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ある転生王の一代記  作者: アレグリア
第4章 二つの継承

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第51話

これからは休日にまとめて更新していきたいと思います

朝、ケラーが持ってきた報告には、いつものように作成地と確認日が付いていた。


一番上はヴィーネン公館からのものだった。


「崩御後から公館が続けていたウェストリア側との接触を、昨日までの分でまとめました」


ケラーが紙を開く。隣には外交を担当する実務官もいた。


「先に結論を申し上げます。ウェストリアは、ヴァルデンハイムの継承が大きく崩れることを望んでおりません。アマーリエ殿下の下で通常の政務が続いていることも、安定材料として見ております」


そこまでは予想から外れない。


ウェストリアが大陸の均衡を気にすることは、これまでの外交でも分かっている。エドワード王が、ヴァルデンハイムだけ急に崩れるのを歓迎するとも思えない。


「継承そのものへの介入は、どの程度確認されていますか」


「今のところ、特定の請求者を押し込むような動きは確認されておりません。帝国側の継承手続を尊重するという言い方が中心です。ただし、ヴァルデンハイムが混乱した場合にどうするかまでは明言しておりません」


「アマーリエを支えることと、彼女の領地を全部守ることは別、ということですか」


外交担当者は少し考えてからうなずいた。


「現時点の発言からは、そのように見るのが妥当かと存じます。政務の継続を歓迎していることは確かです」


ケラーが次の紙を俺の前へ寄せた。


「商業側も、その見方と矛盾はしておりません」


港ごとの船賃、保険の引受条件、短期信用。いくつかは前回より上がっている。


「ヴァルデンハイム方面の条件は、どう動いていますか」


「船賃と保険は上がっております。ただ、取引そのものが止まっているわけではありません。軍需品についても照会が増えたという報告がありますが、買い手は特定できておりません」


「政府が止めている様子はありますか」


「ございません」


危機が起きれば、保険料も信用条件も動く。


それでも船は出る。金も動く。


ウェストリアが兵を送らなくても、アマーリエを助ける手段はいくらでもあるということだ。


「もしこちらが、今より踏み込んでウェストリアの意向を探るとしたら、どこまでできますか」


外交担当者が俺を見る。


「どの程度まで、という意味でしょうか」


「例えば、ヴァルデンハイムの領土が外から脅かされた場合に、ウェストリアがどこまで関与するつもりなのか」


相手はすぐには答えなかった。


「探ること自体は可能です。ただ、質問を具体的にするほど、こちらが何を想定しているかも相手へ伝わります。グライフェンを出さず、大陸情勢一般の話として聞ける範囲では、今お出しした報告より先へ進むのは難しいかと存じます」


