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努力する彼女と努力をやめた僕  作者: 成浅 シナ
1年生編
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28/87

㉕カラオケ

12時55分にいつもの通学ルートを自転車で移動し待ち合わせ場所の高校前に着いた。


私服で学校に行くということに違和感を感じ苦笑する。



詠子との待ち合わせは午後1時に校門前。


自転車に跨ったまま『少し早かったかな』と腕時計を確認しているとパタパタパタと足音が聞こえた。


後ろで束ねた長めの髪が左右にピョンピョン揺れる。



「ごめん、待った?」


詠子は膝に手を付きゼェゼェと呼吸する。


「ううん、今来たとこ」


そう言いながらママチャリのカゴにポンと入れていた未開封のペットボトルを詠子に差し出す。


だが、詠子はそれを手で制し、肩にかけた鞄から用意してきたらしいペットボトルを取り出した。

僕が今差し出した物と同じやつだった。


「用意いいな」


「透こそ」


詠子はそう言いゴキュゴキュと中身を飲む。


僕も手にしたままのペットボトルを開封して飲む。


「僕は自転車だし絶対喉渇くと思って。それにカラオケなら場合によっては頼むよりペットボトル買った方が安く済むこともあるからな」


今回詠子が指定したカラオケ店もその手の店っぽい。昨日ネットで調べたら絶対用意してきた方が良いと思ったのだ。


「そうなんだ」


ようやく息が整ったようで詠子は最後に「フー」と大きく息を吐き出した。


「じゃあ、行こうか」





詠子がずっと気になっていたというカラオケ店は通っている高校から程近い場所にある。


カラカラと自転車を押して並んで歩く。すぐ側の田んぼからは農家の人の姿が見えた。土と刈り取った草の匂いがした。


田舎臭いこの匂いが僕は嫌いではない。


夜になれば街灯切れてしまい真っ暗な道も、時期によってはビュンビュン虫が跳ねる田んぼの間の道も、娯楽施設がほとんどなく暇なこの町も。


田舎すぎて学校も就職先少なく、この町で育った人達はいつかここを飛び出していく。

僕もきっとそうなる。でも、1度出てしまってもまた帰ってきたいと思えるような安心感があるのだ。



那須の家の方向をチラッと見て意識したり、詠子と取り留めない話をして歩くこと15分。


塗装の剥げた倉庫のような佇まいが見えた。


田んぼのすぐ側にあるその場所は1つ1つのカラオケルームが独立していて倉庫街のようになっていた。


裏手の駐車場と併設している駐輪場に自転車を止め、奥に進むと一際古い小さな建物があった。時代を感じる白の扉には『受付』という張り紙がある。


自分の家の近くにある別の系列のカラオケ店は前によく利用していたがここは初めてだった。


作法が分からずとりあえずその扉をゆっくり中の様子を伺いながら押した。


カラカラと扉に付いていた飾りが音を立てる。


中は本当に受付だけの空間だった。詠子と2人で並んで立っているだけでも窮屈さを感じる。


受付の奥は何やらバタバタとしていて僕たちにようやく気づいたのか50代くらいの女の人が顔を出す。


「ああ、1号室の人?」


1号室?


「えっと...」


詠子も何がなにやら分からないと言うように首を傾げている。


2人で顔を見合わせていると、受付の人も「ん?」というように眉をひそめる。


「すみません。僕達今来たんですけど......」


そう言うと受付の人は「ああ」と手を打った。


「ごめんなさい。今満室で。悪いんだけどあと10分くらいで部屋が空くからそれまで待ちます?」


ややフランクな話し方でそう言われ詠子の方を向いた。


「どうする?」


「待とう」


僕は頷き、その旨を店員に告げた。



「じゃあ、部屋が空いたら呼びますから」


少し訛ったイントネーションでそう言われここじゃ狭いからと外に出た。


受付傍の日陰に並ぶ。


「私、カラオケって1人1人料金取るんだと思ってた。部屋の料金なんだね」


壁に貼られた料金表を見ながら詠子は言う。


平日料金と土日祝日料金に分かれていて1時間事に金額が書かれている。


『1時間 2000円、2時間 3000円、3時間 4000円』以下略。


たっか!


僕がよく利用していたところはドリンクバー付きで3時間1人1200円。フリータイムでも1600円。


一方ここは部屋の料金で人数分割り勘しても3時間1人2000円。ドリンクバーなし。


たっか!


