㉗冬の朝
週明けの月曜日、12月となりいよいよ「ああ、冬が来たな」と感じた。
いつからが春で、夏で、秋で、冬なのか。
昔は1月から3ヶ月ごとに暦に合わせて季節を区切っていたらしいが、地球温暖化のせいもあって夏だけでなく、本来6月というイメージが強い梅雨もここ数年7月に移行している。
秋や冬もそうだ。
9月から秋だという人もいれば9月はまだ半袖で過ごせるから10月から秋だ、という人もいる。冬もまたしかり。
11月は秋と冬の中間みたいな感じで扱いに困るけどさすがに12月ともなれば寒さも本格的になり、上着や学校指定のセーターを着ているにも関わらず寒い。
登校中に自転車を漕いでいると風が首元やハンドルを掴む手の甲を撫でクッと首を引っ込めた。川沿いの土手を走っていると前を走る隣の商業高校の制服に身を包んだ女子生徒の首元から千鳥柄のマフラーの端が風でそよぐ。
去年使ってたマフラーどこにしまったっけ、とぼんやり考えながらペダルを漕いでいく。
家から学校までの半分くらいの距離まで行くと段々と同じ制服を着る男女が増えてきた。
路地から国道へ出る十字路に差し掛かる。
目の前を今しがたスっと横切って行った隣の高校の制服を着た女子生徒は片手でスカートを抑えながら猛スピードで走り去った。
斜め向かい、道路の向こうの青になっている方の横断道路は登校時間のピークだからか色とりどりの自転車に跨った生徒たちでごちゃごちゃと混みあっている。今からあの中に混ざらないと行けないのかと思うと毎度の事ながら息が詰まりそうになった。
信号脇まで進み信号が青に変わるのを確認して向かい側に渡る。
先程溜まっていた生徒が先に進んで行ったというのに次の集団で信号待ちの行列が出来た。
車道ギリギリの所で止まり顔を上げて赤く点灯する人をボーッと見ているとスっと後ろから来た自転車が真隣で止まり、キッと油の切れたブレーキ音が鳴った。
「おっす〜」
その自転車に跨った直樹がニッと歯を見せて無邪気に笑う。
「はよーっす。朝から元気だな」
「ちげーって。いつもは、ほら、朝から職員室行くこと多くて」
「ああ」
大迫絡みで。
「いつもお前と会うのはその後だかんな。どちらかと言えば朝は今のこっちが平常」
パタパタと手で顔を仰ぎながら「あちー」と直樹がじんわりかいた汗を拭う。
「寝坊でもしたのか?」
「んんや。今日は大迫んとこ行かなくていいからテンション上がって朝の自主トレ時間ちょっと伸ばしたんだよ」
自主トレ後に自転車通学なんて朝から相当な運動量だな。
「卓球部も大変だな」
「自己満でやってるだけだって。うち弱小だし、俺が部長になったからには結果出さないとでしょ。ただでさえ俺練習時間他のやつより少ないしせめて基礎トレくらいはしっかりしないとな」
「大会近いんだっけ?」
「まあな」
何でもない会話が心地良い。直樹と話す時はいつも心が穏やかでいられる。
最近はやたらとザラっと、モヤッとした気持ちを感じる事が多かったからなおのこと。
青信号に変わりそれに合わせてポッポ、ピッポと電子音の鳥の鳴き声が流れ出す。
この先には生活指導の教師が毎朝見張りをしているためここからは1列に並ばなければならない。
直樹の後ろにつくとピョンと跳ねた寝癖が目に入った。後で教えてやろう。
ゴタゴタとしていた集団がビヨンと伸びるように規則正しく1列に並ぶ。すっかり見慣れたはずのこの光景も改めて見ると異様な光景だと思った。隣の車道を走る運転者は僕以上に違和感を感じているんだろう。
野球部とラグビー部が並んで挨拶する校門坂を登り、校門をくぐって自転車を下りる。校内は自転車に乗ってはいけないというルールがあるのだ。
校門を左に曲がり、くねくねと曲がる通路を進むと全学年、全クラス分の自転車が並ぶ駐輪場。
