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ある転生王の一代記  作者: アレグリア
第4章 二つの継承

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第48話

最初の知らせは、ヴァルデンハイムからではなかった。午後の政務が半ばを過ぎた頃、外交を担当する役人が、帝国内にいる駐在使節からの急報を持ってきた。


「マクシミリアン皇帝陛下が崩御されたとの情報が入っております。ただし、ヴァルデンハイム政府からの正式な通知はまだ届いておりません」


手元にあった文書から顔を上げた。


「情報源は?」


「最初は帝国内の一領邦からです。その後、別の駐在先からも同じ内容が届きました。いずれも、ヴァルデンハイムから来た使者が皇帝陛下の崩御を伝えた、としています」


一つなら誤報もある。二つでも、同じ元情報を聞いているだけかもしれない。


「商業経路では何か入っていますか?」


「今朝到着した商人の書簡にも、ヴィーネンで皇帝陛下が急に倒れられたという記述があります。ただ、死亡までは確認しておりません」


急に倒れた。その言葉だけで、嫌な感じがした。


マクシミリアンとは何度も会っている。最後に会った時も、年齢相応の老いはあったが、もう長くないと思わせる人ではなかった。


「死亡した可能性は高いと見ていいですね」


「はい。ただ、正式確認前でございます」


「分かりました。ヴァルデンハイムからの正式通知を待ちます。ただし、確認を待ってから情報を集め始める必要はありません」


役人が姿勢を正した。


「帝国内の各駐在先に、皇帝選挙に関する動きを確認させてください。それとヴァルデンハイム国内、フロレーヌ、ヴェリスラヴ、ウェストリアなどの各国の新しい指示や使節の移動、軍の目立った動きがあれば、出所と確認した日を付けて送るように」


「承知いたしました」


「ケラーにも回してください。届いた順ではなく、現地で確認された順に並べたい」


役人は一度だけ目を瞬かせた後、すぐに頭を下げた。


「エルンスト・ケラーに、各方面の報告を横断して整理させます」


正式な弔意の文書を出すのは、ヴァルデンハイムから通知が来てからでいい。だが、もし本当に死んだのなら、大陸のあちこちで同じことを考えている人間がいる。次の皇帝を誰にするのか。


アマーリエは父の領地を継げるのか。ヴァルデンハイムが抱えていた約束や均衡は、誰が引き継ぐのか。それから――今なら何を取れるのか。


最後の一つは、考えた自分に少し嫌な感じがした。でも、考えなかったことにはできない。


「陛下」


退出しかけた役人を呼び止めた。


「はい」


「死因について噂が出ても、今は追わなくていいです。必要なのは、亡くなったことが事実かどうかと、その後に誰が何を始めたかです」


「かしこまりました」


扉が閉じる。机の上には、さっきまで読んでいた国内の報告が残っていた。数分前までは今日中に判断すべき仕事だったのに、急に遠く見える。


もちろん、遠くなったからといって消えるわけではない。俺は元の文書を引き寄せた。正式な知らせが来るまでは、まだ今日の政務を止める理由はなかった。


それから届く報告の量が増えた。皇帝崩御の情報自体は、ほどなくして疑う余地がほとんどなくなった。帝国内の複数の領邦が弔意を準備し、皇帝位空位を前提に使節を動かし始めている。


ただし、ヴァルデンハイムからアルテンフェルス王家宛ての正式な通知は、まだ届いていなかった。ある朝、ケラーが分厚い束を抱えて執務室へ入ってきた。


以前なら、外国の情報について国王へ直接報告する立場ではなかった男だ。今も正式な外交官でも軍人でもない。けれど、外交官が書いた報告と軍人が送った報告と商人の手紙を、同じ机の上で比べる仕事なら、彼ほど向いている人間はそういない。


