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ある転生王の一代記  作者: アレグリア
第4章 二つの継承

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第58話

会戦3日後、ハーゲンフェルトへ進む軍の列はなかなか動かなかった。


敵は中央街道の陣地を捨てて南へ退いている。斥候も道を塞ぐほどの敵兵はいないと報告してきた。それでも高地の北には、負傷者を運ぶ車と、砲弾や飼料を積んだ車が長い列を作っていた。


「負傷者の移送が済んでいない隊は、どこですか」


俺が尋ねると、輸送担当の将校は机に広げた一覧の端を押さえた。


「右翼に残っていた重傷者の移送を続けております。今朝、空の荷車を追加で回しました。ただ、砲弾と飼料を前へ出す車も同じ道を使いますので、分けて通しております」


「捕虜は?」


「歩ける者を別隊にまとめ、護送を始めました。負傷者は治療を受けさせています。後方への移送順は、我が軍の負傷者と合わせて医官が判断しております」


うなずいてから、戦場から回収した砲の欄を見た。修理の要る砲をすぐ次の戦闘で使うわけにはいかない。何より、持ち帰るにも馬と車輪が要る。


「回収した砲を運ぶために、負傷者の荷車から馬を回さないでください。動かせない砲は警備を付け、後から運びます」


「承知しました。ただ、前衛の飼料が薄くなっております。現地で購入できる分を集めておりますが、まだ必要量には足りません」


「ハーゲンフェルトまでに運べる量を、今日のうちにもう一度見積もってください。前衛だけ先へ行かせても、明後日には止まります」


将校は紙を持って出ていった。


地図の上では、高地からハーゲンフェルトへ一本の線が伸びている。あの線に沿って兵を進ませれば、市へ着けるはずだった。実際には荷車をどこで止め、どこで折り返し、負傷者を乗せた車をどちら側へ通すかまで決めなければならない。


幕舎の外では、引き馬に水を飲ませる兵の声がしていた。桶を空にしても馬はまだ鼻を押しつけ、兵士は苦笑しながらもう一度井戸へ向かった。


幕舎に戻る前に、前衛の指揮官が近づいてきた。


「陛下。ハーゲンフェルトの守備側から、交渉の申し入れがございました」


「条件は分かっていますか」


「負傷者と市民の保護、それから市の倉庫と門の引渡しについて、こちらの保証を求めています。守備兵の処遇は、まだ一致しておりません」


やっとか。


いや、向こうにしてみれば、昨日まで守っていた市を渡す話だ。返事が遅いなどと言える立場ではない。


「現地の指揮官に、交渉を進めさせてください。降伏する兵には武器を置かせますが、治療は続ける。略奪は認めない。こちらから出す条件はレーデンブリュックのときと同じ基本線で構いません。市の役人とは、門と倉庫を実際に引き継ぐ順序も決めてください」


「承知しました。陛下は引渡しに立ち会われますか」


「合意してからです。先に姿を見せれば、話を急がせることになるかもしれません」


将校は礼を取り、足早に立ち去った。




市の門をくぐったとき、最初に見えたのは兵士ではなく、荷車を引いて道端へ寄る男だった。


荷台には麻袋が積まれ、上には子どもが二人座っていた。王国軍の歩兵が道を空けるよう手で示すと、男は何度も頭を下げながら馬を進めた。子どもたちはこちらを見ていたが、片方が何か言うと、もう片方が急いで袖を引いた。


ハーゲンフェルトの主要な門と倉庫は、守備隊と市当局の交渉により引き渡された。市外ではまだ警戒が続いているものの、市街を一軒ずつ奪い合う戦闘にはなっていない。


それでも、静かな町ではなかった。


門のすぐ内側には、武器を置いた守備兵がまとまって座っている。近くで軍医が腕を吊った兵を診ていた。市の役人らしい男が帳面を抱え、歩兵の士官と倉庫の鍵の数を照らし合わせている。


