29.5 偶然
放課後、クラス委員の頼まれごとで数学のノートを職員室に持って行った帰りのことです。
教室棟と職員室のある管理棟を繋ぐ連絡通路にノートが螺旋のように広がっていました。
何事かとギョッとしつつも急いでノートを慌てて拾い集める女子生徒の元に駆け寄ります。
「あ、...ありがとうござい......」
その女子生徒は一瞬私の顔を確認しピクンと硬直しました。
自分でもクラスどころか学内で浮いているのは理解していますがここまであからさまに緊張されると何とも言えない気分になりますね。
苦笑いしつつ人が来ないうちに一緒にノートを拾い集めます。
見るとクラス全員分の国語と地学のノートのようです。
クラス人数はどのクラスも似たり寄ったりだから私が先程運んだ重さのほぼ倍をこの子は1人で運んで来たことになります。
誰か手伝ってくれなかったのでしょうかと他人事ながら思っていました。
女子生徒が再び2科目分のノートを全て抱えようとしたところで見てられず、私は多少強引にその腕から半分奪いました。
「え?」と女子生徒は驚き慌てた声を上げます。
「半分持つよっ」
ここ半年ですっかり板についてきた学校での話し方でそう言います。
「で、でも...」
「大丈夫っ。これ職員室だよね?」
たった数メートルの距離をもう1往復するくらいなんでもないですし。
まだ躊躇っている女子生徒に私は背を向け、今来た道を引き返していきます。
「ありがとうございます」と小さな声で言いながら『1つ結びで縁の太い眼鏡をかけた』その女子生徒は後をついてきたことに安堵しつつ。
※
席を外していた教師の机にノートを置き、職員室から出ました。
途中別の普段からよく厚意にして頂いている教師に捕まって思ったより時間がかかってしまいました。
出るタイミングを逃した女子生徒はその間も私の斜め後ろにいて、関係ないのに完全に付き合わせる形になってしまったので申し訳なく思います。
「本当にありがとうございました」
と深く頭を下げられ私は明るい感じで「いえいえ」と返します。
先程運んだノートに書かれていたのを見て知ったが彼女は1年5組に所属しているみたいです。
「私、1年3組の那須祈って言うの。もし良かったら一緒に戻らない?」
同じ1年ならとさらにこの子と距離を縮めるべくそう提案すると
「あ...はい。分かりました」
あからさまに戸惑った様子でそう返されました。同じ1年なのにこうも距離を取られるのはまだ抵抗があります。
私だけ、まるで別種の存在として認知されているようで。
やや気まずい空気のまま並んで来た道を引き返すと途中、何故か先程まで空いていた扉が閉まっていました。
その扉をそーっと開いてみると
「ありゃ」
わざとらしくそうリアクションします。
自習用の机が右側の端で、左は教室棟へ続く方となっている長い通路はものの10分程の間に人で溢れかえっていました。
そこでは色とりどりの練習着に着替えた恐らく陸上部の生徒が廊下中央に置かれた目印の上をウサギ跳びで跳ねています。
失念していました。
外を見ると6限の途中から降り出した雨が今は激しく窓を叩いていています。
雨の日は普段外で練習している運動部は後者の中で練習するんでした。
「あ、那須さんだ」
扉を開けた私に気づいたらしい陸上部の方に声をかけられました。初対面のはずですがこの方はどうやら私を知っているようです。
「ごめんね!端っこなら通れるけど通る?」
「えーっと」
後ろにいる女子生徒 (そう言えばまだこの方の名前知りません)の方を向くとプルプルと首を横に振られました。
まあ、気まずいですよね。
練習の邪魔をしながらここを通るの。その間注目もされることですし。
「いえ、練習の邪魔になりそうですし別の道から行きますよっ」
そう頭を下げ職員室前の階段から下に降り、事務室や保健室、校長室が並ぶフロアの左端の扉から教室棟に向かうことにしました。
階段を上り下りする手間はあるが距離はさほど変わりません。
「ごめんなさい。私が手伝ってもらったりしたせいで遠回りさせてしまって」
階段を降りながら俯きがちに女子生徒はそう言う。
「ううん。むしろ先生に捕まって時間を取らせたのは私の方だし。それにせっかく友達が出来そうなのにあのままバイバイじゃ悲しいもん」
口からの出任せです。
最近の女子高生ならこんな感じでしょうか、なんて想像してそれを私に当てはめただけ。
元々私はそんなに社交的じゃないですから。
「友達...ですか」
とその子は視線をさ迷わせます。
そしてこくんと頷いてくれました。
保健室を過ぎその先の入口から外に出ます。
斜め右に見えるグラウンドは雨で水浸しになっているようで、さらに肌を刺すような冷たい風が吹いています。
身を縮めながら教室棟へ向かいつつ斜め後ろを見るとその子は先程出た入口傍でこちらとは反対側の方を向き立ち止まっていました。
その視線を追うように私も視線を向こう側に向けると
え......?
体育館へと繋ぐ渡り廊下の途中にある自動販売機傍の木の椅子にいたのは押川さんです。
前に一緒に歩いている所を見たことがある仲の良さそうな男子生徒と並んで話しているようでした。
その子の視線が2人を捉えているのは明確です。
知り合い、なんでしょうか?
それとも...
その事を考えると同時に私の頭には数日前の事が思い浮かび、心がモヤモヤ、ザワザワと騒ぎ出します。
あれからどうしたらいいのかも分からず、話したいけどどう話せばいいのかも分からなくてしまいました。
カラオケ店で一緒にいたあの女の子は一体誰なんでしょう。
遠目からでも分かる美人なあの子はもしかして押川さんの彼女なのではないか。
押川さんに彼女がいるという話は聞いたことがないけど、押川さん自身、あんなに優しくて、か、...かっこいいんです。
あの人のことを好きになる人が『他に』もいても不思議はない、ですよね。
ないんですが...
その子は少しの間押川さんたちの方を見た後、そのまま声をかけることはせずこちらに小走りで走ってきました。
「ごめんなさい。友達がいて...。行きましょうか」
「あ、うん」
友達。
本当にそうなんでしょうか。
私にはもっと別の感情を含んでいる視線のようにも見えました。
それは、私の精神がねじ曲がっていてそう感じただけの可能性も高いですが。
※
「今日は本当にありがとうございました」
3組のクラスの前で女子生徒はそう言った。
「いえいえ。あ、あと敬語じゃなくていいよっ。同学年だし」
前にこんなこと言われたな、と思い出します。
正面から改めてよく見るとすごく可愛らしい人です。
メガネで印象が薄くなってしまっていますが外したらきっと私なんかよりよっぽど美人さんです。
一瞬、どこかで見たことがあるような気がしましたが、同じ学年だしそういうこともあるかと思い直します。
「私、5組の永田詠子。よろしく...那須さん」
緊張した雰囲気は残しつつ気さくな口調で永田さんはそう言います。
その永田詠子という名を私は知っていました。
毎回テストの度に学年1位として名前が載る有名人。
まさかこの子がその永田詠子さんだとは。
前にクラスで永田さんの話が出たことがありました。
根暗だとかぼっちだとか。
そんな悪口をクラスメイトは言って嘲笑していたがそんなことないじゃないですか。
私は「よろしく」と気さくな感じでヒラヒラ手を振ります。
こうして私と永田さんは友達になりました。




