㉓リスト
火曜日。
電話は鳴らない。
※
水曜日の放課後。
この日いつもよりあっさり帰りのHRが終わり廊下に出た。
うちのクラスが1番早く終わったようで、放課後のざわめきはまだない。2組の横を通り過ぎると男性教諭がお小言を言っていた。
明日、明後日の2日に分けて課外授業の時間に年内最後の学内模試が行われる。
つまり、詠子と約束した『次のテスト』だ。
約3週間続いた放課後勉強会も今日で勉強を見てもらうのは最後ということになる。
そう思うと、何だか無性に心の中に隙間が空いたような空虚な気持ちになる。
2組を通り過ぎると左は特別教室棟への渡り廊下、右は靴箱に降りる階段だ。
迷わず左に進むと冷たい風が頬を撫で身震いした。
あと1週間ちょいで12月。そのまた1ヶ月後はもう新年。
中学の時はとにかく勉強、部活と毎日が慌ただしくダラける暇なんてなかった。
やることが多いから自然と時間が経つのも早いのだ、と結論付けていたが、あの頃と比べればやることが大幅に削られた今でも時間の流れはゆっくりにはなっていないように感じる。
以前、大人になればなるほど時間の流れは早くなるものだとテレビ番組で見た覚えがある。
ただ淡々と日々を過ごして、例えば今感じている想いも、今日の出来事も、その日々に埋もれて思い出せなくなっていくのだろうか。
写真を撮ったり日記を書く人は、何気ない日々を時間が経っても忘れないようにと願うからそうするのだろうと思う。嬉しい記憶、楽しい記憶。
僕は昔から写真は嫌いだった。写真を見返す度に、その中に写る周りに合わせて笑顔を作る自分を見返す度に、今その写真を覗き込む本来の僕は何なんだと虚しくなる。
無理して、周りに合わせて、そしてそのうちそれが当たり前になって馴染んでいく。その半ばでリタイアした今の僕はやはり間違っていたのか、と時々分からなくなる。
クラスで決して目立たない僕、クラスの中心で友達も多い中学生の僕。あの時の僕のまま高校生になっていたのなら、何か変わっていたのだろうか。
※
すっかり馴染んだ古い本の匂いを胸いっぱいに吸い込みいつもの席に座る。
図書当番の生徒もまだHRが終わっていないのかまだカウンターの席は空席だった。利用客も僕だけだ。
机に鞄を置き、欠伸を噛み殺す。
窓からは時折隙間風が入り込んで来るがそれを上回る太陽光の温かさで頭が真っ白になっていき、何かを考えることも億劫になって机に置いたリュックサックを枕替わりに頭を乗せた。
※
「あいたっ!?」
額に鋭い痛みを感じハッと目を開けた。
まだ重い頭を上げるといつの間に来たのか、詠子がメガネの奥でジトーと目を細めている。
「おはよう」
「何もデコピンしなくても...」
普通に声掛けてくれれば良かったじゃんかぁ、と額を摩っていると詠子は何食わぬ顔で鞄を置き中身を出し始めた。
時計を確認するとまだ寝入って長くても10分くらいしか経っていないが頭はさっきよりはだいぶスッキリしている。
変な角度で寝ていたからか首が少し痛み、肩がバキッと音を立てた。
教室内を見回すと2、3人の生徒が見えた。放課後のザワめきも遠くから聞こえてくる。
目の前では詠子がクリアファイルの中身をペラペラ捲り、目的の物を見つけたのか外に引き出した。
「はい、これ」
僕の前にその紙が置かれる。
「これは?」
全部で3枚。それぞれ国語、英語、数学の問題が並んでいた。
「予想問題。といっても私の予想だから的中率60%くらいだから期待しないでね」
「いや、そこそこ的中率高いじゃん」
完全なる教師のオリジナル模試で6割も当てるのは相当だ。
「学外模試ならともかく先生が作るやつならだいたい目星は付けられるよ」
「さすが学年1位...」
「回答は裏に書いておいたからとりあえずやってみて」
それで用は終わった、というように詠子はクリアファイルを机の上に置いてノートを取り出した。
机に置いたまま筆記具を取り出しているので表紙が目に入る。
『To Do』。
「それは?」
「To Doリスト兼Wishリスト」
