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ある転生王の一代記  作者: アレグリア
第2章 王太子から国王へ

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第29話

父上が亡くなった翌朝、目を覚ました時に最初に思ったのは、眠っていたんだ、ということだった。眠れるとは思っていなかった。いつ寝たのかもよく覚えていない。父上の部屋から戻ったあと、母上たちとしばらく一緒にいて、ルーカスに何か言われて着替えたところまでは覚えている。食事をしたかどうかは曖昧だった。


窓の外はもう明るい。寝台から起き上がると、扉の向こうに控えていたルーカスが入ってきた。


「おはようございます、陛下」


一瞬だけ返事が遅れた。昨日から何度も聞いている。それでもまだ、自分へ向けられた言葉には聞こえにくい。


「……おはよう」


ルーカスはいつも通り服を用意していた。黒を基調にしたものだった。それを見て、ようやく昨日の続きにいるのだと分かった。


「母上は?」


「もうお起きていらっしゃいます。マティルデ殿下とハインリヒ殿下もご一緒です」


「父上は」


そこまで口にして止まった。ルーカスは何も言わずに待った。


「……いや、いい」


父上は昨日と同じ部屋にいる。ただ、もう起きない。分かっているのに、聞こうとした。顔を洗い、服を着て廊下へ出る。王宮の中は静かだったが、人が少ないわけではなかった。侍従も書記も衛兵も動いている。声を落としているだけで、昨日までと同じ場所を同じ人たちが歩いていた。


昨日の夜、俺が止めなかった仕事も、そのまま続いている。それが少しだけ腹立たしくて、同時に安心した。父上が死んだのに、どうして普通に仕事ができるんだと思う。


父上が死んだからといって、全部止まられても困る。自分でも面倒な感情だと思う。家族の部屋へ入ると、母上とマティルデ、ハインリヒがいた。食卓には朝食が並んでいる。


誰もほとんど手をつけていなかった。


「レオン」


母上が俺を見た。目元は腫れていた。たぶん俺も似たような顔をしている。


「座りなさい。何か食べて」


「母上も」


「私は食べました」


皿を見る。


「それで?」


母上も自分の皿を見た。


「……少しは食べました」


「俺も少しにします」


「駄目です」


昨日までなら、そこで父上が何か言った。母上に同意するか、俺の側につくかはその時次第だった。誰も続けない。空いた場所を見ないようにして椅子へ座った。


ハインリヒがパンをちぎっていた。食べるでもなく、細かくしているだけだった。


「ハイン」


呼ぶと顔を上げる。


「それ、食べるなら食べろ。遊ぶならやめろ」


「遊んでない」


「じゃあ食べろ」


「兄上も食べてないじゃないですか」


言われて、自分の皿を見る。まだ何も取っていなかった。


「……分かった」


パンを一つ取った。マティルデが鼻をすすった。


「お兄様が言われてる」


「お前もほとんど食べてないだろ」


「食べたもん」


「どれくらい?」


「少し」


母上が目を閉じた。


「あなたたち、こういう時まで同じことをしなくていいのよ」


叱っている声ではなかった。マティルデは黙ってスープを口へ運び、ハインリヒも細かくしたパンの一つを食べた。俺も食べた。味はよく分からなかったが、飲み込めた。


食事の途中で侍従が来た。俺に用があるという。もう来るのか、と思った。たぶん顔に出た。母上がこちらを見て、それから侍従へ向いた。


「急ぎですか」


「カスパル様より、陛下のご都合がつき次第で構わないと」


「なら食べてからにします」


俺が答えると、侍従は頭を下げた。


「承知いたしました」


扉が閉まる。母上がスプーンを置いた。


「それでいいのよ」


「何がですか」


「食事を途中でやめなかったこと」


「昨日なら父上が呼んだら行ってました」


「昨日でも、急ぎでなければ食べさせました」


「父上を待たせて?」


「待たせます」


即答だった。少しだけ、父上が気の毒になった。そう思えた自分に気づいて、胸の奥がまた痛くなった。けれど、さっきまでよりはパンの味がした。食事を終えてからカスパルのところへ行く。


