第41話
結婚した夏が過ぎ、朝の空気に少し冷たさが混じるようになった頃、ケラーが3冊の帳簿を抱えて政務室へ入ってきた。
「東部王領の分です。昨冬から今年の収穫まで、ようやく一続きで追えるところまで揃いました」
俺は手を止めた。
19歳の夏、休耕予定の直営地へカブを播いた場所だ。その年の晩秋には収穫し、牛と羊が実際に食べるところまでは確認した。だが、見たかったのはその先だった。
「冬を越した家畜まで出たか」
「はい。干草と藁の使用、冬の途中で減らした家畜、春まで残した家畜、それから糞肥と今年の作付けまで、粗いところはありますが追えます」
帳簿はきれいではなかった。
干草を束で数えた年もあれば、荷車何台分としか残っていない年もある。糞肥も重量ではなく、畑へ運んだ荷車の回数で記録されていた。
それでも、流れは見えた。
カブを飼料へ回した試験側では冬の終わりまで飼料に余裕が残り、前年までなら秋か冬の途中で減らしていた牛と羊の一部を春まで維持できた。干草と藁の使用も減っている。
「ただし、冬の寒さが前年より少し緩かったので、全部をカブの効果とは見ていません」
「そうか」
帳簿の端には、前年冬に買い足した干草の記録もあった。昨年はその量が少ない。春先に残っていた飼料も、以前より多い。記録の取り方が揃っていない以上、数字を横一列に並べて比率を出す気にはならないが、現地で起きたことは十分に追える。
「家畜を残したことで、春以降の支出は増えていないか」
「飼料代だけなら増えていません。むしろ冬の追加購入は少なく済んでいます。ただ、世話をする家畜が残った分、人手は少し増えています」
「売った分は?」
「春以降に回ったものがあります。乳や羊毛も含め、直営農場全体の差引は前年より良いです。ただし、これも市場価格が同じではありません」
俺はその欄へ目を止めた。
王領収入が増えた、という一文だけなら簡単だ。だが、何が増え、何を余計に使ったのかまで追わなければ、来年同じことをしたときに役に立たない。
ケラーが次の紙を出した。
春まで残した家畜から集めた糞肥を多く入れた区画では、今年の作物の出来が同じ直営農場の別区画より良かった。ただ、土地も天候も完全には同じではない。
冬を越した家畜がいる。糞が出る。それを畑へ戻し、今年また作物が育った。
2年前に頭の中でつながっていた矢印が、ようやく1周した。
「保存の方も、今年の入庫分で結果が続いています」
ケラーはもう1冊を開いた。
「設備の悪い倉は差が小さいですが、乾燥、通風、確認、傷んだ穀物の分離、鼠の侵入口の補修を続けている倉では、廃棄へ回す量が前年までより少ない状態です」
「新しいやり方は?」
「特にはありません。現場で前から知られていたことを続けています」
どれも、この国ですでに知られていた仕事だ。それを続けた結果、捨てる穀物は減った。
倉から捨てる量が減れば、その分だけ備蓄へ残せる。市場で買い戻す量を減らせる年もある。王領が売りに回せる余裕が増える年もある。小さな差でも、毎年積み上がれば無視できない。
それに、今回のカブの話は倉だけで終わらない。畑で育てたものが家畜へ入り、家畜から出たものが畑へ戻る。そこまでつながったなら、俺が見たかったものはもう帳簿の中だけではなかった。
俺は帳簿を閉じた。
「現地へ行く。できれば明日だ」
ケラーが一度瞬いた。
「準備はできます。現地へは本日のうちに知らせます」
「大げさな迎えはいらない。農場を見たい」
***
翌朝、出発前にハインリヒの部屋へ寄った。
最近、彼の机には教本だけでなく短い行政文書が混じるようになっている。まずは、読める範囲の報告を1つ渡し、何が書いてあるかだけでなく、何が足りないかを考えさせていた。
その日は王領の小さな倉の修繕申請が広げられていた。
「どうだった」
「修繕した方がいいと思います」
「それは俺も思う。これだけで決めろと言われたら、何が足りない?」
