4章 名前のない同級生
4章 名前のない同級生
翌日。
目が覚めても、昨日の文字が頭に残っていた。
——ヤマニコ。
アルバイトの時間まで、落ち着かなかった。
中学は転校で隣町に越した。
あの『あだ名』を知っているやつは少なく、連絡先を知るやつはもっと少なかった。
たまたま同じ高校になった『タケ』の連絡先は知っていた。
電話をかける。
「幸助、久しぶり、今度飲みに行くぞ」
相変わらず圧が強いやつだった。
メールの内容をかいつまんで話すと、タケは鼻で笑った。
「俺まだ地元だけど、そんなことしてるやついねーよ」
「悪い冗談だな、見つけたらぶん殴ってやるよ」
そう言って笑っていた。
「タケ、また連絡するよ」
電話を切る。
タケに教えてもらった、小学生の頃の仲間たちにも順番に電話をかけた。
懐かしい昔話、仕事の愚痴、あるいは呑気な再会の約束で終わった。
共通していたのは、誰も、その名前に反応しなかったことだ。
笑って流すやつと、『何それ』と聞き返すやつ。
どちらにしても、同じだった。
——誰なんだ。
焦りだけが募る。
手に触れるのは埃を被った記憶ばかりで、あのメールの主へ繋がる糸口は見つからなかった。
時間になり部屋を出る。
一度バイクに跨ったあと、ふと、アパートの入り口にあるポストを見る。
俺の部屋番号の投入口に、レターパックが差し込まれている。
無造作に押し込まれているだけなのに、なぜか目に留まった。
そのままにできず、バイクを降りて回収し、カバンに押し込む。
触れた瞬間、軽いはずのそれが妙に重く感じた。
そして、バイトに向かった。
くるみは事務所でスマホをいじっていた。
「やあ、早いな」
視線を上げ、こちらを見る。
「明日、指定の日なんだ」
「あの、『歩くだけ』のやつか?」
「うん、夜9時に駅の東口だって」
数軒の店はあるが、あまり栄えていない場所だった。
「どうするんだ?」
「やらないよ、……だから」
「わかってる、バイトが終わったら警察に行こう」
「ありがとう」
何か割り切れたように、立ち上がった。
「お礼するね」
くるみは少しだけ声を弾ませ、エプロンの紐をきつく締め直して店内へ戻った。
深夜2時。
品出しも清掃も終わり、一番睡魔が襲う時間。
立ったまま、意識が途切れていた。
スマホの振動が俺の目を覚ました。
タケからだった。
「起きてたか?」
「今、目が覚めたよ」
「そうか、起こして悪かったな」
タケはきっと、あのメールの重さまでは理解していない。
「どうした?」
「……さっきさ」
「アルバム見てて、変な感じになってさ」
「誰か分かったのか」
「いや、そうじゃないんだけど」
昼間と違い、歯切れが悪い。
「あのニュースの容疑者……あれ、『デンチ』だよ」
「デンチ?」
「そう、ニュースでやってる『小崎』ってあいつだよ」
その名前で、何かが引っかかった。
高校生のとき。いつも、俺たちの後をついてまわるあいつ。
中退したのか、卒業の時にはいなかった。
たぶん、いても忘れていただろう。
タケの声が少し固い。
「小学校のアルバムにいたんだ」
「あいつも同じ小学校だったのか」
思い出せないのに、いなかったとは言い切れない。
「俺も驚いたよ」
タケの記憶も俺と変わらなかった。
ひとつ違っていたのは、高校で小崎と出会った時のことを覚えていたことだ。
「お前が助けたんだろ」
その一言で、止まっていたものが、少しだけ動いた。
屋上。
日差し。
半分だけ影に入った顔。
笑っていた。
理由もなく。
——ああ……あいつだ。