それが限界か。


未来の反応を、こちらが何もしていない今のうちに確定させることはできない。


もっと知りたければ、何を考えているのかこちらから見せるしかない。


「分かりました。そこまでで止めてください」


外交担当者が頭を下げた。


「では、公館には現在の接触を続けさせます」


「お願いします。ウェストリアが今、何を守ろうとしているのかを見てください。こちらが動いた後の答えを、今のうちに無理に取りに行く必要はありません」


ケラーは記録用の紙へ短く書き込み、それから顔を上げた。


「商業側は引き続き追います。信用や保険が動けば、外交発言より早く見える場合がありますので」


「それでお願いします」


これでウェストリアが何もしないと分かったわけではない。


むしろ、こちらが動けば今より強くアマーリエを支えるかもしれない。


ただ、今のウェストリアは継承の安定を望んでいる。ただ、それ以上に踏み込んで、ヴァルデンハイムを全力で支えようとしているわけではない。


そこまでは見えた。


これ以上の確実さを求めれば、今度はこちらが情報を渡す番になる。




昼前、数日前からヴァイスブルクに滞在しているアルンベルク公ルートヴィヒの選挙使節を通した。


最初の接触では、こちらが誰を支持するつもりなのか探るだけだった。


今回は、ルートヴィヒ本人の封書を持ってきている。


カスパルと外交担当者を同席させた。


使節は儀礼を終えると、封書を差し出した。


「ルートヴィヒ殿下は、アルテンフェルス選帝侯家の支持を正式にお願いしたいと申しております」


書簡の内容も、その点では曖昧ではなかった。


ルートヴィヒは皇帝位を求める。


長くヴァルデンハイム家の男子が選ばれてきたことを、そのまま次の選挙の答えにはしない。


自分が選ばれれば、帝国法と選帝侯の権利を守る責任を負う。


そこまで読んで、書簡を机へ置いた。


「公爵殿のお考えは分かりました。ただ、皇帝になりたいというだけなら、アルテンフェルスが支持する理由にはなりません」


「殿下も同じことを申しております」


使節は待っていたように答えた。


「一票を願うのであれば、新皇帝の下でアルテンフェルスが何を期待できるかも示すべきだ、と」


そこから出てきたのは、西部旧領と東部本領の間の通行だった。


帝国法上認められている公用交通。


周辺諸侯との通行条件。


法廷で判断を得ても、現地で実際に通れるようになるまで別の交渉が続くこと。


ローデンベルクで嫌というほど経験した問題だ。


「殿下は、既に認められた権利や帝国法廷の裁定が、現地で事実上無意味になる状態を改めたいと考えております。アルテンフェルスだけへ新しい特権を与えるという意味ではございません」


「既に持っている権利を、実際に使えるようにする」


「はい。それを皇帝の仕事の一つとして扱う、と」


新しい領地をくれる話でも、通行税を全部なくす話でもない。


それでも、こちらには十分実利がある。


使節は続けた。


「同じ理由から、新皇帝の即位だけを根拠に、内容も期限も定まらない恒常的な軍事・財政負担を諸侯へ求めることもしない、と申し上げるよう命じられております」


支持を求める側としては筋が通っている。


権利は守る。


その代わり、法律にない負担を好きに増やすつもりもない。


ただ、そこまで帝国法を前へ出すなら、聞かないわけにはいかなかった。


「フロレーヌ国王であるフィリップ王の支持とは、どう両立させるのですか」


使節の表情がわずかに硬くなる。


「フロレーヌ王陛下が殿下を支持されていることは事実です」


「その支援で皇帝になった後も、帝国法を優先するということですか」


「殿下は、皇帝選挙のためにフロレーヌ軍を帝国内へ入れることを求めておりません。即位後に外国王の代理人として帝冠を戴くお考えもない、と申し上げるよう命じられております」


「帝国は帝国であり、外国に影響されるわけではないということ。ならば、一つ確認したいことがあるのだが、よろしいか?」


「はい。なんでしょうか」


「今、ヴェリスラヴがザルヴァ川沿いでヴァルデンハイムへ圧力をかけています。あの地域は帝国外の世襲領です」


「承知しております」


「仮に、帝国内にも領地を持つ君主が、帝国外の世襲領を巡って外国と武力衝突した場合です」


少し間を置いた。


「ルートヴィヒ公が皇帝なら、それを最初から帝国全体への攻撃として扱いますか」


使節は今度は即答しなかった。


こちらを見た後、机の上の書簡へ一度視線を落とす。


「帝国領そのものが攻撃された場合、あるいは帝国法上の権利が武力で侵害された場合には、皇帝として対処する。それが殿下のお考えです」


「では、帝国外の世襲領ならどう扱いますか」


「帝国諸侯が帝国外に持つ世襲領で外国との紛争が起きたというだけで、直ちに帝国全体の戦争になるとは考えておられません」


そこで言葉を切り、続けた。


「ただし、その戦争が帝国内へ波及する、帝国領の安全を脅かす、あるいは帝国秩序そのものへ重大な影響を及ぼすのであれば別です。帝国外だから皇帝は一切関知しない、という意味ではございません」