「陛下。現時点で時点を合わせられたものだけ持参いたしました」


「お願いします」


ケラーは座る前に、一番上の紙の作成者と日付を確かめた。それから何枚かを机の上へ分けて置く。


「まずヴェリスラヴです。大河国境付近で部隊移動の報告が増えております。国境守備の通常交代だけでは説明しにくい移動が複数あります」


「どのくらい前からですか?」


ケラーはすぐには答えず、紙を一枚抜いた。


「そこが問題です。王都へ報告が届いた日は遅いのですが、現地で確認された日はこちらです」


指で示された日付を見る。思わず、もう一度見た。


「早くないか?」


「私もそう考え、到着日と観測日を取り違えていないか確認しました。軍務側の原報でも同じです」


マクシミリアンが死んだという情報が、こちらへ届いたのとほとんど変わらない時期だ。しかも移動しているのは兵だけではない。


「馬と荷車の増加。食料集積……」


「はい。ただし、大規模な渡河資材の集積は現在のところ確認されておりません。即時侵攻と判断できる材料はありません」


別の紙には、ヴェリスラヴ側の外交官が大河の航行、河川関税、係争中の中洲と河岸、軍事施設について協議を求めているとあった。


「これも早いですね」


「文書の作成日は確認できません。ですが、要求項目そのものは以前から存在する国境懸案と一致します」


俺は椅子へ背を預けた。崩御の速報や定型の警戒命令だけなら、光の中継で短時間に広げられる。だが、死去を聞いてから会議を開き、要求内容を決め、軍と外交の具体的な命令を整え、現地で兵や馬や荷車や食料を実際に動かす。その全部をやってから、この速度で集積まで進むのは無理がある。


「死んでから考えたんじゃないな」


ケラーは少しだけ視線を上げた。


「その可能性が高いと考えます。ただ、事前にどこまで具体的な命令が準備されていたかまでは確認できません」


「それでいいです。そこは推測のままにしておきましょう」


マクシミリアンがいつ死ぬか知っていた、という話ではない。死んだ時に何をするかを決めていた。


それなら不思議でも何でもない。隣国の老君主が死ねば大きな空白ができる。国境に長年の揉め事まであるなら、考えておかない方がおかしい。


ケラーが次の紙を置いた。


「フロレーヌにも早い動きがあります。フィリップ王がルートヴィヒ・フォン・アルンベルクを支持する方向で、複数の選帝侯宮廷へ使節を入れています」


「これも、崩御後すぐですか?」


「はい。少なくとも使節の一部は、出発準備にほとんど時間を要していません」


思わず息が漏れた。


「みんな用意がいいな」


ケラーは笑わなかった。冗談だと思わなかったのだろう。それでいい。


こっちだって、近隣国の王が死んだ時に何が起きるかくらいは考える。考えるのと、実際にそこから利益を取りに行くのは別だが、ヴェリスラヴのアレクセイも、フロレーヌのフィリップも、その境目が早い。


「ウェストリアは?」


「大規模な陸軍移動は確認できておりません。海上・商業面については情報がまだ揃っていませんので、現時点で動いていないとは申し上げられません」


「分かりました」


大国の中だと一番離れてはいるから、まずは様子見の姿勢なのだろうか。


「皇帝選挙は?」


「確実性の高い情報だけなら、まだ陣営を数えられる段階ではございません。ただ、ルートヴィヒ殿とヴォルフガング・フォン・エルレンシュタイン殿を中心に動き始めています。アルテンフェルスの態度を探る問い合わせも、すでに2件入っております」


俺たちも選帝侯だ。9つの票のうち1つ。普段なら、一票は一票でしかない。


だが、割れている時の一票は重くなる。


「問い合わせには、まだ答えなくていいです」


「承知いたしました」


「それから、各国の報告は引き続き観測日を基準に並べてください。誰が最初に何を知ったかまでは無理でも、誰がいつ動き始めたかは見たい」


ケラーは紙の端へ短く書き込み、束をまとめた。


「同じ基準日で比較できるようにします」


彼が退出した後も、ヴェリスラヴとフロレーヌの報告だけは机に残した。二つとも、皇帝の死を悼むには動きが早すぎる。いや、悼んでいないという意味ではない。


悼むことと、動くことは同時にできる。王なら、たぶんそれが出来ないといけないのだろう。


ヴァルデンハイムの使者が王宮へ到着したのは、その後だった。儀礼を伴う使節団ではなく、国王宛ての書簡を届けるための使者だった。封書は2つあった。


一つは、ヴァルデンハイムの公的な封印がされたもの。もう一つには、見覚えのある筆跡で俺の名が書かれていた。


「こちらが正式書簡、こちらがアマーリエ殿下から陛下個人への書簡とのことでございます」


侍従から受け取り、まず公的な方を開いた。冒頭に書かれていたのは、マクシミリアンの死だった。すでに知っていた事実なのに、アマーリエの名で正式に書かれた文を見ると重さが変わった。


これで噂でも速報でもない。皇帝マクシミリアン・フォン・ヴァルデンハイムは死んだ。


その後には、ヴァルデンハイムの政務を自分の下で継続していること、国家間の関係をこれまで通り維持したいことが書かれていた。国内の継承手続については外部からの介入を望まないともある。そこまでは予想の範囲だった。


