2章 期限切れの日常
2章 期限切れの日常
深夜。
コンビニの自動ドアが開くたび、熱気を孕んだ空気が流れ込む。
バックヤードで期限切れの弁当を突っつく時間。
俺にとって唯一、社会との細い繋がりを確認する儀式のようなものだった。
「ねえ、またそれ? 商社時代はもっといいもん食べてたんじゃないの、先輩?」
品出しで店内を往復するくるみが、俺の脇腹を小突く。
大学を卒業して数ヶ月。
スーツを着る同級生たちを尻目に、彼女は「自分探し」という名の中休みの真っ最中だ。
少し派手なネイルを光らせ、俺の冴えない生活に、頼んでもいない彩りを添えてくる。
「諦めた人間のことは放っておいてくれ。今の俺は、賞味期限の管理に命を懸けてるんだ」
「ふーん。まあ、そういう死んだ魚の目をした先輩も、悪くないけどさ」
そう言いながら、くるみは期限切れのポテトサラダを追加してくれた。
二人で、人気のない店内に戻る。
暇そうなくるみが話しかけてきた。
「なんで、辞めちゃったの? あそこ、私も狙ってたとこだったのに」
「行かなくて正解だったな」
「……あれ、過労で自殺した人が出たって話?」
「……まあ、そういうことだ」
「……幸助も、それで辞めたの?」
「ポテトサラダで呼び捨てに昇格か」
「いいじゃん、幸助」
軽いやり取りで話を逸らしたつもりだった。
けれど、記憶の底からあの感覚がせり上がってくる。
エレベーターの中。
背後に、誰かがいた。
気づいた時には、俺の脇に封筒が挟まれていた。
「……やあ」
声は小さかった。
それでも、不自然なほど近かった。
振り返ろうとした瞬間、ドアが開き、人に押されて外に出た。
ただ一つだけ、引っかかっている。
距離の詰め方を、どこかで知っている気がした。
顔は見ていない。
それなのに、妙に納得していた。
——ああ、こいつは俺に渡すつもりだったんだ、と。
封筒の中身は、会社の事情がやけに正確に書かれていて、やけに都合が良かった。
俺の正義感を試すには、出来過ぎなくらいに。
あの時も、思った。
——これなら、やれるかもしれない。
一瞬でもそう思った。けど、違った。
やれるかどうかじゃない。
最後までやるか、やらないかだった。
そして俺は、やらなかった。
諦めた。
そうだ、俺は逃げたんだ。
見ないふりをして、誰かがやるだろうと思って、自分だけ外に出た。