机の上にはすでに何通もの文書が積まれていた。


「お時間をいただき、ありがとうございます」


「何からですか」


「まず、昨日お話しした通知です。王都の主要官庁と軍への第一報は完了しています。地方と国外向けの正式文はこちらです」


差し出された紙を読む。父上の死と、俺が王位を継いだこと。国政と軍務は引き続き行われること。弔問や儀礼については後から知らせること。必要なことしか書かれていない。


「これでお願いします」


「はい」


カスパルが紙を受け取る。その横に別の束があった。


「こちらは?」


「各官庁からの照会です」


「もう?」


「国王が代わりましたから」


言われてみれば当然だった。役職はそのままでいいのか。承認済みの予算は使っていいのか。軍の命令系統に変更はあるのか。父上の名で進んでいた交渉や工事を続けてよいのか。


紙を一枚めくる。次も同じような確認だった。


「全部、止めて待っているわけではありません」


カスパルが言った。


「既存の命令に従って動きながら、確認だけを上げています。ただ、地方では慎重になりすぎる者も出るでしょう」


「そうですよね」


父上が死んだ。だから何もかも一度白紙にする。そんなことをしたら、国中が俺の返事待ちになる。


「既存の任用、予算、軍の指揮、進行中の行政はそのまま続けてください。変える必要があるものだけ、個別に出してください」


カスパルはすぐには書記へ回さず、俺を見た。


「条約や国外との既存の約束も、同じ扱いでよろしいですか」


「はい。父上が死んだからといって、相手との約束まで死ぬわけじゃないでしょう」


「承知しました」


「それと、私が王になったからという理由だけで、人を替えないでください」


「分かりました」


カスパルが書記へ指示を出す。それだけだった。今の役人も軍も、昨日まで父上の下でこの国を動かしていた。朝になったら急に使えなくなるはずがない。


俺がやりたいことはある。変えたいことだって、いくらでもある。だからこそ、王になった記念みたいに触る話ではなかった。その日の午後から、弔問の使者が増え始めた。


王都にいる者は早い。遠い土地から来る者は時間がかかる。父上の遺体は王宮内に設けられた弔問の場へ移され、俺たち家族だけで会える時間と、公に人を迎える時間が分けられた。


何人もの人が頭を下げた。父上を褒める言葉も聞いた。慎重な王だった。約束を守る王だった。変えるべきところと、変えないところをよく見ていた。人によって言うことは違った。


俺の知っている父上は、俺が何か新しいことを持っていくと最初に穴を探す人だった。駄目だと言われて腹が立ったこともあるし、後から正しかったと分かってもっと腹が立ったこともある。


その父上が、棺の中では何も言わない。数日後、東部の大貴族であるアルブレヒト・フォン・シュヴァルツフェルトが王宮へ入った。正式な国葬の前だった。黒に近い灰褐色の髪には以前より白いものが増えたように見えたが、体格の大きさと低い声は変わっていない。