「倉庫は全部でここにある分ですか」


「主な公用倉庫については、これでございます。民間の保管場所は、まだ調査中です」


「民間の倉庫まで勝手に開けることはありません。軍に必要な品を購入する場合は、担当を通して記録してください」


そう答えると、市の役人は帳面を抱え直した。


「陛下。市内で不足している食料の扱いは、どのようになさいますか。守備隊の分として確保されていたものも、今後は王国軍のものになるのでしょうか」


「まず中身を確認します。残っている住民と負傷者に必要な分を、勝手に持ち出させません。軍の糧食と分けて数えます」


「確認の間、市場へ出す品は止める必要がございますか」


「危険のない範囲で、通常の売買は続けてください。必要な警備は付けます。ただし、まだ市内を安全だとは言い切れません。兵にも余計な混乱を起こさせないよう命じます」


男はようやく顔を上げた。まだ納得したというより、次に何をすべきか分かった顔だった。


倉庫の前では、別の問題が起きていた。


「陛下、こちらの穀物は昨夜、市内の病院へ回す予定だったと申しております」


補給担当の将校が、小さな倉庫の扉を示した。中には袋が積まれている。市の担当者は、守備隊の食料として集められた分だが、昨夜から負傷者の施設へ送ることになっていた、と説明した。


「帳面はありますか」


「ございます。ただ、引渡しのときに封をしたため、確認には少し時間をいただきます」


「それなら、担当者を付けて開けてください。病院に必要なものは送る。残りの数量は、そのあとで報告を」


王国軍の将校が何か言いかけた。こちらの前衛も飼料と食料が不足していることは、俺も知っている。


「軍へ回せる量も確認してください。病院分を除けば全部自由に使えるという意味ではありません。市内の配給が止まっていないかも調べます」


将校は口を閉じ、倉庫の担当者を呼んだ。


俺は通りの向こうを見る。建物の間を武装した兵士が歩き、その横を住民が避けていく。盾を携え、剣を帯びた兵の前で、平気な顔をしていられる者ばかりではない。


市の引継ぎを任せた将校が、近くまで来て報告を始めた。武装解除の対象、門の警備、倉庫の引継ぎ。退いた兵の行方はまだ確定しない。南方へ離れた部隊があることも分かっているが、何人がどこまで移動したのかは追えていなかった。


「分からないものは分からないままで報告してください。人数が増えたように見えるからといって、同じ隊を別の場所で数えないように」


「はっ」




ハーゲンフェルトの市内で机を借り、次の作戦のための軍議を開いた。


西のエルツハイムへ続く主要街道は約120km。鉱山と製錬所が集まる西部の中心地で、最初に割譲を求めた地域の中でも特に欲しい場所だ。


「西へ進む部隊は、約1万1000人を基準に組みます。砲兵と輸送の護衛も含めてです。途中の街道を守りながら進んでください」


俺が言うと、作戦担当の将校が地図へ手を置いた。


「中央に残す兵を3500人、ケーニヒ峠方面の前進警戒へ2000人といたしますと、手元の予備は2500人ほどになります。南からの敵軍がまとまって押し上げてきた場合、両方を同時には厚くできません」


「分かっています。だから南は、敵の集中を確認したら後退できる位置を先に決めてください。南へ進み続ける命令ではありません」


「警戒地点の物資も、撤収可能な量へ限るべきでしょう。前進した部隊に必要なものはございますが、大きな集積を置けば守備兵が増えます」


「そうしてください」


北部から届いていたゲオルクの報告も、机に出した。


レーデンブリュックの橋では、大型の荷車を通す順序を調整していた。周辺の守備隊を動かせる人数には限りがあり、警備を減らすと渡河施設と輸送車列を同時に守ることが難しくなる。補給と警備の担当を分けた報告には、問題が出ている場所と必要な兵数が記されていた。


