第55話
戦争を始めると決めた日のことは、たぶん一生忘れない。
だが、開戦から3日が過ぎると、戦争を始めたという感傷に浸る時間すらなくなった。王宮にいる俺の前へ届くのは、劇的な勝報よりも、少しずつ食い違う数字の方が多くなっていた。その違いを精査し、現場を理解して、適切な指示をしなければいけない。
北部街道の分岐を押さえた。予定していた敵の増援を止めた。前へ出ていた守備隊の一部を退かせた。
ここまでは良い。
ところが、その分岐をいつまで守れるかという報告には、敵の逆襲で失った馬の数が付いていた。後続の歩兵が到着するまで持ちこたえた部隊もあれば、いったん道を譲って別の位置から監視を続けた部隊もある。報告が届いた日の前線と、俺が紙を読む日の前線は、もう同じではなかった。
俺は軍務の地図に指を置いた。
「レーデンブリュックの守備隊は、まだ降伏していないんですね」
「はい。市内と要塞の守備は続いております。ただ、周辺に展開していた野戦部隊の一部はグライフェン地方の中央へ後退しました。先行部隊の妨害が効いております」
「中央へ進んだこちらの部隊は?」
「前衛は街道の一部を使って進出しております。しかし、要塞周辺は守備側の射撃を受ける場所が残っております。砲と飼料を載せた荷車を、前衛と同じようには通せません」
やはり、そう簡単ではないか。
小部隊が敵の懐へ飛び込むのと、何千という人間が毎日食べる物を運び続けるのは違う。軍馬はなおさらだ。馬に食わせるものを忘れて作戦を立てれば、こちらの脚が先に止まる。
机の端には、北部で戦った部隊の損耗報告もあった。先行騎兵の欄に、俺の知っている部隊を示す印が付いている。
「コンラートの報告は届いていますか」
「本人からの詳報は前線の司令部で受領しております。現地判断で分岐を先に押さえ、予備隊を足止めしたと。ただし負傷者と馬の損耗があり、現在は再編中です」
演習で、橋ではなく街道分岐を選んだあいつの顔が浮かんだ。今度は相手も本物の兵士で、こちらが動けば向こうも抵抗する。勝手の違う仕事をやり切ったのだろう。
机に並んだ紙を眺めていても、これ以上のことは分からない。
「前線へ行きます」
将校が顔を上げた。
「陛下、現地の指揮は滞りなく行われております。国王ご自身が出向かれる必要については、護衛と政務の面から検討が必要かと存じます」
「そこは承知しています。ですが、中央で敵の主力とぶつかるなら、現地で指揮官たちの話を聞いて判断したいのです。王都の留守については、出発までに手配します」
カスパルにも王都に残す権限と連絡の方法を伝え、必要な政務を整理させた。ゾフィーには、夕食の前に直接話した。
「行くのですね」
「うん。まだ決戦になると決まったわけじゃないけど、現地に行かないと判断できないことが増えてきた」
ゾフィーは俺の顔を少し見てから、手元の杯を置いた。
「止めても、行くのでしょう?」
「……行く」
「でしたら、帰ってから聞く話を残しておいてください。前線の報告だけでなく、あなたの話も聞きたいです」
「分かった」
王宮を発ったのは、その翌朝だった。護衛と必要な幕僚を伴い、街道を南へ進む。休息のたびに馬の様子を見て、途中の宿駅では前線から来た急使とすれ違った。王宮にいれば一度に机へ運ばれてきた報告が、道中では時々刻々と追いついてくる。
馬車の窓から見える畑は、まだ戦場ではなかった。道端では子どもが荷車を見送り、宿駅の男たちが飼葉を運んでいた。ここを通る軍の荷車だけが、明らかに普段より多い。
国境方面の空気が変わったのは、町を出入りする兵士の数が増え始めてからだ。
前線司令部へ到着したとき、俺を迎えた将校は礼を取ったあと、休む間もなく地図の前へ案内した。どうやら国王が来たからといって、戦争が休んでくれるわけではないらしい。
大きな机の上には、レーデンブリュックを中心に何枚もの地図が重ねられていた。
「街道分岐を確保した部隊が、敵の増援を止めたことは報告で見ています。その後は?」
現地の指揮官が、細い棒で北部の一角を示した。