「陛下」


あの夜会で初めてまともに話した時、向こうから呼ばれたのは「王太子殿下」だった。今は「陛下」だ。同じ人の声でも、別の言葉に聞こえる。


「シュヴァルツフェルト卿。遠いところをありがとうございます」


「アウグスト陛下には長くお仕えしました。参らぬという選択はございません」


アルブレヒトはそこで言葉を切った。


「心よりお悔やみ申し上げます」


「ありがとうございます」


それ以上、すぐに続ける言葉はなかった。向こうも無理に埋めなかった。しばらくしてから、アルブレヒトが口を開いた。


「陛下。今ここで申し上げるべきか迷いましたが、一つだけ確認させていただきたいことがございます」


「どうぞ」


「各地で、代替わりに伴う指示を待つ者が出ております。我が家の領内でも、王都から改めて命が下るまで動かぬ方がよいのか、と尋ねる者がおりました」


やはり出ているらしい。


「今までの命令や任用は続けます」


「予算も、ですか」


「はい。軍の指揮も、既に結んでいる約束も。必要なら後から変えますが、父上が亡くなったというだけでは止めません」


アルブレヒトは一度うなずいた。


「承知いたしました。それならば、我が家の者にもそのように伝えます」


「お願いします」


「一つ、安心いたしました」


「私が全部替えると思っていましたか」


「そこまでは」


低い声のまま答えたが、ほんの少し間があった。


「若い君主が即位した時、周囲の者が勝手に期待することはございます。新しくなる、と」


「便利な言葉ですね」


「はい。何が新しくなるのかを言わずに済みます」


少しだけ息が抜けた。笑うほどではなかった。


「変える時は、理由がある時にします」


「それが分かれば十分です」


アルブレヒトは深く頭を下げた。その後は父上のことを少し話した。長い昔話にはならなかった。ただ、この人にとって父上は、長く政治の相手だったのだと思った。


国葬の日が近づくにつれ、王都へ入る馬車と騎馬の数が増えた。帝国内の諸侯や近隣国からも使節が来た。その中に、リューネンベルク選帝侯フリードリヒ本人がいた。


父上が元気だった頃、家族ぐるみで王都を訪れたことがある。あの時は、俺にとっては「選帝侯一家を迎える」という話だった。


今は違う。


彼は父上を送るために来た。


「陛下」


フリードリヒは俺の前で礼を取った。


「このたびのこと、心よりお悔やみ申し上げます」


「ありがとうございます」


「アウグスト陛下とは、長い付き合いでした」


それだけ言って、彼はしばらく黙った。人の名前も過去の会話もよく覚えている人だと聞いている。そんな人が、父上について何か一つを選べなかったのかもしれない。


「父上も、来てくださったと聞けば喜んだと思います」


言ってから、それは俺の想像だと思った。だが、フリードリヒは訂正しなかった。


「そうであれば、嬉しく思います」


少し間が空いたあと、彼は続けた。


「もう一つ。ゾフィーとの件ですが」


婚姻交渉。父上が元気なうちに始まり、父上が死んだ今も消えたわけではない。


「こちらから急がせるつもりはございません。今は国葬と、新王として必要なことを優先なさってください。話は落ち着いてからで構いません」


「ありがとうございます」


正直、助かった。


交渉をやめたいわけではない。ゾフィーとも、また会いたいと思っている。でも今、結婚の条件や日程を詰める気にはなれなかった。


「ゾフィーにも、そう伝えてあります」


「彼女は……」


聞きかけて、何を聞くつもりだったのか自分でも分からなくなった。元気ですか、では変だ。父上が死んだことをどう思っているか、と聞くのも違う。フリードリヒは急かさなかった。


「手紙を書いておりました」


「手紙?」


「おそらく、すでに王宮へ届いている頃でしょう」


「そうですか」


「返事は急ぎません」


先に言われた。


「分かりました」


娘のことをよく分かっている父親なのか、それとも俺の顔に出ていたのか。どちらなのかは分からない。それでも、返事を急がなくていいと言われたのはありがたかった。それ以上、婚姻の話はしなかった。フリードリヒは父上の棺のある方へ向かった。


背中を見送りながら、父上がいなくなったことで、俺とゾフィーの話の意味まで少し変わったことを考えた。王太子の結婚ではなく、国王の結婚になる。けれど、フリードリヒ自身が急がなくていいと言ったのだから、今はその言葉に甘えることにした。