「北部から増援を引き抜く余地はございますか」


将校の一人が尋ねた。


「ゲオルクの報告では、現在の守備配置から大きく減らすことは勧められません。北部要衝と後方街道の警備は、今回の西進では維持します」


「陛下がそのようにお決めになるのであれば、西部の歩兵に代わる予備を後方から送り込むまで、中央の配置はこれ以上変えられません」


「それで進めます」


先生は今も、地図の上で俺に無理をさせない。


軍議が終わる前に、コンラートが西方の斥候報告を持ってきた。


「先へ出た隊は、敵の騎兵に何度か追い払われています。こちらの先遣が進むと下がるんですが、荷車が見えるとまた寄ってくる。西は楽に通してくれそうにありません」


「追いかけすぎるなよ。お前の馬も会戦で傷んだだろう」


「分かっています。走らせられる馬と、まだ休ませる馬を分けています。今度は馬の方が先に参りそうですから」


「お前が先に参ったという報告も聞いてみたいけどな」


「残念ながら、それはまだお届けできません」


コンラートはそう言いながらも、手にした紙の角を指で押さえ直した。会戦で戻らなかった兵の確認も続いているはずだ。


「西へは私も同行します。途中まで前進の状況を確認したら、中央へ戻ります。コンラート、お前は先遣の仕事を続けてくれ」


「承知しました。陛下が着かれる頃には、もう少し詳しくしておきます」


「急いで無理をして詳しくする必要はないぞ」


「そこまで信用がありませんか」


「信用しているから言うんだよ。無理したら出来てしまうだろ」


コンラートは何か返そうとしたが、伝令が部屋へ入り、西へ出る部隊の出発時刻を伝えた。俺たちはそれぞれの仕事へ戻った。




西へ進むにつれて、道の両側の景色が少しずつ変わった。


広い畑が続く場所では軍の列を分けて歩けたが、低い丘を回り込むところでは砲と荷車が一列になった。先頭の歩兵は前へ進めても、砲兵が曲がり角を抜けるまで後続は動けない。


予定より長く止まった日には、道の脇で馬に飼料を与え、歩兵を休ませることになった。待つのは構わない。困るのは、敵がその間も待ってくれるわけではないことだった。


前方から射撃の響きが届いたのは、主力の先頭が小さな斜面を越えようとしていたときだ。


馬を止めさせると、近くの士官が先遣の状況を説明した。先へ出た歩兵が街道脇の低い高まりへ進んだところ、そこを守っていた敵の射撃を受けたという。


「前衛はどうしていますか」


「いったん道の曲がり角まで下がりました。敵は追ってきておりません。後続の砲が到着するまでは、正面へ出ないよう指示しております」


「そのまま待たせてください。射撃を受けたからといって、慌てて押し返さなくていい」


少し離れた場所では、担架がこちらへ運ばれてきた。担いでいた兵の肩が上下し、担架に乗った男の靴が揺れている。


俺は馬から下り、道端へ寄った。斜面の向こうでは、ときおり魔法射撃が遮蔽物に当たる音がした。前衛の兵が斜面の陰から撃ち返し、敵の位置を確かめている。高まりの上で光が走っても、ここからでは敵味方のどちらが放ったものか分からなかった。


「敵の主力がここにいると思いますか」


前衛の指揮官は、首を横に振った。


「まだ分かりません。こちらを長く止めるだけなら、少人数でもできます。砲を前へ持ってきたところへ別の部隊を寄せられると厄介ですので、周囲を調べております」


「兵を増やして無理に押すつもりはありません。砲が揃ってから、ほかの接近位置も含めて判断してください」


しばらくして、南寄りを調べていた斥候が戻った。敵兵の姿は確認しているが、大軍が伏せている証拠はないという。砲兵が射撃位置に入り、攻撃を始めた。前衛も再び前へ出る。