大人数で利用すればするほど安くなるんだろうが少人数だとむしろ割に合わない。



だが、それを言うと何も知らずここを選んだ詠子を責めている感じになるため


「まあ、そうだな〜...」


曖昧にそう返した。





女子中学生らしい3人組が横を通り過ぎ受付に入って行った。


そして3人組が出て行ったあとひょこっと先程の受付の人が顔を出す。


「どうぞ〜」




待ち時間に詠子と決めていた利用時間を告げ前払いで料金を払い伝票を受け取る。



外に出て伝票に書かれている部屋番号、1号室を探して歩いて行くとすぐに見つかった。


土足厳禁らしく二重になった扉の間で靴を脱ぎ、もう1つの扉を潜って並んだスリッパを突っかける。


ムンとタバコの微かな匂いとホコリっぽい篭った匂いがした。


高さの低い赤い皮のソファは所々剥げ、上から布が当てられている所もあった。

部屋の端には小さなスロットマシンが怪しげに光を放っている。


何この溢れる昭和感。



「へぇ〜」


詠子は初めて入ったカラオケルームが物珍しいようで部屋の端から端まで歩いては感心したように声を挙げる。


詠子の中で「これこそがカラオケ店!」という変なイメージが付きそうだ。


せっかく楽しんでいるのに水を差すわけにもいかず机に伝票とペットボトル、ソファに鞄を置いて大きなモニターの横にあるエアコンのスイッチを入れた。


ついでにモニター前にある機械と頭に袋を被ったマイクを2本持って行く。


「詠子、何歌う?」


「それは?」


詠子の目は僕の膝の上にある機械に向けられている。


「これで曲を入れてくんだよ」


機械を操作しとりあえずランキングを開いて見た。上から月に多く歌われている曲がランキング順に並んでいる。


「ふーん」と興味津々にいじり出した詠子に何だか微笑ましい気持ちになり、僕はもう1つある同じ機械を取った。



「透は何か歌いたいのある?」


「えー」


そういえば考えてなかった。


どうしようか、と頭を悩ませる。


最後にカラオケに行ったのは部活のチームメンバーと、だっけ?


その時はただその時流行っている曲とか人気のアーティストを前日までに必死に覚えて行っていたが


最近流行りの曲...


ここ最近で聞いた曲は本当に少ない。歌える程覚えているものとなると更に数は減る。


歌えても1番だけだったり、きちんと覚えているものはサビだけだったりとまちまちだ。



「手本見せて」と詠子にキラキラした目で言われ悩んだ末、前にカラオケに行ったときに歌った曲を入れた。


ドラマの主題歌だった割と有名なやつだ。


爆音でメロディーが流れる。



久しぶりの歌に所々音程が外れた。歌い始めに予約した精密検査で音程が外れている所が赤く染まった。



元々僕は歌があまり得意ではなかった。

1人で歌う事もあまりない。デュエットする事の方が多かったように思う。


間奏の間チラッと向かいのソファに座る詠子を見ると詠子は歌詞が映し出されているモニターを眺めながらゆらゆらと楽しそうに体を揺らしていた。



笑われないように、なるべく音が外れないようにと考えていた思考がスっと溶けてなくなっていくような気がした。


そんなことを考えていたのは僕だけだったんだって気づいた。


こうなればヤケだ。


ここしばらく溜まっていたモヤモヤを吹き飛ばそうと声を張り上げる。音程は外れたが顔の力が抜け、多分、初めて僕は笑いながら歌っていた。




1曲目を歌い終わり、採点が出る。


82点。


うーん...


めちゃくちゃ微妙だ。

なんだかんだいつも80点は行くんだけどどうしても90点に届かない事が多い。僕の場合、1回のカラオケで1度出れば良い方だった。


恥ずかしくなり『演奏中止』のボタンを押すと、曲の途中で詠子が入れていた曲の前奏が流れ出した。


聞いた事がない英語の曲名。


「スゥ」と詠子が息を吸い込む。



『――――』



「詠子!スイッチ、スイッチ!」


詠子の声をマイクが拾っていなかった。大音量で流れるイントロにその声は掻き消される。


顔を赤らめて慌てる詠子の横に行きスイッチを上げる。


「あ、ありがとう...」


マイクが拾った詠子の声はとても小さい。



機械を操作して同じ曲を入れ直す。


詠子はしばらく深呼吸して呼吸を落ち着かせ、モニターに集中した。


もう一度「スゥ」と息を吸い込み、今度こそマイクに乗せて声を響かせた。





曲が終わってもビリビリと全身が痺れるような感覚が残っている。


室内は暖房で暖かいのに腕には鳥肌が立っていた。



めっちゃ詠子歌うまい。



そう言えば文化祭のときも1人だけ異彩を放っていたっけ。


精密採点では見事な採点ポイントの五角形が出来ていて点数は97点。


文句無しの高得点だ。


だが、当の本人は「むぅ」と少し不満そうにしている。


『演奏中止』を押さず画面を食い入るように見ている。


「音程が少しズレてた?...いや、もう少しあそこを伸ばして......」


何やらブツブツと1人反省会をしている。


その姿が微笑ましくてクスリと笑いが零れた。



学校のテストでは常に高得点。当然その結果を出し続けるには相当の努力が必要だ。点数が出る物には常に高得点を出そうと躍起になる。実に詠子らしい。



「よし、次、透!」


反省会が終わったらしい詠子がこちらを見る。


「何歌う?」


と予約機械片手に距離を詰めてきた。


僕よりだいぶ小柄で鼻のすぐ近くに寄せられた頭からふわっと良い匂いがして慌てて首を詠子とは逆方向に向けた。


モニターに夢中で詠子は僕の様子に気づいていないようだった。


「そ、そうだ!デュエットしようか」


視線を逸らしながらそう言うと


「いいね」


と詠子が笑う。


席を立ち元の席に戻ってからなるべく不自然に見えないようにもう1つの機械を手に取る。


「ほら、この辺りの曲はどう?」


「うーん...。あ、これなら分かるかも」



そんな話をしながら僕は手当り次第、詠子と交互に、時には一緒に歌いながら3時間を過ごした。

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