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ある転生王の一代記  作者: アレグリア
第3章 若き王の国づくり

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第30話

戴冠から数週間が過ぎた。


朝になれば侍従が予定を読み上げ、執務室へ行けば昨日の続きが置かれている。署名をすれば次の書類が来て、昼になれば食事を取るよう言われ、午後には別の担当者が待っている。


国王になった実感というものが、ある日突然胸に落ちてくるのだと思っていた時期もあった。実際は、毎日少しずつ慣らされている感じに近い。


「西部の関税収入は、前年同時期より少し下がっています。ただ、先月から取引量は戻っていますので、今の時点で税率を触る必要はないかと」


財務関係の報告を読みながら、カスパルがそう言った。


俺は手元の数字をもう一度見た。下がっているといっても大きな崩れではない。先日結んだ通商条件の影響も、まだ数字として判断できるほど時間が経っていなかった。


「分かりました。ここはそのままで。半年後の見直しに回してください」


「承知しました」


次は北部王領で予定されている橋梁修繕費の追加計上、その次は軍の飼料備蓄をどの地域へどれだけ回すかという承認、さらに王都近郊の水路本修繕に充てる予算の決裁だった。父上の頃から続いている通常の政務だ。


王が代わったからといって国中の橋が突然壊れるわけでも、馬が餌を食べなくなるわけでもない。少し考えれば当たり前の話だが、国王になってから、その当たり前を毎日見せつけられている。


書類を1つ返し、次を開いたところで手が止まった。


俺は今、何を基準に順番を決めているんだろう。


目の前の案件なら判断できる。橋が壊れそうなら直す。収穫が悪ければ備蓄を見る。軍が必要だと言うなら、必要性と金額を確かめる。


けれど、それを10年続けた先で、この国をどうしたいのか。


考えたことがないわけではない。軍は強くしたいし、道路も良くしたい。金融も育てたい。教育だって今のままで十分とは思っていない。測量ももっと広げたいし、商業も伸ばしたい。馬も良くしたい。


最後だけ少し趣味が混じった気がするが、軍馬は国力でもある。競馬まで国力に混ぜ始めたら、さすがに誰か止めてほしい。


俺は閉じかけた書類を机へ戻した。


「カスパル」


「はい」


「この国全体を、一度まとめて見たいんですが」


カスパルの目が書類から俺へ移った。


「全体、と申しますと」


「人口、歳入、軍、農業、交易。東部と西部の違いも見たいです。できれば周りの国とも比べたい」


そこまで言ってから、自分でも注文が大きいことに気づいた。人口、歳入、軍、農業、交易を一度に並べ、そのうえ周辺国まで比べたいと言っている。これだけでも、担当ごとに散らばっている資料を集める必要がある。


前世でやった歴史もののゲームなら、国を選べば人口も収入も兵の数も同じ画面に並んでいた。あれはずいぶん親切だったらしい。当たり前だが、現実ではその画面は存在しない。


案の定、カスパルはすぐには頷かなかった。


「国内の数字なら、集められるものは多いでしょう。ただ、同じ年の数字で揃うとは限りません。人口と申しましても、税の台帳、教会の記録、各領主から上がる報告で数え方が違います」


「外国はもっと怪しいですか」


「かなり。公館からの報告、軍務側の推計、商人が持ち帰った話。どれも使えますが、同じものを数えているとは限りません。ヴェリスラヴの人口など、報告によってかなり違います」