敵は守っていた高まりから下がった。ただ、斜面を越えた先にも、別の防御位置があった。そこまで追えば、同じことが繰り返される。


結局、その日のうちに進めた距離は短かった。


夕方、負傷者を運ぶ車とすれ違った。朝に見た担架の男が乗っているかどうかは分からなかった。荷台には包帯を巻いた兵が数人座り、別の兵が水筒を順に渡していた。


コンラートが戻ってきたのは、その後だった。


「前に出ている敵は、こちらが兵を揃えると下がります。ですが、北側の道端でも馬の足跡が見つかりました。主力の数はまだ読めません」


「それなら、追撃は見送ろう。西へ着くのが少し遅くなっても、荷車を置き去りにはできない」


「ええ。先に着いても、補給が来なければ結局戻るだけです」


コンラートが馬を降りようとして、片足を地面についたところで顔をしかめた。


「怪我したのか」


「鞍ずれです。昨日から長く乗りすぎました」


思わずそちらを見ると、あいつは不満そうな顔をした。


「笑うところではありませんよ」


「まだ笑ってない」


「今から笑いそうでした」


「とりあえず、医官に見せろ。馬だけじゃなく乗り手まで使えなくなったら困る」


「……はい」


コンラートは部下へ指示を出し、馬を引いていった。隣で待っていた兵も、長く休んでいられるわけではなかった。


俺は西部の指揮官と、翌朝までに砲と荷車をどこまで進められるか確かめた。先の防御位置を越えて追撃するかどうかは、斥候の報告を待つことにした。


数日後、俺は西部攻略の現地指揮を任せた将校に以後の作戦を確認し、ハーゲンフェルトへ戻った。


途中で振り返ったとき、西へ向かう荷車の列はまだ続いていた。




ハーゲンフェルトへ戻ってから、エルツハイム周辺の戦況は文書で追うことになった。


先遣が市の近くへ達したという報告が届いた翌日には、別の場所で守備兵に押し戻されたという報告が来た。歩兵を集め直し、砲を前へ運ぶ。守備側は外側の陣地を捨てるが、その分、市へ近づく場所では抵抗が強くなる。


西部の指揮官は、敵の市外部隊がまだ活動していることも報告してきた。斥候を追い払い、荷車の進行を遅らせている。都市の守備兵と同じ隊ではないらしい。


一方で、ハーゲンフェルトへ入ってきた市の役人たちは、軍の到着以来ずっと抱えていた仕事を持ち込んだ。


以前の領主の命令で倉庫へ預けた品を、持ち主へ返してよいか。負傷した守備兵を預かっている施設へ支払う費用は、誰が負担するのか。市の外へ避難した家族が戻るとき、門を通す証明はどう扱うのか。


「これまでの契約と記録を、残っている範囲で見せてください」


そう答えながら、手元の文書を分けた。


担当者に帳面の残っている契約から確認させ、今すぐ判断できないものは別にした。持ち主を確かめられない品まで、その場で引き渡すわけにはいかない。


南方からは、敵軍の再編を示す報告が増えていた。


中央会戦で退いた軍の一部がまとまり直し、新しく南部から来た隊と行動しているらしい。こちらの前進警戒地点へ近づいては離れ、斥候同士の小競り合いが続いている。


南の指揮官からは、現在の位置を守ることよりも、敵が本格的に集まったときの後退を準備したいと報告があった。


「賛成です。街道沿いの補給地点には、長く置かなければならない物を増やさないでください。集中して攻められた場合、後ろの位置へ兵を引けるように」


伝令を送り出したところへ、西部でまた一つ市外の防御位置を確保したとの報告が届いた。南方からは警戒隊の配置を変えたという続報が来たので、机の上へ並べて置いた。




エルツハイムの守備側から引渡しの条件を確かめたいという申し入れがあったのは、西部への進軍を始めてからかなりの日数が過ぎた頃だった。


その前に届いていた報告では、市の外で何度も交戦があり、守備側は防御位置を市の近くへ下げていた。都市へ入る主要街道では、荷車を安全に通せる見込みが減っているという。


しかし、守備隊が武器を置くと決まったわけではなかった。


「市内には、まだ相応の兵が残っております」


西部の指揮官から来た封書を、担当将校が読み上げた。


「守備側は負傷者の扱いと市内の施設の保護を求めています。市当局も、製錬所と工房への損害を避けたい意向を示しております。ただ、守備指揮官は援軍の見込みをなお確認しております」


