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怪物の定義  作者: 空白朔名


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6章 辻褄の合わない依頼たち

 6章 辻褄の合わない依頼たち

 


 静まった事務所。


 ——どう説明する。


 考えるが、最後に残るのは、逃げるための言葉ばかりだった。

 『誰かの悪戯』や『知らない』は、どれも違う気がした。

 何より、くるみにだけは、誤魔化したくなかった。


「……前にもメールが来ていたよね」


 頷いた。


「……ああ、これは……あの小崎だ」


「どうして幸助に」


「わからない」


 嘘ではなかった。

 それでも、全部ではなかった。


「悪戯じゃないの?」


 くるみにカバンの中を見せる。

 袋の口から、帯のちぎれた札束が覗く。

 目を丸くして、手で口を押さえる。


「知り合いだったんだ。……思い出したんだ」


 経緯を話した。

 事務所に誰か来ないか、それだけが心配だった。

 今までの話を無言で聞いていたくるみが口を開く。


「……どうするの?」


「警察に見つけられないものを、俺が見つけられるわけないだろ。……金を返したい。あいつは俺を勘違いしてる」


「警察に持って行けば?」


「ああ……できれば、直接返したい」


 連絡先もどこにいるかもわからないあいつに、金を返す方法はあるのか。

 考えたが、何も出てこなかった。


「ねえ……私のあの依頼、この話と関係あるのかな」


 言葉が、少しだけ重くなる。


「もしかしたら、俺のせいでくるみを巻き込んでるのかもしれない」


 それは、ずっと心の奥で燻っていた。

 くるみが、少しだけ考えてから、言う。


「でも、おかしくない?」


「関係があるとしたら、あの依頼って、『死んでないように見せる』ってことだよね」


 くるみが首を傾げ、視線を上げる。


「自首してるのに、遺体の場所は言わないんでしょ」


「……ああ」


「それなのに幸助に探せだなんて、手がかりもないのに」


 少し間を置いて、続ける。


「それ、幸助に何かさせたいだけじゃない?」


 その時、店内から足音が近づいてきた。


「ここじゃ、話せないな」


 そう言って、俺は先に事務所を出た。


 くるみが出てきた。

 世の中は、今から動く時間。

 寝ていない彼女を長い時間連れ回すことはしたくない。


「どこで話そう」


 近くの公園かファミレスが浮かんだ。


「うち来る? 近いし、昼までならいいよ」


 俺の戸惑いをよそに、くるみは返事を待たずに歩き出した。


「期待しないでね」


 振り向かないまま、そう言った。


「……今は、それどころじゃない」


「『今は』……なんだね」


 声のトーンは、いつものように俺をからかう調子だった。

 しかし、歩く背中からは、精一杯の『強がり』が感じ取れた。


「どうぞ」


「おじゃまします」


 リクルートスーツが吊るされた部屋には、学生時代の名残がまだ残っていた。

 ベッドの横に、あの服が入った紙袋があった。


「何か飲む?」


「いらないよ」


 それでも彼女はキッチンに立ち、何かを用意していた。


 何を切り出せばいいのか、わからなかった。

 狭いキッチンから、お湯を沸かす音だけが響く。

 スマホに視線を落として待つ彼女を、窓から差す白い光が照らす。

 その姿だけが、今を現実につなぎ止めていた。

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