新しい人生
目覚めるとそこは、森の中だった。
別段、驚きはしない。
意識が落ちる前に、私は人間味の欠けた声と機械質な声を確かに聴いたことを覚えているからだ。
私は、平和を望んだ。
声は其れを叶えてやると言った。
確かに言っていたはずだ。
なのに、目覚めれば森の中で独りきり。
持ち物なんて何も持っていない。
この状況で、獣が出現すれば私の命など無いのも同然だろう。
これが平和と言えるのか?
いや、平和ではなく安全か。
そう考えると、仕方がないように思えてくる。
ここで、グダグダと考えていても答えが出ないことはわかっている。
とりあえず、辺りを警戒しつつ散策することにしよう。
この周辺に川が在ればいいのだけど、そんな都合よくあるわけないし。
ーガサッ
頭の中で警鐘が鳴り響く。
ここで、獣が飛び出して来ればその時点で私の命は終わる。
もし、人間だったとしても、女の私一人で森の中にいることに疑問を抱き、どうしてこんなところにいるのかと私に尋ねるだろう。
そうしたら、私は私の身に起こったことを話さなければならない。
虚言で乗り切ることもできるだろうが、それは一時的なものでしかなく、深いところまで掘り下げらた時に私は成す術がない。
だからと言って、真実のみを話すというのは危険だ。
第一に、信じてもらえないだろう。
どちらにしろ厄介極まりない。
ーパキッ
「あぁ!貴方がミコ・イチミヤですね?」
どういうことなのだろうか。
いや、言葉の意味自体は理解できる。
しかし、私の目の前のキラキラな笑顔をしている男が理解できない。
確かに、夜蝶をしていたから金髪に蒼眼の外国人の男の知り合いは多い。
だが、目の前の男は知らない。
何処のどちら様だろうか。
私が混乱しているというのに、男は私に近づいてくる。
私は混乱はしているが、不可解な男に近寄られるのは不快極まりないため、近づかれた分だけ遠ざかる。
私はきっと地球とは違った世界に転移した。
なぜなら、機械質な声がアイーダ・ウルティア・神獣の森と言っていたのを覚えているから。
ならば、何故目の前の男は私の名前を知っているのだろうか。
目の前の男は私よりも少し年下くらいの白人のような青年だ。
身長は170前半だろう。
「驚かせましたね。私はクリード・アイーダ・エルサレムと言います。職業は神官です。神官はわかりますか?」
「…わかります」
目の前の男、いやクリード・アイーダ・エルサレムは満面の笑みで私に話しかけてきた。
少し警戒が薄れそうになり、さらに警戒を強めようとするが、クリードの笑みに安心を感じてしまい、中々警戒を強めることができない。
意外と、森の中で独りきりだったのが堪えたようだ。
「なら、良かったです。私は昨夜、神より神託を戴きまして。内容は、神獣の森に来たりし愛し子を守護者として迎え、安全な場所へと送り届けよ、というものでした。その際に、ミコ様のお名前もお教え戴いたのです」
「そ、うですか」
クリードは説明しながら、再度、私に近づいてくる。
私は警戒を緩め、近づくことを許す。
すると、満面の笑みは驚いたように破綻し、心底嬉しそうにほほ笑む。
その微笑みが、まるで恋人に向けたもののように甘さを含んだものだったことは気づいていないことにする。
結局のところ、今の私にはこの男しか頼れる者がいない。
私は生きるためには、この男、クリード・アイーダ・エルサレムに助けを求める以外に選択肢はないのだ。
「あなたが誘拐犯であろうと無かろうと、私はあなたに縋るしかない。あなたは、神から私を安全な場所へと送り届けることを命じられたと言っていましたが、最低限の生活補助はなのですか?この世界の神官はとても非人道的みたいね?」
今信じれるのは自分だけ。
この男に唯一通用するのは、地球の知識と夜蝶時代に培った会話術だけ。
「私は愛し子の守護者ですから貴方の望みはすべて叶えるのが務めです。神は、送り届けろとは仰いましたが、その後に干渉してはいけないとは仰っておりません。元より、貴方をレフォンス辺境伯領まで護衛し、グーエンの街に家を買い、戦闘奴隷を購入するつもりでしたのです」
護衛っていうことは、グーエンに行った後は住めるだけの準備をして、放置っていうわけね。
それにしても、なんとなくは予想していたけれど、奴隷制度があるのか。
戦闘奴隷ということは、他にもカテゴリーがあるというとこと。
一番に思いつくものと言えば、性奴隷というところか。
それにしても、奴隷は高くないのだろうか。
目の前の男は神官というだけあってそこそこの身なりはしている。
もしかしたら、かなりの身分を持っているのかもしれない。
だが、まるで買うことなど普通かのように言っていたのを考えると…
そこまで高くはないのかも知らない。
まぁ、家の価値はそこまで変わらないのだろうが。
「その前に、貴方がどれほどのお力をお持ちなのか教えて戴きたいのですが」
「…そこまで力はないと思うけど?どちらかと言えば、運動は苦手な方よ」
「いえ、そういう意味ではなく、ステータスを見せてほしいのですよ。ステータスは魂の記憶ですから」
ステータス。
キャラクターの様々な状態や能力値を表すデータであり、RPGなどの成長システムで必ず使われる用語で、戦闘や生産などの行動の成功や度合いに用いられる基礎数値全般のこと。
英単語として「status」と言えば「社会的地位」「身分」「事情」「事態」「状態」などを指す。
転生ファンタジー系の小説ならばデフォルトの設定だ。
いよいよ、私は異世界に来たという現実から目を逸らすことができなくなるようだ。
「どうやって見ればいいの?」
「簡単ですよ。ステータスオープンと呟けば良いのです」
『ステータスオープン』
【ミコ・イチミヤ】18歳 Lv1
HP100/MP100
[スキル]料理(8)・裁縫(7)・掃除(5)・癒し(8)・体術(5)・鑑定(5)・結界(10)
[タレント]金策・母性
[ギフト]神の愛し子
何もないはずの宙に文字が並び浮かんでいる。
ここまで来ると、ゲームの中のキャラクターにでもなった気分だ。
クリード・アイーダ・エルサレムは文字を読み終えると、心底驚いた顔をした。
その顔だけでは、私が強いのか弱いのか微妙なところだ。
私個人の感想としては、弱いなというところだ。
スキルという項目は、技術というところだろう。
料理や裁縫などがあるということは、地球でのステータスそのままなのだろう。
体術は、自衛のためだと言われ、オーナーに習わされていた。
癒しについては、昼に看護師として働いている同僚に怪我の手当ての仕方や、様々な病気の初期症状、薬の効能と副作用、または原材料等々、たくさんのことを教えてもらっていたからだろう。
結界というのは、機械質の声が平和の確立のために付与をしたと言っていたから、それのおかげだろう。
では、タレントとは何か?
