7章 観測される側
7章 観測される側
くるみの部屋。
視線のやり場に困り、スマホの画面に逃げる。
それでも、どこか覚えのある香りが、鼻に残る。
画面の中では、あいつを叩く言葉が途切れない。
正しさばかりが並んでいた。
ひとつも、庇う声はない。
行方不明の女性の写真。
特徴のない顔。
印象に残らないのに、何度も目に入る。
——髪型が、くるみに送られてきたウィッグと似てる。
それ以外に、繋がりは見えなかった。
電気ケトルの電子音が響いた。
紅茶の匂いが部屋の香りを上書きした。
「ねえ、これ」
顔を上げると、くるみが向かいに座っていた。
スマホの画面を差し出してくる。
「……この事件」
数年前の、地方ニュースの記事。
見覚えはある。
「この犯人の苗字、同じなんだよね」
『梯』という一文字の姓。
行方不明の女性と、同じだった。
年齢。
地域。
かすかに重なる。
「……偶然じゃないか?」
「珍しい苗字だったから、覚えていてさ」
記事を読むが、小崎との接点は見つけられなかった。
その珍しい姓を持つのは、事件の加害者だった男だ。
「関係ないのかな……?」
「この事件とか?」
「ううん、あの歩くだけのやつ」
ベッドの横の紙袋を見る。
「わたしね、やってみようと思う」
くるみは何かを決意したように言った。
「やったら報酬を渡すってことは、きっと見てるよ」
少し間を置いて。
「誰かが」
「……じゃなきゃ、成立しないでしょ」
俺は紙袋を見る。
「……小崎が、か?」
「わかんない。でも」
くるみは顔を上げる。
「会えるかもしれないじゃん……その人に」
「そしたら、返せるでしょ」
確証はなかった。
それでも、何かの接触を期待していた。
「じゃあ、8時半」
そう言って玄関に向かう。
ドアノブに手をかけた。
背後から腕が回り、背中に体温を感じた。
「……守ってね」
小さな声が聞こえた。
「……守る」
届いたかどうかは、わからなかった。
ドアが閉まる。
約束の時間。
駅前から少し離れた路地。
くるみを待った。
通りを覗く。
人の流れ、足音、笑い声。
——いるはずだ。
背後から聞き慣れた声がした。
「お待たせ」
振り返る。
そこにいたのは、見慣れているはずの顔だった。
なのに、少しだけ違う。
肩までの黒髪、紺色のワンピース。
「似合ってる?」
緊張を隠すような声。
「……いつもの方がいいよ」
視線を外す。
メイクも髪形も写真の女性に寄せている。
でも、どこか違う。
「離れないでね」
「後ろから見てるよ」
くるみの声は、いつもより少しだけ高い。
「ねえ、預かってくれない?」
そう言ってスマホを差し出す。
「連絡がきたらどうする」
「後ろから教えて」
「……わかった」
視線が、落ち着かない。
通りの向こう。
自販機の影。
立ち止まっている男。
全部が、目につく。
——どこにいる。
——どこから見てる。
9時までの数分が、長い。
誰もが怪しく見えた。




