第11話
朝の勉強が終わると、ルーカスに厩舎手前の小さな応接室へ連れていかれた。中には、俺と同じくらいの年の子が3人待っていた。
今朝、年の近い貴族の子どもたちと一緒に馬術をすると聞かされている。これからも時々、勉強や身体を動かす時間を一緒にするらしい。
「レオンハルト殿下にご挨拶申し上げます」
最初に頭を下げたのは、3人の中では少し背の高い少年だった。濃い褐色の髪が、きちんと撫でつけられている。
「フェリクス・フォン・ハルテンベルクです」
続いて、灰色がかった金髪の少年が1歩出た。
「マティアス・フォン・ケッセルハイムです。よろしくお願いいたします、殿下」
最後の1人は、赤みのある濃い茶色の短髪だった。立っている間はほかの2人より目立って見えなかったのに、前へ出る動きだけ妙に速い。
「コンラート・フォン・エーレンフェルトです。よろしくお願いします、殿下」
「うん。よろしく。ぼくはレオンハルト」
名乗る必要はたぶんない。それでも自分だけ何も言わないのも変な気がして、結局そう返した。
3人が礼を解く。
そこで会話が止まった。
何を話せばいいんだ。
「今日は馬場へ行くんですよね」
先に口を開いたのはマティアスだった。
「うん。先生が先にいるって」
「昨日も乗りたかったんですけど、今日があるからやめろって言われたんです」
「それで乗らなかったの?」
フェリクスが聞く。
「乗らなかった。だから早く行きたい」
その言い方で、少なくともマティアスが馬を嫌いではないことは分かった。
コンラートが俺を見る。
「殿下は、ここでいつも乗ってるんですか」
「うん。先生に見てもらってる」
「今日も同じ馬ですか」
「まだ分からない。たぶん、何度か乗ってる栗毛かな」
「僕はここの馬に乗るの、初めてです」
「じゃあ、どの馬になるか気になるね」
「はい」
「僕も王宮の馬は初めてです」
マティアスが厩舎の方を見た。
「早く見たいな」
フェリクスも扉の方へ視線をやった。
そこへ先任の近侍が時刻を告げた。
4人で部屋を出る。ルーカスは少し後ろをついてくる。厩舎へ近づくと、乾いた藁と馬の匂いが濃くなった。馬房の前では、オットー先生と数人の馬丁が待っていた。
「揃いましたね」
「今日は皆さん、それぞれ1頭ずつ使います。まずは馬房の前で確認してください。乗るのはそのあとです」
鞍、腹帯、鐙。確かめる順番はもう覚えている。
俺に用意されていたのは、何度か乗ったことのある小柄な栗毛だった。耳を動かしながら、俺が横へ回るのを見ている。腹帯に手を入れ、鐙革を見ていると、隣から声がした。
「殿下、その馬、前にも乗ったことありますか」
コンラートだった。
「あるよ。何回か」
「どんな馬ですか」
「大人しいよ。たまに、止めようとしても少し前へ出たがるけど」
「こっちは初めてだから、まだ分からないな」
コンラートは自分の前にいる鹿毛へ向き直った。鼻先へ手を出し、匂いを嗅がせてから首筋へ触れる。
その手つきに迷いがない。
馬丁が横から鐙の長さを見て、少し直すように言うと、コンラートはすぐに革へ手を伸ばした。反対側では、マティアスが馬の顔を覗き込みすぎていた。
「正面へ立ち過ぎないように」
オットー先生が声をかける。
「あ、はい」
マティアスはぱっと半歩ずれた。
「そこなら結構です。馬を見る時は、自分がどこに立っているかも忘れないでください」
「分かりました」
フェリクスは腹帯を確認したあと、もう1度馬丁へ尋ねていた。
「ここ、もう少し締めますか?」
「今はそのままで。歩かせたあと、もう1度見ます」
「はい」
俺も自分の馬へ戻る。
鞍、腹帯、鐙。手綱のねじれはない。
「殿下」
今度は先生から声が飛んだ。
「左の鐙革、見ましたか」
「見ました」
「長さだけでなく、革がまっすぐ下りているかも」
見直す。
少しだけひねれていた。
「……直します」
「どうぞ」
準備が終わると、馬を引いて厩舎の外へ出た。馬場の土は乾いていて、踏まれた跡がいくつも重なっている。柵の内側には、間隔を空けて何本か杭が立ててあった。普段の稽古でも使うものだ。