ハインリヒは紙へ目を戻した。
「前にも同じところを直しているのかが分かりません」
「他には?」
「今すぐ直さないと、どのくらい穀物が傷むのか。それと、この倉を今後も使うのか」
「そこまで書いておけ」
「これでいいのですか」
「担当へ聞きたいことが増えただろう。それでいい」
俺は別の薄い報告書を机へ置いた。
「こっちは急がない。戻るまでに読んでおいてくれ」
「また、足りないものを探すのですか」
「まずはな」
「兄上は答えを教えてくれないのですね」
「答えが1つあるなら教える」
ハインリヒは納得したような、していないような顔で紙を受け取った。
「兄上は、こういう紙を全部読むのですか」
「全部は無理だ。担当で処理できるものは担当で終わる」
「では、なぜこれは兄上のところまで来たのですか」
俺は倉の修繕申請を見た。
「金額が一定以上だから承認が要るのと、今年は保存改善をやっているからだ。同じ修繕でも、今は結果を見たい」
ハインリヒはそこで初めて、紙の上部に付いた小さな印を見た。担当部署が、保存改善の対象倉だと分かるように付けたものだ。
「読む理由も、紙だけでは全部分からないのですね」
「そういうこともある」
彼は少し嫌そうな顔をした。
その反応には覚えがある。俺も今でも面倒だと思う。
廊下ではルーカスが出発用の上着を持って待っていた。
「予定より少し長くなりましたね」
「ハインリヒに政務を教えていた」
「まだ出発には間に合います」
ルーカスは上着を差し出した。
***
東部王領へ向かう道は、2年前にも通った。
そのときは夏だった。今回は刈り取りを終えた畑が増え、低いところにはまだ湿り気が残っている。俺はトラウムライゼに乗り、ルーカスと護衛が続いた。ケラーは帳簿を積んだ馬車だ。
王領へ着いたのは日が傾き始めた頃だった。
農場監督は2年前と同じ男だった。俺の顔を見るなり深く頭を下げたが、歓迎のために人を並ばせることはしていなかった。先に伝えた通りで助かる。
馬を預けて建物へ向かう途中、収穫を終えた畑の脇を荷車が通った。袋を積んだ荷車、干草を運ぶ者、柵を直す者。国王が来ても、農場の一日は止まらない。
その夜、宿泊用の部屋でケラーの帳簿をもう一度見た。
播種。収穫。飼料。冬越し。糞肥。今年の作物。
俺が最初に決めたのは、休耕予定の一角で比べてみろというところまでだった。
その先を回したのは、この土地の人間だ。
本格的に畑を見たのは翌朝だった。
最初は牛舎から回った。
扉を開けると、乾いた藁と獣の匂いがまとまって押し寄せた。農場監督は牛舎の中央を歩きながら、前年冬の話をした。
「こちらの何頭かは、以前なら秋のうちに売るか潰していた牛です。干草だけでは冬を越させにくかったので」
「カブを足して残した?」
「はい。収穫して量を見てから、残せると判断した分だけです」
収穫前から家畜を増やさない。試しに失敗しても農場全体を巻き込まない。
2年前に決めた線は守られていた。
羊の囲いも見た。こちらも、飼料に余裕が出た分だけ冬を越させたものがいる。全部を残したわけではない。弱いものや飼料を食う割に残す意味の薄いものは、これまで通り秋までに減らしていた。
「カブがあるから全部残す、ではなかったんだな」
「はい。残しても餌代ばかり掛かるものまで抱えるつもりはございませんでした」
監督の返事は早かった。
羊の囲いを離れ、裏手の干草置場へ回った。去年は冬の終わりに外から買い足した束がここまで積まれていたという場所に、今年は空きが残っている。帳簿の数字より、この空間の方が分かりやすかった。
その次に、糞肥を集めている場所へ回った。
見栄えのいいものではないし、匂いもきつい。
それでも俺は嬉しかった。
「春に畑へ運べた量は、以前より増えています」
農場監督が言った。
「どこへ入れた?」
「こちらです」
2年前にカブを播いた試験区は、もうカブ畑ではなかった。杭の一部だけが残り、今年の作物を収穫した跡になっている。