国葬には、皇帝マクシミリアンからも弔意が届いた。そして、その代表としてアマーリエ殿下が王都へ来た。


最初に会ったのはヴィーネンだった。あの時は俺が国王代理で、彼女は皇帝の後継者として育てられている途中だった。今も彼女の父親は皇帝で、俺の父親はもういない。


そう考えると、会う前から少し嫌な気分になった。もちろん、アマーリエ殿下が悪いわけではない。案内されて入ってきた彼女は、以前より少し大人びて見えた。


「陛下」


やはり、呼び方が変わる。


「父より、あらためて弔意をお伝えするよう申しつかっております。私からも、心よりお悔やみ申し上げます」


「ありがとうございます。皇帝陛下にも、お礼をお伝えください」


まずはそれで終わった。公的な挨拶としては、それで足りる。近くにいた者が少し距離を取り、次の案内を待つ。アマーリエ殿下はすぐには動かなかった。


「……手紙も、ありがとうございました」


俺から言うと、彼女は少しだけ目を見開いた。父上が亡くなったあと、何通もの弔意の手紙が届いた。その中に彼女のものもあった。


「何を書けばいいのか、よく分かりませんでした」


「分からないまま書いたんですか」


「はい」


「正直ですね」


「後から考えれば、もっときちんと書けた気がします」


「十分でした」


彼女は何か言おうとして、やめた。それでよかった。きれいな言葉を追加されても、たぶん困る。以前、彼女は兄を亡くしている。その時に何を言われたのかは知らない。


何を言われたくなかったのかも知らない。だから、彼女が言葉に迷ったことだけは分かった。


「届いたので。それで十分です」


もう一度言うと、アマーリエ殿下は小さく頭を下げた。その瞬間、皇帝マクシミリアンの顔が頭に浮かんだ。彼女にはまだ父親がいる。


羨ましい。


そう思った。口に出すことではない。


「陛下」


別の使節がこちらへ近づいてきた。アマーリエ殿下もそれに気づいた。


「では、また後ほど」


「はい」


それだけで別れた。国葬当日、王都の空は薄く曇っていた。晴れてほしかったのか、雨であってほしかったのか、自分でも分からない。王宮から葬送の列が出る。


父上の棺を中心に、王家、主要な貴族、官僚、軍人、国外から来た者たちが続いた。王都や各地から来た市民側の代表も列に加わっていた。沿道にも人がいて、静かに立つ者もいれば、泣いている者、帽子を取って頭を下げる者もいた。


父上を直接見たことがある人ばかりではないはずだ。それでも、この国の王が死んだ。それは俺たち家族だけの出来事ではなかった。前を見て歩く。


隣には母上がいた。その少し後ろにマティルデとハインリヒがいる。母上はまっすぐ歩いていた。何度か横顔を見たが、声はかけなかった。俺も何を言えばいいか分からなかった。母上も何も言わなかった。


祈りがあり、弔いの言葉があり、棺が王家の墓所へ運ばれた。長い時間だった。どこまでが儀礼で、どこからが自分の記憶になったのか、途中からよく分からなくなった。


父上の棺が見えなくなった時だけは、はっきり覚えている。ほんの数日前までは、部屋へ行けばいた。死んでからも、棺を見ればそこにいた。今度は、それもなくなった。


マティルデが母上の腕を掴んだ。ハインリヒは下を向いたままだった。俺は何もしなかった。できなかった。国葬が終わっても、すぐに客が帰るわけではない。弔問のために王都へ来た者の中には、数日滞在する者もいた。俺にも会いたいという者がいる。全員と長く会うことはできなかったので、カスパルと宮廷側で順番を決め、必要な者から短く応対した。


父上なら誰と先に会い、どこまで話したのだろうと思うことはあった。けれど、今さら確かめることはできない。数日後、国葬とは別に、戴冠の儀礼が行われた。俺はもう王だ。


今日ここに立ったから王になるわけではない。それでも、大勢の前で王冠を受け、高位の聖職者から祈りと祝福を受け、国と法を守って統治することを誓う。主要な臣下と高官、軍の上層が、今度は俺に忠誠を示していく。


見知った顔が多かった。カスパルもいる。アルブレヒトもいる。父上の前で何度も見た人たちが、今は俺の前にいる。


王冠は思っていたより重く、長い誓いと祈りの間に少しずつ首が痛くなった。姿勢を直したくなったが、大勢の前で何度も動くわけにもいかない。


儀礼が終わって王宮へ戻っても、その日のうちに大きな政策を発表することはしなかった。新しい人事や新税を出すことも、軍の配置を一斉に変えることもしない。翌日から、いつもの机に座った。違うのは、持ってこられる書類の最後だった。


「こちらは、西部の地方官任用の更新です」


カスパルが一枚の文書を置いた。内容を読む。任期の延長。担当者の評価。現地からの報告。大きな問題はない。以前なら、俺が見たあと父上へ持っていく種類の案件だった。


「現地から反対は?」


「ございません。担当官からも継続が妥当との意見です」


「予算の変更は?」


「ありません」


「なら更新で」


「承知しました」


署名する場所へペンを置く。手が止まった。ほんの一瞬だった。このあと父上へ持っていく。そう考えかけた。紙の下には、もう次の書類が見えている。署名した。


カスパルが受け取り、隣の書記へ渡す。


「次です」


新しい紙が机の上へ置かれた。


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