「分岐の周辺で敵の警備隊と予備兵が抵抗しました。先行騎兵だけでは守りきれませんでしたが、後続の歩兵が街道分岐とその周辺を確保しました。敵は予定していた援軍を前進守備へ送れず、その部隊を中央へ下げています」
「要塞の方は」
「市内の守備兵が残っております。北からの出入りはほぼ止めておりますが、敵は城壁と河岸側の陣地から抵抗しております。こちらも攻撃を急げば損害が大きくなります」
隣にいた工兵担当の将校が、川沿いの線を指した。
「渡河施設のうち、前衛が使える場所はございます。ただし、要塞から攻撃を受ける範囲を避けて大型の荷を動かそうとすれば、積み替えの手間が増えます。主力の後に続く砲と荷車を継続して通すには、守備側をこの位置から退かせる必要がございます」
これなら、軍が先へ進んでいるのに補給だけが追いつかない理由も分かる。
「要塞への攻撃は、どの程度進んでいますか」
「外側の陣地をいくつか失わせました。ですが、守備兵はなお城内におり、降伏の打診にも応じておりません」
「救援が来る見込みは?」
「北部の野戦部隊の一部が中央へ退いたため、直近の救援路は我が軍が遮っています。ただし、敵が南部から新たな軍を集めつつあるのは確かです。要塞を長く抱えていては、中央へ向ける兵が不足します」
要塞を力任せに潰し、その後で兵を集め直す。それでも勝てるかもしれないが、こちらも時間を使いすぎる。
「砲撃は継続してください。ただし、城内へ無制限に撃ち込むつもりはありません。守備隊へもう一度、条件を伝えましょう。武装解除と引き換えに捕虜を保護し、負傷者の治療を認めること。住民への乱暴と略奪は許さないこと」
「守備隊が拒めば、外側の陣地への圧迫を続けますか」
「はい。こちらが救援を通さないことも分かるようにしてください。降伏させるために、兵を無駄に失う必要はありません」
命令を伝え終えたところで、幕舎の入口が開いた。
入ってきたのはコンラートだった。
軍装の袖口が少し擦り切れ、頬の横に新しい浅い傷がある。いつもなら目に入った瞬間に何か言ってきそうなのに、今日は先に姿勢を正した。
「陛下。お越しになったと聞きました」
「お前の報告は読んだよ。負傷したのか」
「かすっただけです。むしろ馬の方が気になります。戻した馬の中に、しばらく走らせられないのがいます」
「分岐は、やっぱり先に押さえた方がよかった?」
コンラートがうなずいた。
「橋へ向かえば、守備隊とぶつかる時間が長くなったはずです。分岐には警備兵がいましたが、増援が着くより先に道を塞げました。ただ、最初の報告を後ろへ回すのが遅れて、後続の隊に無駄な移動をさせました」
「またか」
「そこは……はい。ですが、次は直しました。進路を変えるときに、連絡役を先に分けるようにしています」
演習でゲオルクから叱られたことを、戦場でも覚えていたらしい。
俺が傷へ視線を向けたのに気づいたのか、コンラートは肩をすくめた。
「敵も、こちらの思い通りには動いてくれませんね」
「当然だろ」
短く笑い合ってから、俺は机の報告をもう一度見た。騎兵の損害欄には、まだ馬の状態が確定していない者もいる。
「休ませる馬はきちんと休ませてくれ。お前の部隊には、まだ仕事がある」
「ええ。次に何をさせるつもりか、楽しみにしています」
「その前に、自分の傷を診てもらえ」
コンラートは不服そうに眉を上げたが、最後は「分かりました」と言って出ていった。
それから数日、要塞をめぐる戦況は一度に動かなかった。
外側の陣地が一つ落ち、次の日には守備側が夜間の出撃を試みた。出撃は撃退したものの、こちらの哨兵にも負傷者が出た。工兵は使える渡河施設の点検を続け、補給隊は城内からの射撃が届かないところに荷を集めた。
敵の使者が城門を出たという知らせが届いたのは、さらにその後だった。
守備隊は救援の見込みを確認しようとしていた。こちらが示した条件を読み、負傷者と住民の扱いについて問い直し、城内に戻った。
その日のうちに降伏にはならなかった。俺も幕舎で夜を明かした。
翌日、守備側から正式な回答が届いた。