先生の指示で、1人ずつ乗る。
俺は鐙へ左足を入れ、鞍へ手を置いて跨る。右足を鐙へ通し、座りを整えた。乗る手順で迷うことはもうない。
「殿下、右肩」
先生に言われ、少し前へ入っていたのを戻す。その横で、マティアスが1度勢いよく身体を上げすぎた。
「急がなくて結構です。左足を確かめてから上がってください」
「はい」
マティアスは一度足元を見直してから、鞍へ上がった。
コンラートはすでに乗り終え、手綱の長さを整えていた。フェリクスは馬丁に鐙をもう1度見てもらってから鞍へ上がった。
全員が乗ると、先生はまず外周へ出した。
「まず常歩で外周を回ります。前の馬との間が詰まったら少し離す。離れすぎたら少し詰める。自分で間隔を保ってください」
先頭はフェリクス。その後ろに俺、マティアス、コンラートの順だった。俺の栗毛は最初の数歩だけ首を振ったが、軽く脚を添えると素直に前へ出た。
歩みの揺れに身体を合わせる。
常歩の揺れにはもう慣れた。前のフェリクスとの間は、馬1頭半ほど。少し広がったので、脚で促す。詰まりかけたら戻す。1周目の途中で、後ろからマティアスの声がした。
「殿下の馬、速いですね」
「今日はちょっとね」
「僕の、すぐ前に行きたがるんです」
「それ、マティアスが行かせてる」
さらに後ろからコンラートが言った。
「脚がずっと当たってるよ」
「当ててない」
「当たってる」
「マティアス」
先生の声が飛ぶ。
「踵を少し下へ。脚を使わない時まで挟まない」
「はい」
返事のあと、後ろの馬の足音が少し離れた。
「本当に当たってた」
「だから言った」
コンラートの声に、マティアスは何か小さく返したが、前を向いていたので聞き取れなかった。2周目の半ばで、先生が手を上げる。
「停止」
手綱だけに頼らず、身体を起こし、脚を余計に使わない。
栗毛が2歩ほど進んで止まった。
前のフェリクスも止まっている。
後ろでは、マティアスの馬が俺の馬の尻へ近づきすぎる前に止まった。
「間隔を見て」
先生が言う。
「止まれたかだけではありません。停止したあと、前の馬と近すぎないかも確認してください」
全員が自分の位置を見直す。
「では発進」
また歩く。
次は順番を入れ替えた。
俺が先頭になり、その後ろにコンラート、フェリクス、マティアス。先頭は前の馬を見なくていいぶん楽かと思ったが、そうでもない。外周から少し内へ入らないように、自分で線を決める必要がある。
「殿下、柵へ寄りすぎです」
「はい」
内へ戻す。
すぐ後ろの蹄の音も少し動いた。
振り向かずに半周ほど進んだところで、先生が今度は右手を上げた。
「先頭、次の角で内へ。大きく斜めに横切って、反対側へ出ます。後ろは同じ線を追わず、自分の馬が曲がる余地を取って」
俺は角の手前で行き先を見る。
栗毛の鼻先を少し内へ向ける。急に引かない。身体もわずかに合わせる。斜めに馬場を横切り、反対側の柵へ近づく前に外周へ戻す。
「殿下、戻すのが少し遅い」
先生に言われた。
「はい」
次にコンラートが同じところを通る。ちらりと後ろを見ると、鹿毛は俺より少し早い位置で向きを変え始めていた。けれど曲がりすぎず、まっすぐ斜めへ出てくる。そのまま反対側へ着く前に、首の向きがすっと戻った。
俺がさっき戻すのに遅れたところを、コンラートは小さな動きだけで通り過ぎた。
次の課題は、2本の杭で作った通過口を4つ、順番に抜けるものだった。幅は十分にある。速さも常歩のまま。ただ、1つ目と2つ目は少し右へずれ、3つ目はそこから左にある。通過口を抜けてから次を探すのではなく、早めに次の方向を決める。
「通過口へ寄せすぎないように」
先生が言った。
「通り過ぎてから次を探すと遅れます。今どこを通っていて、そのあとどこへ行くか。両方見てください」
今度はマティアスからだった。
「行きます」
返事だけは勢いがいい。
1つ目と2つ目の通過口はきれいに抜けた。3つ目へ向かうところで馬が少し内へ入りすぎる。マティアスが手綱を引き、今度は外へずれた。
「引き戻す前に、身体を起こして」
先生が言う。
「今のは手だけが先です」
「はい」