「分かりました」


「陛下は、ザルヴァ川の情勢をかなり重く見ておられるのでしょうか」


そう受け取るのが普通だ。


「大河の向こうに兵を集めたまま交渉している国です。軽く見る理由はありません」


嘘ではない。


使節はうなずいた。


「その懸念も殿下へお伝えいたします」


俺が本当に知りたかったところまで伝える必要はない。


グライフェンも帝国外のヴァルデンハイム世襲領だ。


ルートヴィヒの言葉が、そのまま将来の行動を保証するわけじゃない。


皇帝になれば立場も変わる。


それでも、帝国外の一領地で戦争が起きたというだけで、最初から帝国全体の戦争として扱う考えではない。


ヴォルフガングが皇帝になるよりは、こちらに残る時間が長いかもしれない。


「アルテンフェルスの一票について、殿下へどのような返事を持ち帰ればよろしいでしょうか」


使節が本題へ戻した。


「今日伺った内容は検討します」


「支持については」


「まだ約束しません」


使節はそれ以上押さなかった。


「承知いたしました。そのまま殿下へお伝えいたします」


会談はそこで終わった。


票を売ったわけではない。


グライフェンについて約束を取り付けたわけでもない。


それでも、候補者が皇帝権をどう使うつもりなのかは、昨日までより具体的に見えた。





使節を見送った後、外交担当者を下がらせ、ケラーを呼んだ。


カスパルはそのまま残っている。


しばらく地図を見ていたカスパルが、先に口を開いた。


「前の検討では、ウェストリアの姿勢が見えない間は実行準備へ移らない、と陛下は決められました」


「はい」


「今朝の報告を受けても、なお待つ必要があるとお考えですか」


その聞き方なら、答えはもう決まっていた。


「待ちません」


ケラーが顔を上げる。


「ウェストリアが、こちらが動いた後に何をするかまで分かったわけではありません。そこを確実に知ろうとすれば、今度はこちらが何を考えているか見せることになる」


朝の外交担当者の言葉を思い出す。


「今分かったのは、ウェストリアが現在の継承危機へどう関わっているかです。アマーリエ殿下の下で安定することは望んでいる。金や船や物が向こうへ流れる余地もある。ただ、今の段階で世襲領全部を軍事的に保証する立場まで取っているわけではない」


カスパルは黙って聞いている。


「こちらが動けば、態度は強くなるでしょう。それは前提にします。それでも、まだ起きていない反応を完全に確定できるまで待つ、という条件にはしません。それだと時間を失ってしまう」


「承知しました」


カスパルは短く答えた。


ケラーが手元の報告を開く。


「他の外部条件については、今朝までに大きな変化はございません。フロレーヌはルートヴィヒ支持の外交を続けておりますが、選挙のために軍を帝国内へ入れたという報告はありません。ヴェリスラヴはザルヴァ川対岸の圧力を維持しておりますが、大規模渡河へ移ったと判断できる変化も確認されておりません」


一度に聞けば、それで十分だった。


ヴァルデンハイムは崩れていない。


アマーリエは統治を続けている。


ヴェリスラヴは東で圧力をかけているが、まだ戦争には踏み込んでいない。


皇帝選挙も進んでいる。


時間が経てば、どれかがこちらに都合よくなる保証はない。


むしろ、アマーリエが国内をまとめ、東の問題を片付ければ、今ある差は縮む。


前の会議でオスカーが言っていた。


今取らないことにも費用がある。


あの時は一つの意見として聞いた。


今は、その意味がよく分かる。


「ルートヴィヒ公の話も、陛下の判断を変えましたか」


カスパルが聞いた。


「少し」


地図の南側へ目を落とす。


「味方だとは思っていません。使節の言葉が、即位後までそのまま保証されるとも思っていません」


「でしょうな」


「でも、ヴォルフガングなら、ヴァルデンハイム家の帝国外領であっても早く停止を求める可能性が高い。ルートヴィヒは、少なくとも自動的に帝国全体の戦争へする考えではないと言った。その差はあります」


カスパルは否定しなかった。


机の上には、前の会議で使ったグライフェンの地図がある。


北から中央へ続く道。


レーデンブリュック。


ハーゲンフェルト。


西のエルツハイム。


その先に鉱山がある。


街道がある。


人が住んでいる。


取れば、王家が直接持てる土地と歳入になる。


欲しい。


そこはもう誤魔化せなかった。


国のためだけじゃない。


俺自身が、ファルケンマルクを今より大きく、強くしたい。


その機会が目の前にある。


しかも、その機会が生まれている理由も分かっている。


アマーリエが父親を失った。


国内の継承を片付けなければならない。


皇帝選挙もある。


東ではヴェリスラヴが圧力をかけている。


その全部を同時に抱えているから、こちらが先に動ける。


知らずに利用するわけではない。


知った上で利用する。


そこが一番気分の悪いところだった。


地図から顔を上げる。


「決めます」


カスパルとケラーがこちらを見る。


「ファルケンマルクは、グライフェン北部、中央部、西部の主要地域を自国領として獲得することを、正式に追求します」


口に出した後、カスパルはすぐに戦争の是非を聞かなかった。


代わりに地図へ目を落とした。


「では、アマーリエ殿下へ要求を出すことになりますな」


「はい。割譲要求の交渉を正式に求めます。最初から最後通牒にはしません」


カスパルが少し考える。


「最後通牒にしないことと、いつまでも返答を待つことは別ですな」


「ええ」


「期限を置かなければ、先方は返答を延ばすだけでも時間を稼げます。その間にグライフェンの守りを固められれば、前の会議で確認した初動差は縮みます」


そこは避けられない。


要求を送った時点で、アマーリエにはこちらの意図が伝わる。警戒も始めるだろう。


それでも今回の優位は、相手が何も知らないことだけに頼ったものではない。知ってから、各地の兵と物資をグライフェンへ集めるまでに時間がかかる。その差を使うつもりだった。