要塞の指揮官は兵を武装解除して引き渡す。城内の負傷者を保護し、住民の財産を略奪から守ることを条件としている。現地指揮官が細部を詰め、こちらの部隊が渡河点と街道の管理を引き継いだ。
レーデンブリュックを得た。
その報告を受け取ったとき、俺は思わず地図の端を握っていた。要塞と橋を失わずに得られた。これで後続の砲と荷車を前へ通せる。歩兵が占領した街道を、補給が使える街道へ変えるところまで、やっと来た。
「街道の警備を緩めないでください。降伏した兵と住民の扱いも、決めた条件どおりに。主力は補給を整えてから中央へ進めます」
指揮官がうなずく。
「承知いたしました。後続の輸送隊は順に通します。すべて同時に押し込めば、かえって混雑いたしますので」
「そうしてください」
少し前までは敵が守っていた橋を、今度は俺の軍の荷車が渡ることになる。
その場面を見に行ったとき、川から吹く風に、湿った石と馬の匂いが混ざっていた。橋の入口では工兵が荷車の車輪を調べ、通行を待つ兵士が道端へ寄っていた。馬のひづめが石に当たり、乾いた音を立てる。
分岐でコンラートたちが稼いだ時間がなければ、あの守備隊はもっと多くの援軍を迎えていたかもしれない。
俺たちは中央へ向かった。
ハーゲンフェルトの北方へ進み始めると、敵の様子が変わった。
それまで追っていたのは、北部の守備軍がどこへ下がったかという報告だった。今度は、南から来た新しい部隊がどこに着いたかという報告が増える。斥候が見た軍旗も、昨日と同じものばかりではなかった。
中央盆地へ入る手前で、俺は指揮官たちと地図を囲んだ。
「我が軍で、中央の野戦に出せる兵は何人ですか」
「約2万人いかないほどです。北部の街道、レーデンブリュック、輸送の警備などに残した部隊と、これまでの損耗を除いた数になります」
将校は報告の数字を読み上げ、俺が見ていた欄を指した。国境を越えた兵をそのまま全員連れてきたわけではない。それぞれの場所に残っている兵がいなければ、ここまで運んだ飼料も弾薬も続かなくなる。
「敵は?」
「北部から後退した野戦兵に、南から到着した増援が加わっております。現時点の推計は2万を超えます。まだ編成の確認が取れていない隊がありますので、幅はございます」
「向こうの方が兵力的にはやや優勢か」
俺は地図の南側を見た。
ハーゲンフェルトは、ここからさらに街道を進んだ先にある。人口も倉庫も多い中央部の都市だ。だが、敵の野戦軍が街道の前に居座ったままで、荷車だけを進ませることはできない。
「この軍を退かせない限り、ハーゲンフェルトへは進めませんね」
「はい。敵もそれを理解しております。こちらが中央部へ陣地を広げれば、その前に攻めてくる可能性はあります。ただ、南から次の増援を待つこともできます」
敵軍を退却させる。それだけでは足りない。数日後にまた2万人近い軍が街道を塞ぐなら、北部を落とした意味が薄れる。
俺が欲しいのは、この正面で相手が大きな軍を組み直せなくなるだけの勝利だった。敵の左翼でも中央でも、まとまった兵力を失わせて、南へ退かせる。そうなればハーゲンフェルトの守備隊も、野戦軍を頼ってこちらを押し返すことは難しくなる。
そのためには、こちらから攻めなければならない。
しかし、何も考えずに敵の正面へ突っ込めば、数の少ない方が損をする。
盆地の縁にある高地へ、指揮官と一緒に上がった。前衛がすでに押さえ、砲兵が陣地に使える場所を調べている。
南の畑の先には敵の営地があった。西側には主要街道が通り、その先を荷車が列になって北へ続いていた。ここを守れば、敵の攻撃を受けるには良い場所だ。
「陛下。この高地に陣を構えれば、敵が攻め上がる間に大きな損害を与えられます」
「向こうが上がってきてくれれば、ですね」
指揮官が答えずに地図へ視線を落とした。
相手は高地の下で待つだけでもいい。こちらが補給に手間取る間に、南から増援を集められる。攻撃してくる保証はない。
俺は高地から西の街道側へ目を移した。こちらの右翼を配置する予定の場所だ。
敵があそこを攻めたら、どうなる?