それはむしろ見てみたい。正確な数字が並んだ表を眺めるより、どこが分からないのかを知る方が役に立つこともある。


「揃わないなら、揃わないままでいいです。いつの数字かと、どこから出た数字かが分かるようにしてください」


「どの程度まで集めますか」


「最初は大まかで。全部調べ始めたら、私が死ぬまでに終わる気がしません」


カスパルは一度だけ俺の机の上を見た。今でも十分多い、と言いたそうだった。その視線には反論できない。


「数日いただければ、最初に見るには足りるものを集めます」


「お願いします」


その日の午後には何も出てこなかった。当然である。国王が欲しいと言ったからといって、王国中に散らばっている情報が机の引き出しから出てくるわけではない。


翌日は軍務関係の書類が増え、その次の日には西部からの報告が来た。俺も普段の政務を止めるつもりはなかったので、その間に別の案件を片づけた。


そして4日目の朝、執務室へ入ると、いつもの書類とは別に厚い束が3つ置かれていた。


「……思ったより多いですね」


「これでも減らしました」


カスパルの答えを聞いて、俺は束を見直した。これで減っているらしい。


「原本ではなく、比較に必要な部分を写させています。国内、帝国内外の近隣諸国、それ以外の主要国で分けました」


一番上には簡単な一覧がついていた。


まず自国。ファルケンマルク王国の人口は、およそ250万人。


これは完全な人数ではない。東部の税籍や教会記録、西部の領邦資料を合わせた推計だ。ただ、外国と比べればかなり信頼できる。


中央政府の年間歳入はおよそ600万ターラー。常備軍は時期や配置で多少動くが、2万5000から3万人ほど。ここまでは俺も知っている数字だった。


知っている数字を同じ紙の上へ並べるだけでも、少し見え方が変わる。人口250万人に対して、国が直接使える収入が約600万ターラー。その半分近くが平時でも軍関係へ消える。そこへ道路、水路、官吏、要塞、王領、外交、裁判、その他全部が乗る。


そりゃ全部一度にはできない。


次にレシア共和国。


人口推計は資料によって400万から600万人ほど。真ん中を取れば、ファルケンマルクの倍くらいになる。ところが中央の歳入は約300万ターラー。


「少ないですね」


俺が言うと、カスパルは別の紙を指した。


「中央政府が直接扱う分です。地方都市や有力者が持つ財源まで含めれば話は変わります」


「ああ、そうか」


人口500万人、歳入300万ターラー。これだけ見て「貧しい国」と判断したら間違える。


レシアでは中央が取れる金が少ないだけで、地方に金も人も穀物もある。その代わり、中央政府が必要な時に全部を自由に動かせるわけではない。同じ人口でも、国の形が違えば使える力は違う。


ヴァルデンハイムの束は、さらに厚かった。


人口は700万から1000万人程度。複数の推計を合わせると、800万人台と見る資料が多い。中央歳入は約1400万ターラー。


軍については数字の幅が大きい。常備兵と各領邦の兵をどこまで含めるかで変わるうえ、帝国内での役割もある。それでも、少なくともファルケンマルクより一段大きな国だということだけは分かる。


ローデンベルクの件では帝国法と裁判でこちらの権利を守れた。だが、もし相手が法律を無視して力ずくで押してきたらどうなるか。


もちろん、ヴァルデンハイムがそんなことをするという話ではない。皇帝マクシミリアンも、あの時はむしろ帝国の秩序を守る側だった。ただ、法的に正しいことと、それを現実に通せることは同じではない。


その次にウェストリアを開いた。


人口は700万から900万人ほど。ヴァルデンハイムと大きくは変わらない。ところが中央歳入は約2800万ターラーと、ほぼ倍だった。


俺は数字を2度見た。


「人口規模は近いのに、ここまで違うんですか」


「海運、関税、海外交易、金融収入が大きいようです。国王が直接扱える税の範囲も広いと聞いております」


紙をめくると、王都や主要港の商人が国外へ貸している資金についての報告まであった。


これを見ると、人間の数だけで国力を測るのも無理がある。人口250万人のファルケンマルクが600万ターラー。人口800万人前後のウェストリアが2800万ターラー。単純に人数を3倍して終わりではない。


その人間が何を作り、どう売り、どれだけの金を国家が集められるのか。さらに信用まで金になる。


さらにフロレーヌ。


人口は1800万から2100万人。中央歳入は約3600万ターラー。


さすがに、しばらく数字を見た。


250万人と1900万人。600万ターラーと3600万ターラー。


工夫でどうにかなる差と、工夫だけでは埋まらない差がある。


「陛下」


「はい」


「そこから先は、報告の精度がかなり落ちます」


俺がヴェリスラヴの束へ手を伸ばしたのを見て、カスパルが言った。


開くと、すぐに理由が分かった。ある報告では人口1500万人以上。別の報告では1800万人近い。さらに別の商人は、2000万人を超える可能性まで書いている。


「同じ国の話ですよね」


「はい」


「3つとも?」


「はい」


笑えない。いや、少し面白い。


個人的にはこういう食い違いを見ると、どこで数字がずれたのかを確かめたくなる。それを見つけられると達成感を感じる。


俺は3枚を並べた。


最初の報告は、徴税対象となる戸数から人数を推定していた。2つ目は教会系の記録と都市人口を組み合わせているらしい。3つ目の商人は、市場規模や穀物流通量から逆算していた。


そりゃ違う。数えているものが違う。


「この1500万人以上という数字は、いつのものですか」


「3年前です」


「1800万人は?」


「昨年。ただし西部の数州を含むかどうかが不明です」


「2000万人の方は?」


「時点ははっきりしません。商人本人も推計だと書いております」


俺は紙の端へ小さく印をつけた。


「これ、数字だけを一覧にすると危ないですね」


「と申しますと」


「1500、1800、2000と並べたら、どれが正しいか選びたくなる。でも、そもそも作り方が違う。税を払っている戸数から出した数字と、市場に出回る穀物から出した数字を同じ扱いにはできません」