なら、外交に使える時間にも限りがある。


「要求を受け取ってから一昼夜以内に、少なくとも受けるのか、拒むのか、交渉を続けるなら何を対案にするのか、その骨子を返してもらいましょう。条約の細部までその時間で決めろという意味ではありません」


「期限を過ぎれば開戦、と書きますか」


「いいえ。そこまでは書きません」


カスパルがうなずく。


「では、返答が来なかった場合は?」


「急使が往復するのに必要な日数までは待ちます。遅延の可能性も見ます。ただ、それを過ぎても実質的な返答がないなら、交渉が進んでいないものとして判断します」


「延期を求めてきた場合は」


「理由と、どれだけ待てば答えられるのかを見ます。短い延期に意味があるなら考える。ただ『検討している』だけで何日も待つつもりはありません」


カスパルの視線が地図へ戻る。


「承知しました。では、返答を待つ間も準備は進める必要がありますな」


「はい。拒否されてから始めたのでは遅い」


「常備軍と中央管理の予備戦力だけ、準備段階を上げる。領軍の大規模招集はしない。国境へ向けた目立つ大移動も、まだ行わない」


カスパルが一息で整理する。


「南部の既存倉庫、荷車、飼料、交換馬の在庫を確認し、不足分を押さえる準備まで。部隊ごとの任務と経路は封印命令として作るが、実施命令は別にする。緊急信号は既定の準備段階符号だけ」