その1番奥が1年の場所、さらに奥、校門から1番遠いところが僕のクラスの駐輪スペースになっている。
あと15分で予鈴がなるけっこうギリギリの時間だからか既に3分の2超が埋まっていた。
いつも通り自転車と自転車の間の隙間に自分のを押し込んで隣の自転車を倒さないように鍵をかける。
直樹と並んで靴箱を抜け教室に向かう。
階段を1つ上りあと少しで教室だと言う場所、その手洗い場のところで見知った顔がいた。
「お、はよーすっ!」
そいつは僕らに気づくなりタオル片手に肩を叩いてくる。
音楽で同じグループになった甲斐満晴だ。
「おはよう」
「はよーす」
直樹と並んでそう返す。
先週の音楽の授業以来、もう1人の早崎はともかく満晴の方はやたらと話しかけてくる。
あの時は僕と詠子が付き合っているという妙な誤解をして話しかけて来たが次の日からは、少なくとも満晴は、その話題を口には出さないでいた。
まだこの軽いノリには慣れないが僕の中でなんだかんだ満晴は最初の『嫌な奴』という印象から『友達候補』にまで変わって来ている。
「あ、透」
満晴は視線を一瞬中へ向けわざとらしく何かを思い出したようにハッと口を開いた。
「ん?」
「この前は変な勘違いしてたみたいでごめんな?」
突然の謝罪に首を捻る。
「ああ...」
1週間前の事か?
「いや〜、お前も大変だったんだな」
大変?
「え?なになに?どゆこと?」
直樹が横からスっと入ってくる。
「一昨日部活帰りに透を見かけたんだよ。俺、この前はかるーく言ってたけどまさか透が『彼女いる身で迫られてる』なんて知らなくてさ」
は?彼女?迫られてる?
「え?透彼女いたっけ?」
直樹は首を傾げている。
「いや...」
突然の事に混乱しながらその答えを求め満晴に視線を戻すと
「ほら!ストレートロングの美人!聞けばこの前の文化祭んときも2人でいたらしいじゃん。遠目で見てもめっちゃ美人!マジ羨ましい!!」
この前の文化祭、そして一昨日...
誰のことを言っているのかはすぐに検討がつく。
だけど、まずい。非常に。
「違うって。あれは...友達で」
「なわけない」と満晴は肩を叩いてくる。
男子同士のよくあるスキンシップだということは分かるが久しぶりに感じる『それ』は妙に痛かった。
まさか文化祭のときのことまで漏れているとは思ってもいなかった。あの時乱入してきたカップルが発信元か?...いや、今はそんな犯人探しをしても仕方ない。
満晴はさらにテンションを上げ
「なあなあ、あの子ってうちの学校だよな?年上?」
それを聞いて真っ白になってこんがらがった頭がスっとクリアになる。
確かに僕も初めは『あの詠子』が誰か分からなかったくらいだし気づいていない奴が多いのなら...
シラを切り通すしかない。
内心を悟られないよう出来るだけ明るい声でノリが良さそうに、でも違和感を与えないように僕は演じる。中学の時の自分を思い出して。
「だから違うって!あの人は『ただの』女友達!だいたいあんな美人が僕と釣り合い取れるわけないだろ」
自虐交じりでそう言うと
「そうかぁ?今どき顔じゃねぇだろ。信じ難いことではあるけどさ」
満晴はなおも食い下がる。
「いや、でもさーー」
どうにかこうにか、言いくるめられる言葉を探しているとタイミング良く予鈴が鳴り響く。
「うわ、やべ」と隣で直樹が言った。
「ま」と声を上げ満晴は親指を立てる。
「頑張れよ。外見が全てじゃねぇし応援してるから」
大きなお世話だ!...と、怒鳴りたい気持ちはグッと堪えた。
ここで1度終息しかけている話をぶり返すのは都合が悪い。
「んじゃ、また6限で」と満晴は言い、2組に入って行った。
直後「俺達も行こうぜ」と直樹に促されその後に続く。
席に着くまで直樹は何も聞いては来なかった。