数字だけを比べるより、どう作った数字なのかを一緒に見た方がいい。


少なくとも、この3枚のどれか1つを選んで「ヴェリスラヴの人口」とするよりは、その方がましだ。


昼前まで数字を追い、午後は別の政務へ戻った。


その日の夜、部屋へ戻るとリューネンベルクから手紙が届いていた。ゾフィーからだった。


父上が亡くなった直後の弔意の手紙とは違い、今回はいつもの書簡に近い。リューネンベルクで生まれた若馬が、世話をする人間によって態度を露骨に変えるらしい。自分には大人しいのに、兄には耳を伏せる、と少し楽しそうに書いてある。


兄のヴィルヘルムが何をしたのかは知らない。馬は結構覚えている。耳を伏せられるだけの何かはしたんだろう。


その若馬の話から冬の餌へ話が移り、ウェストリア出身の母親から聞いたという農場の話も少し書かれていた。向こうでは、これまで休ませていた畑にカブを作り、秋から冬に牛や羊へ食べさせるところがあるらしい。そうすると冬の間も家畜を多く残せるのだとか。ゾフィーは、休ませる畑なのに作物を植えてしまっていいのかがよく分からない、と書いていた。


休ませていた畑にカブ。


そこで、手紙を追っていた目が止まった。


前世なら、そこから先は知っている。ノーフォーク式輪作。カブ、大麦、クローバー、小麦を回し、休耕を減らしながら冬の飼料と家畜を増やし、厩肥を穀物畑へ返す。イギリス農業革命の代表例だ。


この世界のウェストリアでも、少なくとも似たことを始めている農場はあるらしい。ただ、ゾフィーの数行だけでは、カブ以外に何を組み合わせているのかも、どのくらい広がっているのかも分からない。ファルケンマルクで同じようにいくかは、なおさらだ。


俺はその行をもう一度読んでから、手紙の続きを追った。


最後には、最近ちゃんと馬に乗っているかとあった。国王になったら馬へ乗る暇までなくなるのでは、と以前話したことを覚えていたらしい。


俺は机の端に積んだ国力比較の資料を見た。人口、税、軍、交易、穀物。その横にゾフィーの手紙。


この落差は嫌いじゃない。


返事は後で書こうと思って、先に食事へ行った。さすがに最近は、書類を理由に食事を遅らせるとルーカスが普通に止める。国王になって増えた権限の中に、夕食を抜く自由は含まれていないらしい。


翌日、また資料へ戻った。


今度は数字そのものではなく、数字同士の関係を見る。


レシアは人口が多いのに中央歳入が小さい。ウェストリアは人口以上に金を集める。ヴァルデンハイムは人口も歳入も大きい。フロレーヌはその両方がさらに大きい。ヴェリスラヴは人口も領土も巨大だが、遠い地方の人間や物資を必要な場所まで動かすのは簡単ではないらしい。


強さの形が全部違う。


人が多ければ強い。それは間違いではない。でも、人が多いだけでも駄目だ。国が実際に使える金、物を動かす力、商業、軍、行政。人が同じくらいいても、そこが違えば国の力はまるで違う。


逆に言えば、人口や歳入で大きく差をつけられている相手に、工夫だけで追いつけるとも思えない。


別の紙を引き寄せ、今のファルケンマルクで強くしたいものを思いつくまま書き出した。


軍、道路、金融、交易、教育、測量、農業、馬。


最後の1つだけ線が少し濃くなった。


いや、だから軍馬は大事だ。競馬をやりたい気持ちまで国力に混ぜるつもりはない。今は。


並べてみると、やりたいことばかりだった。全部必要に見える。そして全部、金がかかる。


年間600万ターラーの国で、軍を増やして、道路を直して、学校を増やして、測量して、金融制度を整えて、農業も改善する。


無理だ。少なくとも、一気には無理。


では、どれを先にやれば、他のものまでやりやすくなるのか。


しばらく紙を見ていた。


軍を増やすには兵士がいる。税収を増やすには、税を払える人間と商売がいる。道路を作るにも人がいる。畑を広げるにも、工房を動かすにも、役人を増やすにも、学校で教えるにも習うにも人がいる。