問題は次だ。


「ヴォルフガング支持か」


アマーリエは、次期皇帝としてヴォルフガングを支持し、アルテンフェルスの選帝票も同じ方向へ向けてほしいと求めていた。理由には帝国秩序の継続とある。なるほど。


父親の皇帝位まで自分が継ぐことはできない。ヴァルデンハイム王朝に帝冠を残すなら、男系傍系のヴォルフガングを立てるしかない。手紙の末尾近くには、ヴェリスラヴが大河国境で軍を動かしていることにも短く触れられていた。


軍事援助の要請はない。俺はそこをもう一度確認した。ない。


「カスパルを呼んでください」


公的書簡なら、国王個人の感想だけで処理するものではない。ほどなくしてカスパルが入り、向かいの席へ腰を下ろした。渡した書簡を最後まで読み、すぐには口を開かない。


「どう見ます?」


「まず、殿下が政務を自分の下で継続させていることは分かります。少なくとも、この文面からは国外へ保護を求めているようには見えません」


「私もそう思います」


「ヴォルフガングへの投票要請については?」


カスパルは書簡を机へ置いた。


「皇帝選挙だけを見れば、ヴァルデンハイムの要求として不自然ではございません。ただ、アルテンフェルスが同じ候補を支持することが我が国の利益になるかは、別に判断する必要があります」


「そうですね」


アマーリエが困っているから一票。そんな決め方はできない。逆に、彼女から頼まれたから反対する理由もない。


「返答は保留します。正式な弔意と、マクシミリアン陛下の崩御を受けた国家間関係の継続については先に整えてください。ただし、選帝票への回答は入れないでください」


「承知いたしました。ヴォルフガング殿支持への回答を除いた文案を用意させます」


その確認なら分かりやすい。


「お願いします」


カスパルが席を立ち、扉へ向かう。机の上には、もう一通が残っていた。カスパルも気づいていたはずだが、何も聞かなかった。


扉が閉じるのを待って、私信の封を切った。


――父が亡くなりました。


最初の一文は、公的書簡と同じ事実だった。その後が違った。最後に会った時も、いつも通りだったこと。


襟が曲がっていたから直したら、皇帝には誰もそういうことを言ってくれないと父親が笑ったこと。そこで一度、読む手が止まった。俺の父は、病気だった。


死んだことがつらくなかったわけじゃない。今でも、ふとした瞬間に父上がいる前提で考えてしまうことはある。でも俺には、父が弱っていく時間があった。


政務を引き受ける時間もあった。医者が出入りする理由も知っていた。


覚悟ができていた、とまでは言わない。そんなものが本当にできるのかは、今でもよく分からない。ただ、朝まで普通に話していた父親が、その日のうちに倒れて、そのまま戻ってこなかったわけではない。


同じではなかった。アマーリエの文は、父親の話だけでは終わらなかった。自分の継承を支持しながら、従来の権利を確認したいと求める者がいる。


反対しているわけではないのに、正式な手続が終わるまで忠誠を誓えない領域もある。ディートリヒ・フォン・ケルンブルクは、アイヒェンベルク伯領についてだけ正式な審理を求めてきた。ヴェリスラヴは軍を集めながら、航行や関税の話を出している。


フロレーヌはルートヴィヒを支持している。事情を聞けば、それぞれがなぜそうするのかは分かる。分かるたびに、決めなければならないことが増えている気がする。


そこまで読んで、少しだけ笑いそうになった。笑うところではない。ただ、いかにもアマーリエらしかった。


相手が何を言っているかだけじゃなく、なぜ言っているのかまで考えて、それで仕事が減るどころか増えている。最後の方に、皇帝位のことがあった。


自分自身は皇帝候補にはなれない。王朝に帝冠を残すなら、ヴォルフガングを支持するしかないと思っている。そして最後に、一行。


――あなた自身は、今回のことをどう見ていますか。


紙を机へ置いた。どう見ているか。今なら、いくらでも書ける。


父親が突然いなくなった後に仕事まで全部止める必要はないこと。何でも自分一人で決めなくていいこと。眠れる時に寝た方がいいこと。


父親を失った経験だけなら、俺にもある。でも、たぶんアマーリエが聞きたいのはそれだけじゃない。ヴォルフガングを支持するのか。


ヴェリスラヴをどう見るのか。フロレーヌはどこまで動くのか。アルテンフェルスは何をするのか。


その答えを、俺はまだ持っていなかった。いや。持っていないというより、まだ一つにしていない。


個人的に返したい言葉ならある。国王として返す言葉は、まだ決められない。俺は返書用の紙を出しかけて、やめた。


先に見るものがある。


***


大陸地図を広げると、いつもの机では足りなかった。別室の大きな卓を使い、カスパルとケラーにも来てもらった。


軍務や財務の担当者までは呼んでいない。まだ何かを実行するための会議ではなく、今起きていることを同じ地図の上へ置くためだった。ケラーが持ってきた報告は、国ごとではなく時点ごとに整理されていた。


