㉙直樹
12月3週目になると体育は先日のバスケから新たな種目へと移る。
「だりぃ」と言う小さな心の声があちこちから飛ぶ。
最低気温が1桁というのが当たり前になる今の時期に似合わず、半袖短パン姿の1年1、2組男子は手で体を摩りながら渋々スタートラインに団子状に並んでいた。
僕もその集団の中で今は直樹と並んでほぼ最後列に並んでいる。
スタート位置は自由に決めて良いというマラソンの授業においてこの位置からスタートするというのは人生初だった。
隣では直樹がビュウと吹く風に身を縮こませ、スっスと腕を一定のリズムで摩っている。
スタート位置には大きなタイマーが設置されていてタイムを測ることになっていた。
「位置について」という年を取った体育の声が響きピッと笛が鳴る。
※
一定のリズムで呼吸し直樹と同じペースで隣に並んだまま中間地点を超える。
現役運動部の直樹ならもっと前の順位になれるだろうが、そのことを走る前に聞くと「部活の体力減るから無理」と言われた。
かくいう僕も全力を尽くしている訳ではなく、だいぶセーブして走っているから人のことは言えない。
さすがに体力は前よりかなり落ちてるから直樹程余裕という訳ではないが。
初めは団子状でスタートしたのに前後の人の背はだいぶ小さい。授業とはいえ6キロも走らされるのだから体力がある組とない組で分かれるのは必然だった。
のんびりした田んぼ道にはタッタッタッと地面と学校指定の運動靴が擦れ合う音がやたらと大きく聞こえる。
視線だけをチラリと横に向けると直樹は前を見たまま一定のリズムで呼吸し、じんわりと汗ばんでいる額を腕で拭った。
「なあ」
気がつけばそんな風に口を開いていた。
「んー?」
前を向いたまま直樹が応える。
「...何か...聞きたいこととか、ないか?」
「なんだよ急に」
そう言って、5秒程直樹は口を閉ざし
「言いたいなら聞く」
と、こっちを見て優しく微笑んだ。
直樹はいつだってこちらが踏み込んで欲しくない所には立ち入らない。時には助け舟を出してくれる。
僕はいつも、それに甘えていた。
※
入学直後。こんな会話があった。
「なあ、透って中学の時何部だったの?」
「...陸上部」
「へー、種目は?」
「......」
「あっ、やっぱいいや。俺は中学の時はハンド部でさ、せっかくだし、高校からは別の競技やりたいと思ってるんだけどーーー」
※
あの時は気分屋な奴なんだなと思っていたが、今思えば中学の時の話題になり表情が曇った僕を見て『何か』を察してくれたんだと思う。
あの日から直樹は中学の時のことも陸上に関することも口にしていない。
いつもそうだ。
こちらが『踏み込んで欲しくないこと』を先回りするように察して決して踏み込まない。
今だって、先を急かすことはせず僕の言葉を待っていてくれている。
3週間前のあの朝。
この気持ちを押し込めて、押し込めて。
苦しいのは一時的なもので時間が解決してくれると思った。
でも、那須と話さなくなって、決定的に何かがズレて約1ヶ月。
自分じゃどうしても整理がつかなくて、どう行動すればいいのか分からない。何かしたとしても上手くいく自信もなくて先行き不安。
無意識にボーッとしたり考え事に没頭することが増え、他のことが手付かずになることが増えた気がする。
その上ここ最近、普段はしないような小さなミスの連続で精神的にかなり堪えて来ていた。
「...相談、乗ってもらっても、いいか?」
案外するりとその言葉が出た。
「当たり前だろ」と直樹はニッと歯を見せて笑い、少しだけ走るスピードを上げた。
「なあ...俺はバカだからさ、展開の先を読んで的確なアドバイスをするなんて出来ないぜ。でも、他だったら多分出来る事も多いから、透が話したいって言うんならとことん聞くしストレス溜まってんなら発散に付き合う。...友達だかんな」
「だから遠慮しなくていい」と言い捨て、直樹は更にペースを上げてぐんぐん遠ざかる。
直樹みたいな友達は今まで周りにいなかった。
どいつもこいつも友達なら隠し事はなし、何でもかんでも知りたがり休日も休み時間も放課後も隙あれば一緒に時間を共有しようとするタイプばかり。
友達だからって何でも開けっぴろげにする必要はないのに、と心の中でうんざりしていた中学時代までのことを思い出す。
やっぱ好きだな、直樹のこと。
心からそう思った。