金融だけは紙と数字で動いているように見えるが、信用するのも、貸すのも、返すのも結局は人間だ。


人間。


俺は自国の人口欄へ戻った。


約250万人。


そこで初めて、別の疑問が出た。


「カスパル」


午後に来たカスパルへ、人口表を向けた。


「この250万人ですが、増えているんですか」


「長い期間で見れば、増えております」


「どのくらいです?」


カスパルはすぐには答えなかった。


「正確には申し上げにくいです」


「記録がない?」


「記録はあります。ただ、全国で同じ形ではありません。洗礼や埋葬を記録する教会もあれば、戸数を中心に出す地方もあります。税籍から増減を見る地域もありますし、幼い子をどの時点で数えるかも同じではありません」


なるほど。またそれか。


数字がないのではない。数字はある。ただし、同じ意味で並んでいない。


「出生と死亡は、地域ごとなら分かりますか」


「かなりの地域で。全部ではありません」


「年齢は?」


「そこまで揃う地域は少ないでしょう」


「病気で死んだかどうかは」


「大きな流行病なら記録が残ります。個々の死因までは難しいかと」


そこまで聞いて、俺は一度止めた。


現代の死亡統計を作りたいわけではない。そもそも、この時代の医者に現代医学と同じ死因分類を求めても無理だ。必要なのは、今ある資料で何が分かるかだ。


「では、取れるところだけでいいです。人口、出生、死亡。年齢が分かるなら年齢も。地域と年を揃えてください」


カスパルが頷き、手元の紙へ書き留めた。


「それから収穫と穀物価格。疫病があった年なら、それも分かるように。孤児の数が分かる記録はありますか」


「救貧や教会側にあると思います。ただ、全国分を揃えるには時間がかかります」


「最初から全国全部でなくて構いません。東部と西部、それぞれいくつか比較できればいい」


「何をご覧になるおつもりですか」


その質問には、少し考えた。


人口を増やしたい。そう答えるのは簡単だ。


でも、まだ何をすればいいか分からない。出生を増やせば人口が増える、というほど単純な話ではないことくらいは分かる。生まれても死ぬ。育つまでに食料がいる。母親も無事でなければならない。それに、人口だけ増えて食べ物が足りなくなれば意味がない。


「まだ決めていません。まず、何で増えて、何で減っているのかを見たいんです。食料が悪い年に死亡が増えるのか、病気の影響がどのくらいあるのか。地域で差があるなら、何が違うのか。そのあと考えます」


「承知しました」


「あと、推計なら推計と書いてください。分からないものを、もっともらしい数字で埋めなくていいです。不明なら不明で」


数字があると安心する。細かい数字なら、もっと安心する。でも、根拠が曖昧な数字を細かく並べても、正確になったわけではない。人口1800万人と書いてあるだけで、それが急に真実になるわけでもない。


カスパルは書き留めた紙を見直した。


「こういう整理を細かくやる者が一人おります。そちらにも回しておきましょう」


「お願いします」


「外国の資料も同じにしますか」


カスパルが聞いた。


「そうですね。そっちは先に、どこに何があるかを知りたいです」


「どこに、とは?」


「今は帝国の公館報告と、軍務側の報告と、商人から上がった話が別々ですよね」


「はい」


「同じ国について調べても、全部探さないと比較できない。まず一覧だけ作れませんか。新しい組織を作るほどではなくていいです。どの国について、どの部署に、いつの報告があるか分かるものを」


カスパルは少し考えた。


「数人で試すことはできるでしょう。恒常的に置くかどうかは、その後でも」


「それでお願いします」


ここでも、いきなり大きなものを作る必要はない。情報を集める部署を作って、人を増やして、予算をつけて――と始めると、それ自体が仕事になる。


まず既にある情報を、同じ机の上へ持ってこられるか試せばいい。それで役に立つなら続ける。役に立たなければやめればいい。


カスパルが書き終えたところで、扉が軽く叩かれた。


入ってきたルーカスが、俺と机の上を順番に見た。


「陛下。夕食のお時間です」


「もう?」


「はい」


窓を見ると、確かに空が暗くなり始めていた。またやった。


「分かった。今行く」


ルーカスは出ていかず、そのまま立っていた。


「……本当に行きます」


「では、片づけを始めます」


信用がない。仕方がないので俺はペンを置いた。


カスパルも立ち上がり、集めた紙をまとめる。


「最初の分は、どの程度で揃えましょう」


「急がなくていいです。雑に集めてやり直すより、比べられる形にしてください」


「承知しました」


カスパルが出ていく。


机にはまだゾフィーへの返事が残っていた。人口250万人の国をどうするか考えるのも俺の仕事だが、彼女の話に返事を書く時間くらいは、今の俺にも必要だ。


夕食のあとにしよう。


今度こそ、先に食べる。

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