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ある転生王の一代記  作者: アレグリア
第3章 若き王の国づくり

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第34話

晩秋の朝、窓の外が白かった。夜の冷えで、王宮の中庭に薄く霜が降りている。


夏の間は朝から開けていた窓も、今はきっちり閉まっていた。炉には火が入り、部屋へ入ってくる者の外套にはまだ外気の冷たさが残っている。夏の終わりに西部から返書が揃い始めてから、もう何か月か経った。


改革以外にも、領内の訴え、税、軍、帝国からの書簡、来客、王領の収支。毎日いろいろ届いて、処理しているうちに季節が進んだ。


ただ、俺が待っていたものも、その中に混じるようになっていた。


「陛下、こちらを」


若い書記が帳簿を3冊抱えて入ってきた。一番下の冊子が腕の脇からずれかける。書記が指先を少し動かすと、落ちかけた帳簿の端がふっと持ち上がり、そのまま腕の中へ戻った。本人はそのまま机まで運び、ケラーの前へ置く。


「ありがとうございます」


ケラーは礼を言い、上から順に開いた。書記も頭を下げて出ていく。


俺は湯気の立つ杯を机の端へ寄せた。


「それが最後?」


「はい。比較に使う分は、これで揃いました」


ケラーの前には、秋に穀物を入れた王領側の倉の記録が並んでいる。少し前に試すと決めた、保存のやり方だ。


新しい倉を建てたわけではない。入れる前によく乾かす。天気と建物に合わせて風を通す。積んだまま放っておかず、途中で傷みを確認する。怪しいものは早めに分ける。鼠が入りそうな場所を塞ぐ。


元からどこかではやっていた、ごく普通のことを、比べられる倉で意識して続けてもらった。


俺は帳簿を1冊引き寄せた。


「で?」


ケラーが紙を1枚こちらへ向ける。


「差は出ています」


思わず顔を上げた。


「出た?」


「はい。ただし、全て同じではありません」


まあ、ケラーがいきなり「大成功です」と言い出したら、そっちの方が怖い。


「どこまでなら言える?」


「比較できる倉だけを分けました。入庫した時期が大きく違うところ、途中の払い出しが多すぎるところ、帳簿の記録方法が変わったところは外しています」


紙には、倉ごとに入った量、出た量、種用へ回した分、廃棄になった分が並んでいる。廃棄理由も、分かる範囲では別だった。湿気、黴、鼠、虫、最初から傷んでいたもの。同じ書き方ではないから、全部をきれいな数字にそろえることはできない。それでも、何年か続けて同じように記録している倉なら、今年だけ極端に違うのかは見られる。


「今年は収穫期の天気がよくて、倉へ入れる前から湿りや傷みが少なかっただけじゃない?」


「収穫期の天候と入庫時の状態が残っている倉では確認しました。廃棄が減った倉だけ、今年の穀物が例年より乾いていたという共通点はありません」


「今年だけ早く払い出して、保管していた期間が短かったということはない?」


「払い出しが早く、前年より明らかに保管期間が短い倉は比較から外しています。残した倉では、前年と同じ時期まで一定量を保管しています」


「倉の建物が良かったとか」


「それはあります」


ケラーは別の紙を出した。


「床が乾きやすく、風を通しやすい倉では、元から損失が少ない傾向があります。ただ、そうした倉だけではありません。建物条件が大きく変わっていないのに、今年は廃棄が減っている倉があります」


俺は紙を見比べた。確かに減っている。


帳簿の書き方が違うから全倉を1列に並べて割合を出すような真似はできないが、それでも前年までより傷んで捨てる穀物が減った場所が複数ある。


「何が一番効いた?」


「そこまでは分けられません。乾燥、保管中の確認、傷んだ穀物の早期分離、鼠の侵入口の補修を同時に行った倉が多いです。何がどの程度効いたかまでは、今の記録では切り分けられません」


