㉘欠陥品な僕
目が覚めてすぐ、ズキズキと痛むこめかみを抑えた。
上体を起こして座るベッド脇の窓からは眩しい光が差し込む。
普段目覚めは割と良い方なのだが今日はまだ体に布団をかけた状態のまま先程まで見ていた夢を反芻していた。
赤い夕日に照らされ何故か夢に登場した那須と僕は2人で那須の家の近くにいた。
何でもない会話を2人でしているといつの間にか那須の周りを多くの人が取り囲んでいるのだ。
『バイバイ』
そう言って他の人たちと一緒にありえない原理で那須は消える。
那須のいなくなった通学路はパラパラとパズルのピースが崩れていくように崩れていって最後には真っ暗になった世界に1人残される。
嫌な夢というのはこれまでも幾度となく見てきた。過去の記憶がそのまま夢として出てくる事もある。
でも今回のはそのどれよりも抽象的だった。夢に意味を求めても仕方ないのだけれど。
何故こんな妙な夢を見たのか。
つい3日前のことを思い出す。
『ねえ、もう行かない?邪魔しちゃ悪いって!』
そう言い去っていった那須。
思えばそれより前、具体的には文化祭の直後くらいから那須からの連絡は完全に途絶えている。
どうしてこんな事になったのか、思い当たる節がなかった。
今まで1週間に1回の電話やメッセージ、直接会って話すのもほとんどなかったけど文化祭前まではほぼ毎日那須の声を聞いていた。
あの時那須の精神状態がギリギリだったということもあるだろうがそれでも1週間以上那須からの連絡がないというのは激しく僕の胸をゾワゾワと荒立てる。
また無理をしていないだろうか。
...してるんだろうな。なんせ那須は無理をしまくる。
何でもかんでも抱え込んで、倒れるまで。周りの期待に応えるため、皆の望む自分であるために。
本当は一般的な家庭なのに上流家庭のお嬢様だと噂されたり、運動も得意ではないのに失望されないために前もって予行演習をしてヘタなことにならないよう備える。
他のこともそうだ。いつだって不器用にもがいている。
『私は、期待に応え続けなければいけないんです。それしか、私が存在する理由を証明する方法がないんですよ!』
そう言って耳を塞ぐ彼女を見て彼女を守りたいと思った。
彼女が傷つくのを見たくない。あらゆるしがらみから逃れて無邪気に笑っていて欲しいと。
ああ...、やっぱり僕はだめ、だな。
ポンコツだ。
欠陥品だ。
だって、決めたじゃないか。初めに彼女と取り決めた役目を果たすって。そのために不要な感情は捨てるって。
なのに、なのに...
那須との些細な会話やいじらしい仕草、表情が頭にぽわんと浮かんではパンとしゃぼん玉のように弾けていく。
ああ、だめだ。だめだ。だめだ。だめだ。
那須とのこの他とは違う特別な関係にどこか愉悦感を感じていた。
何にもなることが出来なかった僕が、今度こそ『欲しいと思ったもの』を手に入れることが出来そうな気がして。
もっともっともっと。那須のことを知りたくてたまらない。
ここで手放すにはもうどうしようもなく、大切な存在になってしまっている。
でも。
僕じゃ到底釣り合わないのも事実だ。
『今どき顔じゃねぇだろ』と昨日満晴は言った。那須とのことじゃないけど。
那須は可愛い。とにかく頑張り屋で一生懸命な所も、2人で会うときに見せる綻んだ顔も、お堅い敬語も。
那須は自分のため、周りのために努力し続けられる人だ。逃げた僕とは違って。
だからーー
『今どき顔じゃない』。ああ、そうだね。
中身だって釣り合ってない。
本人は否定してくれたけどやはり、今の僕は那須にとってのはけ口だ。
それを忘れるな。
現実から目を背けて理想に逃げるな。
そうしないと、今の自分はだんだんと見えなくなって、『また』何も残らず一人ぼっちになるぞ。
だから、この想いは決して漏らしてはいけない。
怖い。
側にいてくれた人が離れていってしまうのは。大事なものを無くすのは。
布団を剥ぎ、冷たく冷え込んだ床に足を下ろし、立ち上がる。
寒さでごちゃごちゃになっていた頭も冷えていくような気がした。