「ヴァルデンハイム国内について、国家機能が停止したとの情報はありません。継承をめぐる手続や異議が複数あることは確認できますが、内戦や大規模な反乱を示す報告も現在のところございません」


「アマーリエ殿下の書簡とも一致しますね」


カスパルが言った。


「ええ。少なくとも、崩れてはいない」


俺はヴァルデンハイムの領域を指で追った。父親が死に、娘が世襲領を継ごうとしている。ただし、複合君主国だから全部が一つの手続で終わるわけではなく、皇帝位は空いたままで、そちらは選挙になる。


「選帝侯の現在の票読みは?」


ケラーが紙を一枚選んだ。


「確定表明だけでは数えられませんが、外交報告を総合すると、ルートヴィヒ殿が3、ヴォルフガング殿が3、残り3が未確定という見方が複数あります。幅のある推定ですが、現段階では最も整合します」


「3、3、3か」


9人中5票で当選。きれいに割れている。その未確定側に、俺たちがいる。


「リューネンベルクは?」


「ヴォルフガング殿へ傾いているとの報告があります。ただし、正式な確約は確認できません」


ゾフィーの実家だからといって、アルテンフェルスと同じ投票をするわけではない。当然だ。選帝侯は婚姻の付属品じゃない。


「フロレーヌ」


俺が言うと、ケラーが別の紙へ移った。


「ルートヴィヒ殿への支持工作を継続しています。東方部隊にも動きがありますが、帝国内へ進駐したという報告はありません」


「ヴェリスラヴ」


「大河対岸への集積は継続。外交要求も維持されています。現段階で大規模渡河は確認されていません」


「ウェストリア」


「陸軍の大規模移動は確認できません。金融・海運・保険を含む商業面は、情報の時点差が大きいため評価保留です」


カスパルが地図の西側を見た。


「ウェストリアのエドワード王が何もしていない、と考えるのは早いでしょうな」


軍を動かさないのと、何もしないのは違う。フロレーヌは皇帝選挙へ、ヴェリスラヴは大河へ動き、ウェストリアの動きはまだ見えない。ヴァルデンハイム国内では継承手続が続いている。


全部、別々の話に見える。でも中心にあるのは一つだ。マクシミリアンが死んだことで、今まで彼を前提に組まれていたものが一斉に動き出した。


俺は地図の北西寄りへ目を移した。アルテンフェルスと、その国境の向こう。


「グライフェン」


口にすると、カスパルの視線がこちらへ動いた。ケラーも紙から顔を上げる。誰もすぐには何も言わなかった。


グライフェンは、名前だけなら今さら珍しくない。


ヴァルデンハイムの非帝国世襲領の一つで、ファルケンマルクと接している。森林、鉱山、金属資源、河川と街道。北部から中央へ続く人口と経済のまとまりもある。


国境をめぐる小さな問題なら、これまでもあった。ただ、今まで「取る」という前提で見たことはなかった。


「ヴァルデンハイム軍の状況は?」


「全体の動員状況は確認できておりません」


ケラーは即答せず、軍務報告の束を確認した。


「グライフェン方面だけを見ても、平時配置から大きく増えたと断定できる情報はありません。ただし、皇帝崩御後の命令系統や増援準備については情報不足です」


「国内で継承の揉め事があるから、軍が動けないと見ていいでしょうか」


カスパルの質問は俺ではなく、ケラーへ向いた。ケラーは少し考えた。


「そこまでは言えません。手続が重なっていることで判断や命令が遅れる可能性はあります。しかし、外国から攻撃を受けた場合まで各勢力が別々に動くと推定できる根拠はありません」


「そうだよな」


むしろ逆だ。家の中で遺産の取り分を争っていても、外から泥棒が入れば一緒に追い出す。ディートリヒがアイヒェンベルクを欲しがっているからといって、ファルケンマルク軍を歓迎する理由にはならない。