日本語に直訳してしまうと、才能という言葉になる。
金策や母性という内容からすると、才能であっているのだろう。
つまり、借金塗れだった私には金策という才能があったのだ。
そして、ギフト。
クリード・アイーダ・エルサレムが言っていた愛し子というのはこのことだろう。
これについても、機械質の声が付与をしたと言っていたし、可笑しなところは無い。
「正直、驚きました。ここまで、平和的なステータスだとは思いませんでした。もう少し、HPは高いと踏んでいたのですが…このままだと簡単に死んでしまいますね。これは、早めに街に着き次第に奴隷を買う必要があります。それも、かなり上等なものを」
「平和的なステータスと言ったけど、どのくらいならば生きていけるの?」
「そうですね…私のものをお見せしましょうか。参考までに言っておきますが、私のステータスはBランク冒険者と同等というところですので、平均よりは少し強めというところでしょうか。実際のところ、私は神官なのであまり戦闘のスキルは持っていないので、Bランク冒険者には勝てないでしょうが…」
【クリード・エルサレム】23歳 Lv55
HP800/MP1200
[スキル]神託(9)・白魔法(7)・青魔法(5)・剣術(8)・薬草栽培(6)・調合(6)
[タレント]禊
[ギフト](愛し子の守護者)
浮かんでいる文字にはファンタジー要素たっぷりの単語が並んでいる。
これで平均よりは上ならば、私はただのクズではないだろうか。
HPが800で平均なのであれば、私の100は何だというのだ。
ふと、男に目を向けると苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
キラキラとしたイケメンがそのような顔をするととても絵になる。
そして、この男はゲームでいうところの生産系統なのだろう。
もしくは魔法使い系統か。
そして、明らかにおかしな点が一か所だけ存在する。
名前が抜けている。
私に紹介した名前はクリード・アイーダ・エルサレム。
しかし、魂の記憶たるステータスにはクリード・エルサレムと書いてある。
アイーダという名は何なのか。
私にもアイーダという名前には心当たりがある。
アイーダ・ウルティア・神獣の森。
私が今、存在している座標だ。
神獣の森というのがこの森だろう。
ウルティアというのは大陸か、国の名前ではないだろうか。
そして、アイーダが世界の名前。
つまり、地球と同じ意味なのではないだろうか。
近い例だと、地球・日本・東京。
こんな感じではないだろうか。
「アイーダというのはこの世界の名前でしょう?あなたは私にクリード・アイーダ・エルサレムと名乗ったけれど、ステータスにはアイーダが無い。どういうこと?」
「よく、この世界の名がアイーダだとわかりましたね。さすが愛し子というだけあります。私のアイーダというのは只の称号です。この世界に存在する人族の中で、最もスキル・信託のレベルが高い者に与えられるのです」
「だから、守護者になれたの?」
「そうですよ。愛し子は別の世界から来るのが常ですから、守護するためには信託は必須なのですよ。但し、誰にもその役目は言ってはいけませんし、愛し子の存在も言ってはいけません」
男、いやクリードは苦笑を浮かべながら手を組み、空を仰ぐ。
それは、きっと神へ祈っているのだろう。
小説のように、どこかに保護されて、そこで生活をするというわけでは無そうで、少し安心した。
私には堅苦しい生活は似合わないし、望みもしない。
せっかく、好きに生きればいいと言われたのだから、地球ではできなかったことをしたい。
幸い、私はサバイバルは好きだし、そこそこの知識もあるので冒険者とやらをしてみたい。
奴隷というのは気が引けるが、雇用と考えればそこまでの嫌悪感は無い。
クリードは家を買うと言っていたが、家よりも現金が欲しい。
冒険をするとなればきっと、家に帰ることは少なくなるだろうから。
当分の宿代や生活費をくれた方が助かる。
「そろそろ、グーエンの街に行きましょうか。近くまで転移しますので、私に触れてください」
「わかった」
『白の契約により、遥かなる旅を一時の旅へと変換せよ』
呪文なのだろうか。
クリードが唱えると、私とクリードは白の光に包まれた。
視界がゆがみ、浮遊感が私を襲う。
地に足がついた感覚がした。
クリードが大きく動いた。
「到着しました。少し先に見える壁がレフォンス辺境伯領ゴーエンです」
ここに来て、私の本能が告げている。
ここが新しい故郷になるのだと。
ここにはきっと、一生の出会いがあるのだと。