監督が、春に糞肥を多く入れた区画を示した。
「こちらの方が、今年は出来が良うございました。帳簿にも差はあります。ただ、土も全く同じではありません」
ケラーが紙を広げる。播いた時期、雨、作業人数、肥料を入れた時期。分からない欄もある。
俺は畑と紙を交互に見た。
「来年もここだけで見る?」
ケラーはすぐ答えず、農場監督を見た。
「同じ場所も残した方がよいと思います。ただ、上の畑と下の湿る畑では様子が違います。ここで良かったものを全部へ広げるのは怖うございます」
監督は話しながら、畑の端に立っている男へ声を掛けた。
「去年、下の区画はどうだった」
「雨の後に2度、水を抜きました。それでも端は遅れました」
男は土の色が変わっているところを指した。そこだけ草の残り方も違う。
報告書で『排水不良』と読むより、ずっと分かりやすかった。
下手側へ歩く。
そこは少し低く、表面が乾いていても靴の踵が沈む場所があった。畑の端の浅い溝は途中で崩れ、水が流れる線が途切れている。
「大雨の後は、この辺りに水が残ります」
監督が言った。
「ここは作物を増やす前に、水を抜く方を試したい」
「溝を掘り直す程度なら冬の間にもできます」
「条件の近いところで、今のままの区画と直す区画を残して比べよう」
さらに高い方へ戻ると、今度は乾きやすい軽い土があった。
クローバーとジャガイモが頭に浮かんだ。どちらも既に作られている。ここで考えるべきなのは、どこへ入れるかだ。
「来年、飼料用のクローバーを少し試せる直営地はあるか」
「候補はあります。家畜へ食わせるなら、干草にするやり方も見ないといけません」
「それも記録しよう。ジャガイモは?」
「作っている家はありますが、この辺りでは主な作物ではありません」
「なら、条件の違う直営地で少しだけ比べてくれ。全部を同じ土地へ入れる必要はない」
ケラーが確認した。
「来年の試験は、作物と排水を場所ごとに分けて候補を出す、という理解でよろしいでしょうか」
「そうしてくれ。知りたいのは、どの土地で何が役に立つかだ」
「承知しました」
昼は農場の建物へ戻り、パンと肉、チーズで簡単に済ませた。
食べながら、監督がクローバーの候補地を地図代わりの粗い図で示した。
「こちらなら直営地です。ただ、この先の休耕地は村の共同利用ですので、同じようにはできません」
「牛や羊を入れているところか」
「はい。あそこを畑にしますと、村側の放牧が減ります」
2年前にも聞いた話だ。
前世で知っている農業革命を、そのまま持ち込めば済むなら簡単だった。休耕地へ飼料作物を入れ、家畜を増やし、肥料を増やす。図だけならきれいにつながる。
だが、この土地では休耕しているから誰も使っていない、とは限らない。牛や羊を入れる権利があり、その草を当てにして冬を越している家もある。
「共同利用地は触らない。まず直営地でやろう」
「承知しました」
「村の方で自分から試したい家が出たら、それは止めなくていい。種や費用を王領が負担する試験とは分けてくれ」
監督は頷いた。
ケラーが横から、候補地の記録をどう揃えるか尋ねる。監督は畑の広さならおおよそ分かるが、作業時間は細かく残していないと答えた。
「今年からでいい」
俺は言った。
「昔の数字を作るより、来年比べられるようにしてくれ」
食事を終える頃には、次に見る場所が決まっていた。
畑を離れる前に、保存改善を続けている倉も見た。
扉を開けると、穀物と木の匂いがした。床板には新しく替えたところがあり、壁際には鼠の侵入口を塞いだ跡が残っている。管理人は、入庫前に十分乾かせなかった穀物を別に置く場所を指した。
「怪しいものを最初から分けるようにしてから、奥まで傷むことが減りました」
「作業は増えたか」
「増えました。ただ、傷んだ袋を後から何十と運び出すよりはましです」