「あー、確かやることとかまとめたりするやつ...だっけ?」
その日することをまとめ視覚化することによって効率よく行動出来たり、やり忘れをなくしたり...確かそんなやつ。実際に作っている人は初めて見た。
「そんな感じかな」
パラッと詠子はノートを開き今日の日付が入ったページを開いた。その中のいくつかは既に文字の上から線が引かれている。課題やその日する勉強内容も何やら細かく書き込まれていた。
詠子はまだ線が引かれていないもののうちの1番上、『透と勉強会』という項目に早くも線を引き、その下の内容を確認している。
「いつもそんなの作ってるのか?」
「まあ、そうだね。と言っても私のこれはただの勉強スケジュール帳になってるけど」
「ほら」と見せてくれた前のページは時間ごとに教科とやる単元、ページ数まで細かく書いてある。
そう言えば、
「Wishリストってのは?」
先程そんなことも言っていた気がする。
「やりたいこととか、行きたいところとか、そういうのを書くと良いって聞いたから後ろのページにまとめてみただけって感じかな」
先程は普通に見せてくれたのに打って変わって詠子は恥ずかしそうにノートを閉じ自分の方に引き寄せた。
「まあ、内緒なら仕方ない」
「別に...透なら良いけど...」
そうは言ってもノートはまだ引き寄せられたままだ。
「ここに書いたこと...叶えてくれるなら見せてもいいけど」
冗談のつもりなのか珍しくニヤリと笑って詠子が言う。
「いや、僕、神龍じゃないんだけど......」
冗談交じりでそう言うとキョトンと首を傾げられた。そっか、詠子アニメとか見なさそうだもんな...
「出来ることなら」
そう言い直す。
勉強という口実が無くなれば詠子とは話す機会がほとんどなくなってしまう。
詠子の言う『お礼』とはいえ、こちらから頼んで勉強を教えて貰っているのだからこのままこの先もこれを続けて欲しいだなんて言うのは躊躇われた。
また新たに詠子と会っても良い理由が出来るのなら出来ることはしてみたい。
ここで縁あって出来た友達を無くすのは惜しいという気持ちが強かった。
「じゃあ」と詠子はノートの1番後ろのページを開いた。
・カラオケに行く
・水族館に行く
・駅前のケーキ屋に行く
・英語の偏差値を上げる
・年間100冊本を読む
......
その他にも2ページに渡って行きたいところ、やりたいことがズラリと書いてあった。
詠子らしい物から意外に思えることまで様々だ。
後半の方は曖昧な感じで書かれている物が多いが、前半のどこかに行ったりというものは僕に手伝えそうだ。
「詠子、今週末って予定ある?」
「何?藪から棒に」
「何って、そのWishリスト直ぐに取りかかれそうなの多いし」
「直ぐに...まあ、そう...かもだけど」
歯切れが悪い物言いだ。
改めてリストを見てみる。
あ...
それで気づいた。確かに1人でならばハードルが高いかもしれない、と。
でも...
「とりあえず上から順に行ってみない?ちょうどテスト終わりだし、ほら、僕も久しぶりにカラオケ行ってみたいし」
詠子みたいなタイプは自分の都合で人を振り回すのを嫌うだろう。ここは、中学の時に培った会話スキルの1つ、『自分がやりたいから付き合ってよ〜』を発動する。こういう物言いなら抵抗感はグッと少なくなるはずだ。
「え、本当に?」
「本当に」
「さっきの、叶えてほしいみたいな発言、冗談半分のつもりだったんだけど」
「半分、なんだろ」
詠子はムムっと眉を寄せ
「透はズルいよ」
何故かぷいと怒ったふうに顔を背けた。
「ズルいって...何が?」
意味が分からずそう返すとツーンと更にそっぽを向かれた。
何故だ...
「分かったよ...付き合ってくれるなら...助かる」
しばらくして渋々といった様子で詠子が口を開く。
「りょーかい。じゃあ、詳しくはまたLINEする」
ノートを返しグッと伸びをする。
さて、休憩はここまでとしてそろそろ本来の目的である勉強を始めるか。
大きく伸びをして「じゃ、やりますかー」僕は筆記具を取り出した。