「西部の指揮官には、交渉を進めていいと伝えてください。攻撃を止める範囲と時間は現地で判断させます。ただし、こちらの軍が不用意に市内へ入って混乱を起こさないように」


「陛下。守備側が最後まで降伏を拒否した場合は、砲撃を強めますか」


「軍の陣地と、市の中の工房や住居は分けて考えてください。撃てばよいというものではありません。どこを攻めれば守備側の継戦能力が落ちるのか、現地指揮官の判断を先に聞きます」


将校は礼を取り、返信を書き始めた。


エルツハイムは鉱山だけの町ではない。製錬した金属を加工する工房があり、荷を運ぶ商人がいて、そこで働く人間の家がある。砲撃で壊してしまえば、取ったあとで使えるものまで減ってしまう。


こちらが町を欲しいから壊すなと言ったところで、攻められる側がありがたがるわけではないだろう。


その後も、交渉を続けている現地指揮官から文書が届いた。市内の守備隊は負傷者を残したまま移動させられることを恐れ、武装解除後も治療を受けられると明記するよう求めていた。市当局が確認したいのは、公用倉庫だけでなく、工房へ出入りする職人の扱いだった。こちらも、門の管理が移るまでは勝手に軍を市内へ入れないと回答した。


数日後、正式な引渡しの合意が届いた。


守備指揮官は、市内に残る部隊の武装解除を受け入れた。現地指揮官の報告には、門の引渡し順と、守備兵が武器を置く場所が記されていた。王国軍は交渉で定めた順序に従って入り、市の役人と一緒に倉庫の鍵と帳面を照合し始めたという。負傷兵はその場に留めて治療を続け、工房の警備には市側の担当者も立ち会う。


市外で抵抗していた部隊の動向は、なお確認中だった。そこまで降伏したわけではない。


「武装解除した兵は、現時点でどの程度ですか」


「約2000人と報告されております。負傷者も含む数字ですので、別に加算はしておりません。名簿の照合が続いております」


「分かりました。捕虜の護送を急ぐために負傷者を無理に動かさないよう伝えてください。市に残す警備兵の数も、現地の仕事量から見積もってもらいます」


報告を持ってきた将校はうなずいたが、すぐには下がらなかった。


「西部の軍を、中央へ戻されますか。南方からの敵軍の動きが強まっております」


「戻せる隊は確かめます。ただ、今取った町を空にするわけにはいきません。街道の警備も必要です。西部の指揮官には、まず都市と輸送の保持に必要な人数を出してもらってください。その残りを見てから決めます」


「承知いたしました」


俺は地図の西端に置かれていた敵の印を外し、エルツハイムの上へこちらの印を置いた。


嬉しい。レーデンブリュックも、ハーゲンフェルトも、そしてエルツハイムも手に入れた。アマーリエへ求めた土地を、今は軍の力で押さえている。


俺は西部への返信へ署名し、南方の報告書を引き寄せた。




南方から最初の急報が来たのは、その数日後の早朝だった。


夜明け前に敵軍が前進警戒部隊へ接近し、街道沿いで魔法射撃の応酬が始まったという。前日の報告でも敵の集結は疑われていたが、部隊の数と動く方向はまだ分かれて伝えられていた。


「敵はどこを攻めていますか」


「前進補給地点と、その周辺の警戒位置です。複数の隊が同じ方向へ進んでいるとの速報でございます。敵の総数はまだ確認できておりません」


南へ伸びる街道へ目を向けた。


前進地点はハーゲンフェルトから約30km余り。街道に沿って設けた警戒と給養の場所で、大きな倉庫ではない。ただ、前にいる兵が交代し、伝令が行き来するためには必要な地点だ。


「現地の指揮官へ、敵の集中が確認できたら予定の位置まで退いてよいと、もう一度伝えてください。後方の受入れ部隊には準備を命じます。予備も出動できるように」


「はっ」


「ただし、全予備を一度に街道へ入れないでください。敵の主攻がそこだけとは限りません。ハーゲンフェルトの市内警備も残します」


将校が走って出ていくと、別の士官が南方の地図を持ってきた。


すでに斥候は敵を見ている。だが、見えている部隊が全部なのか、別の場所に大きな隊がいるのかが分からない。こちらの前進警戒部隊は約2000人いるが、全員がその補給地点に集まっているわけではない。周囲へ出した隊と、後方の防御位置にいる兵を足した数だ。