アマーリエに条件を出している貴族も同じだ。


「弱いわけじゃない」


俺が言うと、カスパルがこちらを見る。


「ヴァルデンハイムですか?」


「はい。弱くなったというより、今は同時に処理するものが多い。国内継承、皇帝選挙、ヴェリスラヴ、フロレーヌ。その全部に人と時間を使っている」


言いながら、少し引っ掛かった。どこかで見た構図だ。俺は地図を見たまま黙った。


皇帝が死に、娘が世襲領を継ぐ一方で、帝位は別に動く。さらに周辺国が継承の揺れを見て領土へ手を伸ばす。そこまで並んで、ようやく記憶がつながった。


「……1740年か」


カスパルとケラーには意味が分からない。当然だ。声に出したことに気づき、俺は軽く首を振った。


「すみません。少し考えます」


二人とも何も聞かなかった。助かる。


前世で歴史を教えていた頃、何度も見た流れだった。1740年、カール6世が死んだ。娘のマリア・テレジアがハプスブルク家の世襲領を継ぐ。


けれど、神聖ローマ皇帝位は世襲領と同じようには継げない。そこへプロイセンのフリードリヒ2世がシュレージエンへ侵攻した。やがて争いには、ほかの列強も加わった。


ただ、目の前の地図をオーストリア継承戦争の地図に見立てるのは簡単すぎる。アマーリエはマリア・テレジアではない。ヴァルデンハイムはハプスブルク領そのものではない。


この帝国の選挙制度も、列強の配置も違う。何より、今のところヴァルデンハイムは崩れていない。アマーリエには支持する人間がいる。


行政も動いている。軍も消えていない。


ヴェリスラヴとフロレーヌだって、手を組んでヴァルデンハイムを潰そうとしているわけじゃない。それぞれ別のものを欲しがっている。同じではない。


でも、一つだけ無視できないところがある。君主が交代した直後には、継承、軍、金、外交、制度と、普段なら順番に処理できる仕事が一度に来る。その間に、外から先に準備していた国が動けば短い時間差ができる。


前世で起きた結果を知っているからといって、この世界の先まで分かるわけじゃない。


だが、ヴェリスラヴの動きを見れば分かる。アレクセイは、その時間差を使おうとしている。フィリップもだ。


だったら、ファルケンマルクだけが「何が起きるか見てから考える」でいいのか。視線が、またグライフェンへ戻った。


人口と街道、河川、鉱山、金属、森林。ファルケンマルクが中規模国のままでいる限り、法や正しさだけでは押し返せない相手がいることは、ずっと前から知っている。


グライフェンを取れば、その天井を押し上げられる。そこまで考えて、アマーリエの私信が頭に浮かんだ。あなた自身は、今回のことをどう見ていますか。


最悪だな、と思った。彼女が一番大変な時に、俺は彼女の領地を見ている。それでも、目を逸らして国王の仕事をしたことにはならない。


「カスパル」


少し離れたところで資料を読んでいたカスパルが顔を上げた。


「はい」


「検討したいことがあります」


「何でしょうか」


俺はグライフェンを指した。


「もしファルケンマルクが、グライフェンの一部を自国領として獲得しようとするなら、実際に可能なのかを知りたい」


カスパルの表情は変わらなかった。ただ、持っていた紙を机へ置いた。


「陛下は、軍事力による獲得の可能性まで含めて検討するよう命じられる、という理解でよろしいでしょうか」


「そうです。ただし、開戦命令ではありません。軍を動かす命令でもない。まず、できるのか、やった場合に何が起きるのかを知りたい」


「検討範囲は軍事だけでは足りませんな」


「財政、補給、外交。皇帝選挙への影響も。取った後に保持できないなら意味がないので、占領後の行政負担も見たいです」


カスパルは一度、地図へ目を落とした。


「軍務、財務、外交から責任ある者を集めます」


「お願いします。ただし、まだ検討です。外へ漏れて軍が動き始めるようなことは避けてください」


「承知いたしました。会議の目的は実行準備ではなく、実行可能性と条件の確認として設定します」


次にケラーを見る。


「ケラーは、会議までに情報の時点をもう一度揃えてください。ヴァルデンハイムの動員、グライフェン方面、ヴェリスラヴ、フロレーヌ、ウェストリア、皇帝選挙。全部を同じ時点で見たい」


「完全に同日へ揃わないものは、その差が分かるようにいたします」


「それで十分です」


二人が資料をまとめ始める。地図の上には、国境線が残った。さっきまでと同じ線なのに、見え方だけが変わっている。


俺は机の端に置いていたアマーリエの私信を手に取った。返事は、まだ書けない。少なくとも、彼女が求めた選帝票について、自分が何をするのかも決めていないうちに「あなたの状況は分かる」とだけ書く気にはなれなかった。


封書を折り直して脇へ置く。その隣で、カスパルが会議に必要な担当を書き出していた。俺はもう一度、地図のグライフェンへ目を戻した。


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