制す。
直樹と一緒にいる時に那須とすれ違った事もあるし、まさか本当にこいつ気づいているんじゃないかと気が気でならない。
修学旅行で好きな子の話になった時と同じ気恥しさで耳を隠す手をスライドさせて今度は顔を覆う。
ケラケラと面白そうに直樹は笑っていた。
「そ、そういう直樹はいないのかよ」
お返しにそう反撃する。
今思えば直樹とはそういう話をあまりしたことがなかったしいい機会だ。やられっぱなしは性にあわないしこの際とことんほじくってやる。
「ん〜。いるよー」
だが、直樹は思いの外素直に白状した。
毒気を抜かれてしまったように体からふにゃっと力が抜ける。
「そんなあっさり...」
「別に誰彼構わずこんな話はしないぞ。でも、まあ...透ならいいっかなーって」
信頼してくれているという嬉しさを感じ、その言葉にキュンとしつつ
「ほぅ、ではその相手と言うのは...」
芝居掛かった口調で調子に乗ってそう聞くと直樹はニヤリと意地の悪い笑みを作る。
「ふむ、ならば交換条件といこうじゃないか。互いの秘密をこれ以上ないくらいあっけらかんと―――」
「ごめんなさいごめんなさい!深く聞かないから許してぇ!」
そんな風に冗談を言いながらケラケラと笑いあった。
※
時計を確認して立ち上がり缶を捨てる。
「変な話に付き合わせて悪かったな。今更だけど部活良かったのか?」
「言ったろ。今日は自主練の日だ。今から行くからへーきへーき。どうせ今日は他に誰もいないしなー」
直樹は脇に置いていたエナメルバッグを肩に掛け缶をゴミ箱に投げ込んだ。
「また、なんかあったら溜め込む前に話せよー。暇な時はいつでも付き合うし、『好きな人がいる』だなんて大きな秘密を共有した仲だ。ドカンと砲撃受けても背中くらいは守ってやるからさー」
「ああ、さんきゅー」
照れくさくなってそっぽを向きながら頬を掻くと
「そういうときは『愛してる』でいいんだぜ?」
「あー、ハイハイ。愛してる愛してる」
「うわ、てきとー」
冗談に冗談で返し、直樹は部活に向かって行った。
あんなにモヤモヤどうしようもなかった心が気づけばすっかり軽くなっていた。
まあ、根本的に何も解決してないし、そもそも冗談ばかりで肝心なことはほとんど言えなかったけど、それでも話す前よりはだいぶマシになっている。
どうにもならないこともどうにか出来そうな、なんてらしくないことすら思ってしまう。
焦って押し込んで、決めつけなくてもいい。曖昧なまま、中途半端でも。
鞄を手に普段あまり利用しない自習室へ向けて歩き出す。とりあえずやれることを少しずつでもしてみよう。




