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怪物の定義  作者: 空白朔名


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5章 背後にいた視線

 5章 背後にいた視線

 


 知り合いのいない中学だった。

 三年間、名前を呼ばれることも、ほとんどなかった。

 高校に入っても、似たようなものだと思っていた。


 昼休み、購買に向かう途中の廊下の端で、誰かが笑われていた。

 特別なことではない。

 どこのクラスでもひとりぐらいはいる。

 人だかりの横を、そのまま通りすぎる。

 足を止める理由はなかった。


「幸助か?」


 名前を呼ばれて振り返った。


「タケか?」


 一瞬、周りの空気が止まった。


「タケ? 田中の知り合いか」


「なんでタケなんだ?」


 視線がこちらに集まる。


「隣町だっけ? 久しぶりだな」


 声がでかい。

 近い。

 昔と変わっていない。


「おう、タナカケンジでタケだ、小学校の時のあだ名だ」


 笑いが起きる。

 さっきまでの笑いとは、少しだけ種類が違っていた。

 みんな、笑っていた相手のことなど、もうどうでもよくなっているようだった。

 円の中心にいたやつと、一瞬目が合った。

 顔は下を向いたままだったが、まとわりつくような視線だけが合った。


 それ以来、やつは俺たちの後をついて歩いた。

 距離を空け、話題に入るわけでもなく、視線はいつも下を向いていた。

 気にならないと言えば嘘になるが、追い払うほどでもなかった。

 そのまま、放っておいた。


 ある日、帰り道。

 誰かが後ろにいた。

 振り返らなかった。

 確認するほどのことでもなかった。

 何かを言われた。

 そのまま階段を上がって、気づいたら、どこかの屋上の扉の前に立っていた。

 鍵は開いていた。

 誰が開けたのかは、覚えていない。

 開けた気もするし、最初から開いていた気もする。

 そのまま、外に出た。

 強い日差し。

 逃げ場みたいに、小さな影。


 そして……。

 あいつがいた。


 

 小崎の名前と一緒に、頭をよぎったものがあった。

 俺は、ロッカーに入れた鞄、その中のレターパックを思い出す。

 嫌な予感がした。

 通販も資料請求もした心当たりがない。

 あの不気味な重さが、手の中によみがえってきた。


 バイトの時間が終わり、事務所に急いだ。

 人の姿はない。

 ロッカーを開けて、鞄からレターパックを出す。

 開封口の矢印が、戻れない一方通行のように見えた。

 俺はためらいながら、開封した。


 袋の一番上にあった一枚のメモを引き出す。


 『彼女の死体を探してくれ』


 ——何なんだよ。


 俺はそのメモを指に挟み、袋の中身を覗いた。

 紙の束が見えた。

 震える手で、袋から引き出す。


 帯のついた札束だった。

 それもひとつではなく、袋の中にはまだ残っていた。


 手の力が抜け、指に挟んでいたメモが床に滑り落ちた。

 慌てて、手にした札束を袋に戻そうとした。

 強引に押し込むと、帯がちぎれ、札が袋の中で無造作に重なり合った。

 そのまま袋を鞄に戻す。


 床に落ちたメモに、視線を這わせる。

 手を伸ばした。

 しかし、その前に、鮮やかなネイルの指が紙を拾い上げてしまった。

 背後に人が立っていたことにも、ドアが開く音にすら気づかなかった。


 視線を上げると、くるみがその紙に目を通していた。

 無言で、眉をひそめる。


「『彼女の死体を探してくれ』……」


 くるみが紙に書かれた文字を呟き、すぐに俺の顔を見た。

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