「その線でお願いします。国境は越えさせないでください」


「承知しました」


「財務も、前に確認した短期準備費の範囲です。振替制度の預り資産には触れない」


「そちらは私から財務へ確認します」


カスパルの仕事は、こういう時に早い。


何を決めたかだけでなく、何をまだ決めていないかまで実務へ落とす。


ケラーはしばらく書いていたが、最後に一度だけ読み上げた。


「グライフェン主要地域の取得を政策として追求。割譲要求を開始。交渉不成立に備え限定準備へ移行。開戦判断は未了――この整理でよろしいでしょうか」


「はい」


それで十分だった。


紙の上では短い。


でも、もう調査だけをしている段階ではなかった。





午後、アマーリエへ送る文書を整えた。


最初は、彼女から届いた公的書簡への返書だった。


マクシミリアンへの弔意。


アマーリエの下で政務が継続していることを承知したこと。


ヴァルデンハイムの国内継承へ、ファルケンマルクが不当に介入する意思はないこと。


従来の国家間関係を維持すること。


文案を読み終えた外交担当者が、最後に確認した。


「ヴォルフガング殿への支持要請には、どこまでお答えになりますか」


今度は、答えを曖昧にする理由はなかった。


「現時点では支持を確約できない、としてください。誰へ投票するかまでは書きません」


「承知いたしました」


それで公的返書は決まった。


次の文書は、同じ相手へ出すものとは思えないほど性質が違う。


グライフェン北部、中央部、西部主要地域。


レーデンブリュック、ハーゲンフェルト、エルツハイムを含む範囲について、ファルケンマルクへの割譲を目的とした正式交渉を求める。


地図も添える。


ホーエンヴァルト以南までは求めない。


それでも、グライフェンの大部分だ。


文案を見た外交担当者が、一か所で手を止めた。


「要求の表現ですが、『国境調整』とすれば少し柔らかくはできます」


「普通、その言葉でどのくらいの変更を指しますか」


「係争地や、小規模な境界変更にも使います」


「なら使わないでください」


相手がこちらを見る。


「この範囲を求めておいて、小さな境界整理のように書けば、最初から相手を馬鹿にすることになります。割譲を求める、とそのまま書いてください」


「承知いたしました」


最後通牒にはしない。


ただし、無期限にも待たない。


受領後一昼夜以内に、受諾するのか、拒否するのか、あるいは交渉を続けるための具体的な対案があるのか、その骨子を返すよう求める。


その時間で条約の細部までまとめろという意味ではない。


期限を過ぎれば自動的に開戦するとも書かない。


ただ、返答を引き延ばすだけでこちらの時間を使わせる余地は残さない。


外交担当者が文案を持って退出した後、机にはアマーリエの私信が残った。


これは人に書かせられない。


封を開き直す。


父親の最後の日々。


家の中の継承問題。


皇帝選挙。


ヴェリスラヴ。


最後の一行。


――あなた自身は、今回のことをどう見ていますか。


前に読んだ時は、答えが決まっていなかった。


今は違う。


だから、余計に書きにくい。


紙を引き寄せた。


最初に弔意を書こうとして、やめた。


弔意はもう公的書簡にある。


ここで同じ言葉を重ねれば、本当に答えたくないところを隠しているように見える。


問いに答えることにした。


あなたは、私自身が今回をどう見ているかと尋ねました。


ファルケンマルクにとって、同じ形では二度と来ないかもしれない機会だと見ています。


そこまで書いて、手を止める。


きれいな理由ならいくらでも並べられる。


国境の安定。


大陸の均衡。


将来の安全。


どれも関係はある。


でも、今日決めた理由を全部そこへ押し込めるのは違う。


土地が欲しい。


鉱山も、街道も、人口も欲しい。


王家が直接持てる基盤が欲しい。


そのために、彼女が一番忙しい時を使おうとしている。


続きを書く。


あなたが父上を亡くしたばかりであることも、国内の継承と皇帝選挙、東の国境を同時に抱えていることも分かっています。


知らずに、この要求を出しているわけではありません。


知った上で、それでも私はファルケンマルク王として、この機会を見なかったことにはできませんでした。


別の紙に書けば、少しはましな言葉になる気もした。


たぶん気のせいだ。


でも、これだけでは、彼女が父親のことを書いてきた手紙を、領土の話に使っただけみたいだった。


それも嫌だった。


少し迷ってから、最後に書いた。


父上の最後の日々を書いてくれたことへの返事は、今はうまく書けません。今日の要求の後では、何を書いても言い訳にしてしまいそうだからです。ただ、読んだことだけは伝えておきたかった。


そこでやめた。


今、これ以上書けば、たぶん言い訳になる。


署名する。


机の上には3通になった。


公的な返書。


領土要求。


私信。


全部、俺の返事だった。


「ルーカス」


呼ぶと、ほどなく入ってきた。


「はい、陛下」


「この3通は別々に封印します。同じ急使に持たせますが、公的な2通は通常の外交手続で。私信は本人宛の封書として扱ってください」


「承知いたしました」


ルーカスは封印前の文書へ不用意に触れないよう、机の脇で待つ。


書記が公文書を整え、俺は私信を自分で封じた。


3通が揃うと、ルーカスがそれぞれを受け取った。


「急使へ渡します」


「お願いします」


扉が閉じた。


返事が届くまでには日数がかかる。


だが、待つ時間は決めた。


急使が予定どおり進み、向こうが求めた範囲の返答をすぐ出すなら、こちらへ戻るまでの日数は読める。多少の遅れは見る。それを越えて沈黙が続くなら、沈黙そのものを拒否とは扱わなくても、交渉が進んでいないとは判断できる。


その間を何もしないで使うつもりは、もうなかった。


夕刻前、カスパルから軍務側の最初の準備文書が回ってきた。


完成した作戦命令ではない。


今日から始められる確認と準備だけだ。


南部の既存倉庫について、現在庫と通常支出予定を報告させる。


荷車と交換馬は、既存契約と王国側で確保できる数を洗い直す。


常備軍と中央管理の予備戦力には、休暇や補充の状況を含め、所定の準備段階へ移れるか確認させる。


高速機動戦力も出動ではなく、装備と馬の状態確認まで。


文書を読み進め、最後の欄で止まった。


緊急信号。


「これは準備段階の符号だけですね」


軍務側の実務者が答えた。


「はい。具体的な任務、経路、集合時刻は載せません。必要な封印命令は別に作成しておりますが、開封と実施の条件は今後の命令に従わせます」


「それで進めてください。国境を越える命令はまだ出しません」


「承知いたしました」


署名する。


実務者が文書を受け取り、外へ出ていった。


次の紙が机へ置かれる。


その頃には、アマーリエへの急使はもう王宮を出ていた。


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