街道に出られれば、こちらの補給は脅かされる。相手にとっては、十分に魅力的な目標だろう。むしろ敵将がこの高地を先に確保し、右翼の薄さを見たら、そこで勝てると思うのではないか。
高地。攻撃したくなる右翼。中央から西へ動く敵兵。
ああ。
前世で何度も地図を見た、あの戦いだ。
アウステルリッツ。
ナポレオンは、相手が自軍の一方へ兵を寄せるのを待った。プラッツェン高地の中央が薄くなったところを突き、敵の隊列を分断した。歴史の授業の準備で作戦図を広げるたび、こんな危ないことを本当にやったのかと思った。
今なら少し分かる。守るだけでは得られない勝利がある。
ただし、地形も兵器も違う。まして教科書の上なら負ける側の動きまで知っているが、今の俺には敵将の頭の中が見えない。
「……この高地をいったん空けたら、どうなりますか」
指揮官が俺の顔を見た。
「我が軍が撤退したと判断されれば、敵は進出するでしょう」
「そうしたら右翼を薄く見せます。こちらの街道を奪えると判断して、敵の左翼が攻めてくるようにしたい」
「中央へ残す敵が少なくなったところを、こちらの主力で攻めるのですか」
「高地を取り返すだけではありません。敵の左翼が街道側へ進んだところで、その後ろと中央のつながりを断ちたい。そこまでできれば、敵は多くの兵を失います」
指揮官はすぐには答えず、高地の斜面と右翼の予定陣地を見比べた。
「その間、右翼は敵の主攻を受けます。最初に見せる兵数だけでは持ちこたえられない可能性があります」
「その心配があるから、予備を残します。どの隊をどこへ送れるか、砲兵も入れて詰めましょう」
「敵が高地に入ったまま攻めてこなかった場合、こちらはどうなさいますか」
「こちらも攻めません。その場合は別の戦い方を考えます」
自分の記憶に相手を合わせてはいけない。こちらができるのは、敵に攻める理由を見せるところまでだ。
俺は幕舎へ戻り、軍議を開くよう命じた。
軍議の机には、地図とともに兵力の一覧が置かれた。
「右翼4400、中央8200、左翼4000。予備2300と、コンラートの機動隊300です」
担当将校が数字を確認していく。合わせて1万9200人。右翼は西の街道側、左翼は東側だ。南の敵へ向かって立つ軍にとって、右手が西になる。
偵察による見積もりで、旗と隊列の数から敵兵の数には誤差がある。敵の左翼はおよそ6000人ちょっと。中央に7000人ちょっとほど、右翼に5000人いかないくらい。さらに後ろに予備が2500人前後程度いるらしい。足すと約2万人と少しだ。
「中央の8200を、どこまで隠せますか」
「全員を見えなくすることはできません」
答えたのは前衛の指揮官だった。
「しかし、丘の北側へ下げて隊列を分ければ、敵が高地に上がっても、一度に全容は見えません。こちらが右翼で増援を繰り返すようにも見せられます」
「それで結構です。隠れ切る必要はありません。攻撃に使える兵が、まだ中央にまとまっていることを敵に悟らせたくない」
砲兵の指揮官は渋い顔だった。
「高地の砲を下ろせば、せっかく決めた射線を捨てることになります。次に攻めるときは、自分たちがその斜面を上がらねばなりません」
「ええ。そのために、北側から斜面を撃てる位置へ砲を移してください」
「砲は馬で引きます。移動した直後から思いどおりに撃てるわけではございません。配置を変えるなら、今日のうちに終えさせたいと存じます」
「そうしてください。こちらも準備を待ちます」