棚の隅には、今年廃棄へ回した穀物を記録した板札が下がっていた。去年より少ない。隣の倉でも同じ傾向が出ているという。
大きな発明はない。
湿ったまま入れない。風を通す。傷みを見つけたら広がる前に分ける。鼠が入る穴を塞ぐ。
どれも、それだけなら誰かが昔から知っていたことだ。
だが、知っている場所だけで終わらせず、記録して、別の倉でも続けた。結果として捨てる量が減った。
倉を出ると、農場監督が今年の備蓄について説明した。収穫自体が特別な大豊作だったわけではない。それでも廃棄が減り、冬越し家畜の飼料にも余裕が出たため、直営農場の会計には以前より余裕がある。
2年前にはなかった余裕が、ここにはできていた。
視察を終え、王領の境に近い道を馬で進んでいると、畑の端に見覚えのある葉が見えた。
俺は手綱を引いた。
「止めてくれ」
道脇の小さな畑だった。
王領直営地ではない。家の近くに何列か、カブが植えられている。
農場監督が追いつく。
「こちらは農民保有地です」
「王領から種を渡したのか」
「いいえ」
「作れと命じた?」
「それもございません」
近くで作業していた男が、俺たちに気づいて帽子を取った。
「それは家畜用か」
「はい、陛下」
「直営地の話を聞いて、自分で始めたのか」
「いいえ。去年、直営の方で牛に食わせたと聞きまして。冬の干草が足りなくなる年がありますので、家の分だけ試しております」
「去年も?」
「去年はもっと少しでした。今年は牛が食べましたので」
俺は畑を見た。
列はきれいではない。大きさも揃っていない。
でも、ここに王命の紙はない。
「周りにもいるのか」
農場監督が答えた。
「数軒ございます。まだ大きくはありません」
「そうか」
男は、俺が何を喜んでいるのか分からないらしく、まだ緊張した顔をしていた。
「失敗した分はあるか」
「春に早く播いたものは、雨の後に傷みました。家の近くの方は残りましたが」
「なら、その違いは覚えておいた方がいい」
「はい」
俺が言うまでもなく覚えているだろう。自分の家畜の餌なのだから。
妙に嬉しかった。
命令しなくても、得だと思えば自分で試す。
「種はどこで手に入れた」
「村の者同士で分けました。最初に多く作った家から少し買った者もおります」
農場監督も、農民の説明に頷いた。種まで村の中で回っていた。
「牛は食べたか」
「はい。ただ、うちではまだ干草を減らせるほどではありません。もっと作るなら、畑をどこまで使うか考えないと」
男は緊張しながらも、そこだけははっきり言った。
王領でうまくいったから、そのまま全部真似したわけではない。自分の土地と餌の量を見て、まだ小さく試している。
俺は礼を言い、馬へ戻った。
しばらく進むと、ルーカスが横へ来た。
「ずいぶん嬉しそうですね」
「分かるか」
「分かります」
「勝手に増やしてた」
「農民も損はしたくないでしょうから」
「そうなんだけどな」
言葉にすると当たり前だった。
王宮から紙を出し続けなくても、役に立つと分かったものが人の手で勝手に動き始める。もちろん、どこまで広がるかは分からない。だが、少なくともあの数列のカブは、俺が命じて植えさせたものではなかった。
その当たり前が、今はとてもありがたかった。
***
王都へ戻ったのは翌日の夕方だった。
夕食の席にはゾフィーがいた。
「冬を越した」
席へ着くなり言うと、ゾフィーが瞬いた。
「何がですか」
「カブを食わせた牛と羊だ。去年なら減らしていた分を一部残せた。それで糞も増えて、その肥料を入れた畑は今年の出来も良かった」
「本当に続いたのですね」
「ああ。保存の方も続いてる。捨てる穀物が減った倉が、今年もちゃんとあった」
料理が運ばれてきたが、俺はそのまま話した。
湿る低地では排水を先に試すこと。乾きやすい直営地ではクローバーやジャガイモを小さく比較すること。何より、王領の外で農民が自分からカブを増やしていたこと。
途中でゾフィーが俺の皿を見た。