「まあ、そうだよな」


一度に全部やらせておいて、どれが何割効いたかまで分けろという方が無茶だ。それでも、目的は研究論文を書くことじゃない。食べられる穀物を残すことだ。


俺はもう一度数字を見る。去年なら廃棄へ回っていた分の一部が、今年はまだ倉の中にある。畑は増えていないし、種も変えていない。収穫量そのものを増やしたわけでもない。それでも、食べられる量は増やせる。


「……効いてるな」


口に出すと、自分で思っていたより気分がよかった。


ケラーが少しだけこちらを見る。


「はい。少なくとも、実施した全てが無駄だったとは考えにくいです」


「そこはもっと喜んでもいいと思うぞ」


ケラーは一瞬だけ黙った。


「……嬉しいです。最初に資料を集めていた頃は、数字を揃えても実際の改善につながるところまで行けるのか、自分でも分かりませんでしたので」


顔には相変わらずあまり出ないが、そう言うなら本当に嬉しいらしい。


最初は、人口を国力の土台として考えたところから始めた。出生、死亡、収穫、穀物価格、疫病、埋葬、孤児。あちこちの記録を集めて比較したが、何でも1つの理由で説明できるような便利な答えは出なかった。


同じような不作でも、死者の増え方が違う。備蓄なのか、流通なのか、救貧なのか、家ごとの蓄えなのか、病気なのか。まだ分からないものは多い。


だが、その途中で見つけたものが、こうして実際の穀物になって残った。全部が分かるまで何もしない必要はない。分かったところから動かせばいい。


「カスパルは?」


「呼んであります」


ちょうどその時、扉が叩かれた。


入ってきたカスパルは、俺より先にケラーの机を見た。


「結果が出ましたか」


「出た」


俺が答えると、カスパルがこちらを見る。


「陛下がそう仰るのであれば、良い方ですね」


「何だよ、その言い方」


「悪い結果でしたら、もう少し前置きが長いかと思いましたので」


そんな癖があるのか、俺には。


「・・・カスパルの予想通りだ。良い結果が出た」


ケラーがカスパルへ資料を渡す。俺たちは3人で、もう一度結果を見た。


問題は、うまくいったからといって、そのまま全部へ命令できるわけではないことだった。


「ここ」


ケラーがある倉を指す。


「ここは廃棄があまり減っていません」


「理由は?」


「入庫前の乾燥を増やそうとしましたが、収穫が重なった時に広げる場所が足りなかったそうです。床も一部傷んでいます」


カスパルが記録を見る。


「ここは運用だけで直すのは難しいでしょう」


「補修なら?」


「床の一部ならできます。ただ、乾燥場所まで広げるなら費用がそれなりにかかると思います」


俺は椅子の背へ寄りかかった。前回、良いやり方を拾った時点でも分かっていた。全部の倉が同じではない。天気も、建物も、人手も違う。


だから「何日乾かせ」「何日に1回見ろ」と王都から数字だけ投げるのはやめた。今回の結果を見る限り、それでよかったと思う。


「運用で変えられるところは広げる。建物を直さないと無理なところは分けよう」


カスパルが頷く。


「乾燥、保管中の確認、傷んだものの分離、軽い補修。この辺りは既存の人員と設備で対応できる場所が多いと思います」


「鼠の穴も」


「それもです」


「大きい工事は?」


「一覧を上げさせます。費用と、どの程度の損失が出ている倉かを見てからでよろしいかと」


「そうしてくれ」


うまくいったから、全部建て替えよう。そんな話にするつもりはない。食料を残すために国庫を空にしたら、さすがに笑えない。


「当面は、王領側の倉だけで実施いたしますか」


カスパルが確認する。


「今はそこだけでいい。貴族や教会の倉まで、いきなりこっちからやり方を決める必要はない」


「承知しました」


「ただ、結果は残しておいて。続けば、そのうち向こうから聞いてくるところもあるだろ」


利益が見えれば、人は真似する。少なくとも俺ならする。同じ量を収穫して、捨てる分が減るのなら、その方がいい。自分から真似したいと思う方が、国王に命じられて仕方なく続けるよりずっと強い。