「援軍が今すぐ発てば、間に合いますか」


俺が尋ねると、作戦担当の将校は答える前に街道上の距離を測った。


「先頭の騎兵を急がせることはできます。しかし、歩兵と砲を揃えて攻撃地点まで進むには時間が要ります。現地が持ちこたえれば支援できますが、敵がすでに集中しているなら、前進地点の保持には間に合わない可能性がございます」


「分かりました。予備の一部を南方の後方防御線へ向かわせてください。前進地点へはそのまま突っ込ませず、退いてくる兵を受け止める準備を進めます」


予備の先発隊が出発したと知らせが来た。そのあとは、前進地点の報告を待つ時間が続いた。


窓の外では、朝の荷車が市の門へ向かっていた。予定どおり北部から届いた飼料の一部だという。門の検査を受け、荷台を揺らして進んでいく。あの荷は、今朝のうちに南へ向けていいものだろうか。


「南方へ送る車列は、一時止めてください。受入れ位置が確定するまで、ハーゲンフェルト側へ集めます」


「承知しました。西部へ向かう便は継続いたしますか」


「はい。西の街道に敵が出たという報告はありません。そちらまで止めれば、エルツハイムの警備が困ります」


昼前になって、最初の詳しい伝令が着いた。


前進地点の守備兵は敵の攻撃を受け、街道の脇の防御位置を一つ失った。別の警戒隊は後ろへ回り込もうとした敵兵を見つけ、撃ち合いながら退いている。敵には砲兵もおり、前進地点の建物の近くへ砲弾が落ちたという。


「指揮官はどう判断していますか」


「前進地点の維持は困難と判断し、物資の撤収を始めたとのことです。ただ、荷車が足りず、一部は残す見込みです」


胸の中で何かが沈んだ。


分かっていた。敵が集まれば退くよう命じていたし、置く物資を増やすなとも言ってある。それでも、実際に捨てることになると話は違う。


「兵の後退が先です。運べない物資を守るために、隊を置き去りにしないよう伝えてください」


「承知しました」


その日のうちに、報告はさらに悪くなった。


前進警戒・補給地点は放棄された。敵は街道の一部を押さえ、こちらの兵はハーゲンフェルトから南へ約15~20kmの位置に設けていた後方防御線へ退いた。荷車と飼料をすべて運び出すことはできず、負傷者の収容も継続中だった。


敵軍の人数については、複数の斥候と後退した兵の報告を合わせ、5000人を超える規模と見積もられた。正確な数が判明したわけではない。


「敵はそのまま北上していますか」


「前進地点の周辺では動いておりますが、我が軍の後方防御線へ続けて大軍を進めているとの確報はございません。後衛の整理と砲の移動が確認されております」


「では、こちらからすぐ攻め返すことはしません。退いた部隊を受け入れ、負傷者を運んでください。敵の新しい位置を確認してからです」


「陛下、街道の一部をこのまま敵に渡すことになります」


「分かっています。ですが、今出している援軍をそのまま前へ進ませれば、また小分けに戦うことになります。まず後方で揃えます」


将校は少し口を結び、礼を取った。


報告書を置こうとすると、紙の端が指に貼り付いて離れなかった。汗をかいていたらしい。


高地の会戦では、敵の左翼を引きつけて中央を攻めた。あのときも兵を危険な場所へ置いたが、どの隊をいつ動かすかは、自分で見て判断できた。


今回は敵が先に兵を集め、前の部隊が退いてから俺のところへ報告が来る。時間を戻すことはできない。


西の町を取ったという報告を受けてから、まだ数日しか経っていなかった。




翌日、後退した兵の受入れが進んだという知らせを受け、俺は護衛とともに南方の後方防御線まで出た。


ハーゲンフェルトから大きく離れた場所ではない。それでも、道端で見かける荷車の向きは、いつもの補給路とは逆だった。負傷した兵を乗せた車が北へ戻り、空いた荷車が南へ向かっている。