右翼の指揮官が、地図へ手を置いた。
「陛下。敵の左翼だけでも我が右翼より多うございます。さらに中央から兵を回されれば、こちらの陣地を守りきれません」
「最初から最後まで4400人だけで耐えさせるつもりはありません」
俺が目を向けると、予備隊を担当する将校が先に口を開いた。
「予備2300人のうち1200人を右翼の後ろへ置きます。残る1100人は中央の後方です。右翼が第2陣地まで押された場合には、まず1200人を加えます」
「1200人を加えても右翼が持ちこたえられなかった場合、どうなさいますか」
右翼の指揮官の問いに、俺は答えた。
「中央後方の予備から一部を送ります。必要なら中央攻撃に回すはずだった兵を使うことになります。ただし、右翼が街道を失えば中央を攻めるどころではありません」
「我々の判断で予定の第2陣地へ退いてもよろしいでしょうか」
「ええ。退く場所は今決めてください。命令を待つ間に壊滅されては困ります」
将校は地図へ戻り、右手の隊列と畑の境に線を引いた。守る場所を決めながら、下がる経路も一緒に決める。
「中央へ攻めるのは、敵が右翼へ兵を送ったあとですか」
「そうです。敵中央が薄くなった証拠が要ります。敵の予備まで動いたと分かれば、なお良い」
「攻撃に失敗すれば、敵の高地へこちらの中央を突っ込ませることになります」
「その場合は引く命令も出します。ただ、攻める時機を失って右翼だけを叩かれ続けるのも避けたい。そこは私が決めます」
まだ反対したそうな将校もいたが、砲兵と前衛が斜面へ兵を寄せる順序を話し始めた。図面の上では簡単に見えるところに、馬の通る幅と砲を引く余地を書き込む。それだけで線は何本も増えた。
最後にコンラートを呼んだ。
「西の街道に敵が出てきたら、お前の隊で何ができる?」
「敵の左翼が北へ伸びれば、その後ろに空きます。向こうが中央へ兵を戻そうとしたとき、横からちょっかいを出せます」
「300人で3000人を止められると思うか?」
「真正面からなら、まったく。ですが、戻る兵の横腹を撃って、先頭を止めるぐらいならできます。逃げる場所がなくなる前に引きますよ」
自信満々というより、楽しそうだ。あいつは昔から、難しい訓練の話になると顔が明るくなる。
「敵の主力の中へ入るな。中央の攻撃が始まったら、右翼の指揮官にも位置を知らせろ」
「陛下が聞かなくても送ります。前みたいに、後から怒られるのは御免ですから」
「俺が怒ったんじゃない。ゲオルクだ」
「二人とも、似たような顔をしてましたよ」
俺は笑いかけて、軍議の参加者がまだ周囲にいるのを思い出した。コンラートはきちんと礼を取ってから出ていった。
翌朝までに前衛は高地を下り、砲の配置も変えた。夕方、敵が高地へ入ったとの報告が届いた。
敵はすぐに攻撃してこなかった。
当たり前だろう。俺が思い出した戦いの相手より、目の前の敵将の方が慎重かもしれない。
眠る前に飲もうとした茶は、ずいぶん冷めていた。
翌朝、高地の西側を敵の兵が下りてくるのが見えた。数はまだ多くない。だが、それまで中央に並んでいた隊が、はっきりと右翼の方を向いていた。
「右翼へ知らせてください。先に前進して敵を追わなくていい。陣地で待つように」
まだ罠に入ったわけではない。
けれど、敵将が何を狙い始めたかは見えてきた。
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