カスパルとケラーが、どこまでを次の入庫から広げるかを話し始めた。ケラーは比較できる記録が残る形を考え、カスパルはどの役人を通して指示を出すか、補修費をどこで分けるかを考える。


最初のうちは聞いていたが、途中から口を挟む必要がなくなった。俺が決めるのは、広げるかどうかと、どこまで金を使うかだ。細かい順番まで俺が決める必要はない。


前に同じように2人へ仕事を渡した時には、話が俺の手を離れていくのが少し妙だった。今回は、その先から結果が返ってきた。任せた仕事が進み、実際に穀物が残った。


これはかなり大きい。


王になってから、失敗したくないと思うことは増えた。決める金額も、人の数も、昔とは比べものにならない。だからといって、何も試さなければ何も変わらない。小さく試して、結果を見て、使えるなら広げる。


今のところ、そのやり方は悪くない。


「陛下」


ケラーが呼んだ。


「何?」


「東部からも来ています」


その一言で、頭がそちらへ切り替わった。


「カブ?」


「はい」


声が少し早かったらしい。カスパルがこちらを見る。


「保存の方より反応が早いですね」


「そっちは前から気になってたから」


カスパルは特に何も言わなかった。


ケラーが封を切った報告を広げる。東部の直営農場。夏に俺自身が行った場所だ。


王冠直営地の、村側の共同放牧権が乗っていない休耕予定区画。その一部だけを使って、従来どおり休ませる区画と、カブを作る区画を並べた。前に届いたのは、芽が出たという短い報告だけだった。


それから季節が進んだ。


「収穫できました」


「量は?」


ケラーが紙を見る。


「試験区では、飼料として使える量が取れたとあります。使った種、人手、収穫量は別紙です。ただし、休耕側の放牧分と単純には比べられないので、現地監督もそこは分けて書いています」


「家畜には?」


「牛と羊へ与えています。少なくとも、食べないという問題は出ていません」


「食べたのか」


「はい」


育った。取れた。そして、家畜が食べた。


それだけだ。まだ冬越しの結果は出ていない。この餌があることで、去年より多く家畜を残せるかは分からない。干草や藁がどれだけ節約できるかも、最後まで見ないと分からない。家畜が増えれば糞肥が増えるかもしれないが、それもまだ先だ。まして、その糞肥で翌年の作物が増えるかどうかなんて、今ここで言えるはずがない。


それでも、前世では教科書の中にいたカブが、この国の畑で本当に飼料になった。


「陛下ご自身で、現地をご覧になりますか」


カスパルが聞いた。


「行きたい」


即答したので、ケラーまでこちらを見る。


「行きたいけど、行かない。収穫したカブを見るだけで国王が毎回行ってたら、あっちが困る」


芽が出たと聞いた時にも、見に行きたいと思った。あの時は我慢した。今回も我慢する。


国王になって、できることは増えた。ただ、好きな時に好きな場所へ行けるかと思えば、むしろ逆だ。行くだけで人が動く。護衛も要る。先触れも出る。現地は掃除するし、役人は緊張する。


ただ畑を見たいだけなのに、大事になる。


国王、思っていたより不便である。


「次は何を見る?」


ケラーへ聞く。


「まず冬の間の飼料利用です。干草と藁の消費がどう変わるか。家畜を秋に減らした数と、春まで残った数も追える範囲で取ります」


「糞肥も」


「はい。ただし、量を正確に測っているわけではないので、使った場所や運び出しの記録がどこまで残るか確認します」


「それでいい。分からないなら分からないで」


「翌作への影響まで追跡いたしますか」


「追う」


そこは最初に決めた。カブだけ採れれば成功、ではない。


前世で知っているのは、その先がつながる可能性だ。冬の餌が増える。家畜を多く残せる。糞肥が増える。畑へ戻る。次の作物につながる。


ただし、この土地で本当に同じようにつながるかは、今世ではまだ知らない。


「来年の試験は、どのようになさいますか」


カスパルが聞いた。


俺は少し考えた。今年の試験区は小さい。それでも収穫でき、家畜が食べられた。この段階で、同じ1区画だけをもう1年繰り返してもいいが、条件が違う場所でも育つかは見たい。