前進地点にいた部隊の指揮官が、泥の付いた上着のまま報告した。


「後退した隊は、この位置で再編しております。行方の確認できない者がおりますので、損害の総数はまだお出しできません。敵は前進地点を保持しているようですが、こちらへ大きく進出した様子はありません」


「兵が退くとき、連絡は取れていましたか」


「一部で遅れました。前進地点の西側を見ていた隊が、敵の騎兵に道を塞がれました。別の位置から下がらせましたが、報告が揃ったのは後方へ着いてからです」


「それで、残された荷は?」


「飼料と数両の荷車、移動できなかった装備がございます。可能なものは使えないよう処置いたしましたが、どこまで敵の手に渡ったかは確認できておりません」


指揮官は、こちらの顔をうかがってから続けた。


「前進地点を維持する命令を待つこともできました。しかし、敵の兵が増えており、これ以上は隊をまとめて退かせられないと判断しました。私の責任で後退を命じております」


「後退を許可したのはこちらです。守り切れない地点のために、兵を全滅させる必要はありません。いま必要なのは、戻った兵の状態と、次に敵が来たとき何人動けるかです」


指揮官は礼を取り、部下を呼んだ。


近くで、負傷兵が水を飲もうとしていた。片腕に布が巻かれ、もう片方の手では水筒をうまく持てない。隣の兵が受け取り、蓋を外して渡す。俺が近づくと、二人とも立とうとした。


「そのままでいい」


そう言っても、片方はどうしても背筋を伸ばそうとする。


「負傷者の移送は、このあとですか」


「はい、陛下。順番を待っております」


「足りないものがあれば医官へ伝えてください」


「承知しました」


それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。


離れたところでは、回収した盾や剣、携行装備を並べて数えていた。兵が品ごとに数を読み上げ、書記が紙へ書き込む。横で別の兵が、持ち主の分からない鞍を持ち上げていた。


俺は指揮官のところへ戻った。


「敵の位置はまだ分からない部分があります。南へ攻め返すかどうかは、偵察の結果を待って決めます。それまでは、この防御線を整えてください。ただし、ここで全部を守ろうとはしないでください。退く必要が出たときの後方連絡も確認しておきます」


「はっ。明日までに改めて報告いたします」


「損害の数は、確認できたところからで構いません。未帰隊の兵については、別に追ってください」


指揮官は部下のところへ戻り、次の命令を出し始めた。


失った前進地点へすぐ攻め返す案も考えた。だが、敵の配置を確かめないまま予備を南へ集めれば、先に退いた兵まで新しい戦闘へ引き込む。


悔しい。主要な都市を押さえたばかりなのに、南では敵がこちらの拠点を奪い、今もそこにいる。


ハーゲンフェルトへ戻る頃には日が傾いていた。北から来た補給の荷車が、市の門で順番を待っている。歩兵が一台ずつ荷札を確認し、行先を聞いてから通していた。


司令部へ戻ると、西部からも報告が届いていた。エルツハイムの捕虜名簿はまだ照合中で、市の工房へ勝手に立ち入った兵がいたため、現地指揮官が処罰したという。西方の野戦部隊の所在もなお不明の部分がある。


俺は南方の地図を広げ、後退した防御線の印を置き直した。次に、西部から戻せる兵と、市に残さなければならない兵の数を、担当将校へ改めて求めた。


「今夜のうちに揃う報告だけで結構です。足りない分は明日、現地へ確認を送ってください」


「承知しました。南方への追加物資は、どちらへ送りましょうか」


「新しい防御線までです。前進地点へ向かう車列は止めたままにしてください。後退した兵が使える装備を先に揃えます」


将校が書き留めている間にも、外では南へ向かう荷車の積み替えが続いていた。


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