「レオン」
「何だ」
「食べながらでも話せます」
見ると、俺だけほとんど手を付けていなかった。
「そうだった」
「農場では食事をされたのですか」
「した」
「では、王宮でもしてください」
俺は肉を切った。
母上とマティルデ、ハインリヒも同じ食卓にいた。俺が話し始めたせいで、途中から全員が農場の話を聞くことになった。
母上は保存改善の方に興味を示し、マティルデは「牛はカブばかりでも平気なのですか」と聞いた。俺が「ばかりではない」と答えると、今度はハインリヒが、出発前に渡した報告書と何かを結び付けたのか黙って考え込んでいた。
ゾフィーだけは、俺の話を聞きながら何度か皿の方を見た。
少しして、彼女が小さな声で言った。
「私が手紙に書いたカブが、そんなことになるとは思いませんでした」
「俺も、最初からここまで分かってたわけじゃない」
「でも、試したかったのでしょう?」
「それはそうだな」
「あのとき、かなり長い返事が来ましたから」
「あれでも削った」
「知っています。途中から急に馬の話になりました」
詳細な農務報告になりかけて、自分で削った手紙を思い出した。
「よく覚えてるな」
「自分への手紙ですから」
ゾフィーはそう言って食事を続けた。
俺も今度はちゃんと食べた。
しばらくして母上が、王領収入はどの程度変わったのかと聞いた。
「対象の直営農場では前年より良い。飼料を買い足す量が減って、春以降に残った家畜からも収入が出た。ただ、価格も天候も違うから、同じ数字が毎年続くとは思っていない」
「それでも、国王が夕食を忘れるくらいには良かったのね」
「忘れてはいない」
ゾフィーが俺の皿を見た。
「少し忘れていました」
反論できなかった。
食後、部屋へ戻ろうとしたところで、ハインリヒに呼び止められた。
手には、出発前に渡した報告書がある。
「兄上。分からないところがあります」
「どこだ」
「収入が増えたとありますが、作付けした面積が同じなのか書いてありません。それから、人手を増やしたのかも分かりません。去年の天候もありません」
「いいところを見たな」
ハインリヒは少し考え、続けた。
「でも、全部聞いていたら、いつまでも決められなくなりませんか」
今度は俺が少し考えた。
「なる」
「なるのですか」
「なる。だから、何を知らないまま決めてもいいかも考える」
ハインリヒは紙を見た。
「難しいですね」
「俺もそう思う」
「兄上でも?」
「王になったら急に全部分かるなら楽だったな」
「でも、最後は兄上が決めるのでしょう」
「そうだな」
「分からないままでも?」
「分からないところが残ったまま決めることもある。期限があるからな」
ハインリヒは、そこが一番嫌そうだった。
「間違えたらどうするのですか」
「直せるなら直す。直せないものなら、その前にできるだけ調べる」
言いながら、昨日見てきた畑を思い出した。
最初から王領全部へカブを播いていたら、同じ気楽さでは答えられなかっただろう。小さく試したから、失敗しても止められた。うまくいった今も、土地ごとに次を分けられる。
ハインリヒは、少しだけ肩の力を抜いた。
「その3つは書いておけ。明日、担当へ確認してもらえばいい」
「はい」
少し先の廊下で、ゾフィーが待っている。
俺がそちらを見ると、ハインリヒも気づいた。
「もう行った方がいいですか」
「今日はな」
「では、明日また聞きます」
「1つずつにしろ」
ハインリヒは紙を抱えたまま自分の部屋へ戻っていった。
俺はゾフィーのところへ歩く。
「終わりましたか」
「今日の分は」
「農場の話も?」
「まだできる」
ゾフィーは一瞬黙った。
「では、部屋へ戻ってからにしてください。廊下で全部聞くのは大変です」
「分かった」
一緒に歩き出す。
王宮の外はもう暗く、窓の向こうに灯りが並んでいた。
明日になれば、別の報告が来る。
それでも今夜は、もう少し農場の話をしたかった。