かといって、いきなり村の休耕地まで変えるのは早い。共同利用があるところへ触れば、カブだけの話ではなくなる。


「王領の直営地で、条件が合うところを少し増やそう」


「何か所ほどを想定されていますか」


「先に候補を見て決める。共同利用が入ってないところ。失敗しても農民の保有地や冬の食料へ直接響かないところ」


カスパルが頷いた。


「費用も王領側で持たせます」


「うん。今年と同じで」


「種の確保は確認させます」


「頼む」


また2人の仕事へ移っていく。今度は前より自然に任せられた。


俺は椅子へ座ったまま、窓の外を見る。白かった霜は、もうほとんど消えている。


夏に土へ播いたものが、晩秋には餌になった。秋に倉へ入れた穀物も、去年なら傷んでいたはずの分がいくらか残っている。


人口が増えたわけではない。国が急に豊かになったわけでもない。それでも、食べられるものを少し多く残せる。冬を越すための餌を、休ませる予定だった土地から取れる。


こういう差は、毎年積み重なる。


カスパルの声で意識を戻した。


「陛下、次の件へ移ってもよろしいでしょうか」


机の横には、別の書類の束が置かれていた。税の話だ。


現実は容赦がない。


「……どうぞ」


せっかくいい気分だったのに。


カスパルが淡々と次の書類を開き、ケラーは保存とカブの資料をまとめ始める。さっきまで国の食料が少し増えたと喜んでいたのに、次は未納と支出の話である。


国王の仕事に余韻というものはあまりないらしい。


     *


夕食を終えて部屋へ戻る頃には、外はもう暗かった。冬が近づくと日が短い。


昼間あれだけ気分がよかったのに、その後の仕事で頭の中は別の数字だらけになっている。上着を脱いで椅子へ掛けると、机の右側に何通かの手紙が置かれていた。


一番上がゾフィーからのものだった。


最近は、家同士の用件がなくても、互いの近況を書いた手紙を送り合うようになっていた。向こうの天気や馬、家族のことが混じる。俺の返事も、政務の話ばかりではなくなった。


最初の頃より、書くのに困ることは減った。


昼間の報告を思い出して、紙を引き寄せる。今日は書くことがある。


筆を取った。


まず、以前教えてもらったウェストリアのカブをこちらでも試し、収穫できて牛と羊の餌にもなったことを書く。


その次に、使った種と追加人員、従来の休耕との比較、冬の干草と藁の消費を追っていることまで書きかけて、筆を止めた。


読み返す。


「……農務報告だな」


誰もいない部屋で呟いた。


さすがにこれは違う。ゾフィーが知りたいかもしれないが、最初から最後までカブの試験報告を送りつけるのは、手紙というより役所の文書である。


細かい記録の部分はやめた。代わりに、教えてもらった話が本当に役に立ったことを書く。ありがとう、と。


そこまで書くと、今度は何を書けばいいのか少し迷った。


昼間、カスパルに聞かれて、本当は現地へ見に行きたかったことを書く。国王がカブを見るためだけに行くと現地が大変だから我慢した、と。


笑われる気はする。いや、笑われるというか、呆れられるかもしれない。


でも、ゾフィーなら馬の話を始めた時の俺も知っている。今さらか。


そこまで書いてから、向こうでは今年、馬に乗る時間が取れているかと続けた。


カブから馬。


話題のつながりとしてはかなり怪しい。


まあ、手紙だからいい。政務文書ではない。


最後に、王都は朝に霜が降りるようになった、と短く書く。


筆を置いて、もう一度最初から読んだ。今度は農務報告には見えない。少なくとも、さっきよりは。


俺は手紙を畳み、明日の朝に出してもらう方へ置いた。


その前に、机の端にある明日の予定が目に入る。会議、謁見、軍務、王領会計。その中に、午後だけ少し馬に乗れる時間がある。


そこだけ、目が止まった。


よし。


カブを見に行けない分、明日はトラウムライゼに乗ろう。


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