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怪物の定義  作者: 空白朔名


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3章 名前のない既視感《きしかん》

 3章 名前のない既視感《きしかん》

 


 深夜のレジ。

 若者たちの話し声が無遠慮に響く。


「これさあ、絶対やってるよな、自分で言ってんじゃん」


「てか遺体ないって何。消したってことだろ普通」


 バーコードを通す。

 ピッ、という音が、やけに大きく感じた。


「警察もさ、証拠ないから無理でーすって。楽な仕事だよな」


 指先に力が入り、商品が少しだけ手から滑った。

 今の俺にとって、ああいう正しさは、耳障りだった。


 客が去り、店内は再び静まり返る。


「幸助、今、話題になってるやつ、知らないの?」


 くるみが、自慢のネイルでスマホの画面をタップしながら近づいてくる。


「……ニュースくらいは見てるよ」


「じゃあ、この顔も見たことある?」


 差し出された画面。

 そこに映るのは、釈放された男の、感情の欠落した顔。


 ——どこかで、見た気がする。


 街ですれ違った誰かのような、曖昧な記憶。

 けれど、それは具体的な名前や場所とは結びつかない。

 画面には、被害者とされる女性の顔も並んでいる。

 特徴らしい特徴はないはずなのに、なぜか記憶に引っかかる顔だった。


「好みのタイプ?」


 くるみがひょいとスマホを引いた。


「ち、……違うよ」


 焦る俺をからかうように笑う。


「明日は大学のキャリアセンター寄ってから来るね」


「……就活か」


 未来が何も見えていない俺は、自然と視線が落ちた。


「うん。この前、大学の前で合同セミナーの案内配っててさ」


「インターン情報を、送ってくれるって言うんだ」


 くるみが、伸びをしながら言う。

 エプロンとTシャツの隙間から白い肌が覗く。


「感じのいい人でさ、幸助みたいに『チラ見』しないから、とりあえず登録しちゃった」


 くるみは、得をしたとばかりにスマホを振ってみせた。

 ……バレてる。


「……してないよ」


 視線を逸らすと、くるみは俺の顔を覗き込んで、悪戯っぽく笑った。



 翌日。

 コンビニの事務所で準備をしている時だった。

 遅れて入ってきたくるみの顔から、色が抜けていた。


「どうした、手ごたえなかったのか」


「……今日荷物が送られてきたんだ」


 持っていた紙袋の口を広げる。

 紺色の服と黒髪のウィッグが見えた。


「通販で買って、サイズでも合わなかったのか?」


「違うよ、これも……」


 くるみが封筒を差し出した。

 中には数万円の現金が入っている。


「メールで指示がきて、これを着て指定された場所を歩くだけでいいって」


「……誰からだよ」


「わからない」


 少し間を置いて。


「終わったら、また報酬を送るんだって……」


「……これ、普通じゃないよね」


「怪しいな」


 即答する。


「警察に行くなら、ついていくぞ」


「……ありがとう」


 少しだけ、表情が戻る。

 その笑顔を見て、なぜか安心した。


 その直後、ポケットのスマホが震えた。

 画面を見る。


 『ヤマニコ、久しぶり』


 差出人欄は空白。

 ……『ヤマニコ』

 喉の奥が、少しだけ詰まる。

 それは俺も忘れかけていた小学校の時のあだ名。

 そう呼ぶやつは少なかった。

 続きを見る。


 『……彼女の死体を探してくれ』


 指が止まる。

 意味が、遅れて入ってくる。


 ——死体。


 青ざめる俺を心配して、くるみが画面を覗き込む。


「……なにそれ」


 彼女も『死体』の文字に驚く。


「……俺も、わからない」


 嘘じゃなかった。

 ただ、どこかで繋がっている気がした。

 昨夜の話。


 画面を閉じる。

 消そうとして、躊躇《ちゅうちょ》する。

 ……残しておいた方がいい。

 理由は、わからない。

 ただ、消してしまったら、もう二度と辿り着けない気がした。

 その感覚だけは、はっきりしていた。

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