それでも4つ目の通過口は抜けた。
戻ってきたマティアスは、3つ目の通過口を振り返った。
「3つ目だけ入りにくくない?」
フェリクスもそちらを見る。
「幅は同じに見えるけど」
「僕の馬、急に内へ入った」
「それで狭く見えたんじゃない?」
「……それもあるかも」
次がフェリクスだった。
フェリクスは1つ目の通過口へ入る前に少しゆっくりになった。馬の首の向きも小さい。
そのぶん、線は崩れない。
3つ目の通過口へ入る時だけ遅くなりすぎて、馬が「止まるのか」とでも思ったように歩幅を縮めた。
「止めない」
先生に言われ、フェリクスがすぐ脚を使う。
「はい」
馬がまた歩き出した。
戻ってくると、マティアスがすぐ聞いた。
「どうだった?」
「幅は同じだった」
「やっぱり?」
「僕は遅くなりすぎた方が気になる」
フェリクスは自分が歩幅を落とした場所を見た。
俺の順番が来た。
1つ目の通過口を見る。その次も見る。
1つ目を抜け、2つ目へ。
馬が少し外へ膨らみかけたので、内へ戻す。次は左。
「殿下、今の修正は早かったです」
先生の声。
言われる前に直せた。
4つ目の通過口を抜けて戻る。
悪くない。
「さっきより肩も安定しています」
「はい」
褒められたのは素直に嬉しい。
そして最後がコンラートだった。
鹿毛が歩き出す。
1つ目の通過口。
2つ目。
3つ目へ向かう途中で、馬の鼻先がわずかに外へ向いた。
あ、ずれる。
と思った時には、もう戻っていた。
コンラートが何か大きくしたようには見えない。手綱を引っ張ったわけでも、身体を傾けたわけでもない。
そのまま4つ目の通過口を抜ける。
「コンラート」
先生が呼んだ。
「3つ目の前、少し急いで向きを作りましたね」
「はい」
「その分、外へ逃げかけました。次はもう少し待ってから向きを作ってください」
「分かりました」
先生に直されるところはある。
それでも、さっきから俺より修正が小さい。そのあとも、停止と発進を何度か繰り返した。2頭ずつ横に並んで歩き、一定のところで列へ戻る練習もした。横に並ぶと、相手の動きがよく見える。
次に並んだ時は、コンラートが隣だった。
鹿毛が少し後ろへ下がる。
コンラートが軽く脚を使うと、鹿毛は俺の栗毛と並んだ。出過ぎる前に、すぐ歩幅が落ちる。
さっきから、大きくずれる前に直している。俺は栗毛の歩みを保ちながら、横目でコンラートの手元を見た。
「殿下、前も見てください」
先生に言われた。
「はい」
正面へ戻す。
「僕の手、見てました?」
「見てた。あとで聞きたい」
「はい」
途中で1度馬を降り、馬丁に腹帯を見直してもらった。水を飲んでから乗り直す。
再び外周へ出るころには、最初のぎこちなさはかなり薄れていた。フェリクスとマティアスは、前後になるたびに何か話している。コンラートもそこへ入る。
「次、何するんだろ」
マティアスが言った。
「また通過口じゃない?」
フェリクスが答える。
「先生、停止の場所も見てたよ」
コンラートが前を向いたまま言う。
マティアスが俺へ聞いた。
「殿下は知ってます?」
「知らない。たぶん、今までのをまとめるんじゃないかな」
「それなら、今度は左を早くしすぎないようにしよう」
マティアスはもう自分の失敗を思い出しているらしい。
マティアスはもう次をやる気でいる。先生が馬場の中央へ歩いてきたのは、その直後だった。
「では、最後に今日やったことを1度つなげます」
「1人ずつです。あちらから入り、最初の通過口を抜ける。右へ大きく向きを変えて2つ目。そのあと左へ戻し、最後の目印の横で停止。速さは競いません。急ぐ必要もありません。合図を増やしすぎないこと」
先生は杭と目印を指しながら順路を示した。
「まず1度通してください。終わったら、直すところを伝えます」
順番は俺が最初になった。
後ろに3人が待っている。それだけで、普段1人でやる時とは少し違った。
「殿下、どうぞ」
「はい」
栗毛を前へ出す。
最初の通過口。
右へ向きを変える。
少しだけ外へ膨らんだが、戻せた。
2つ目の通過口を通り、左へ。
最後の目印が近づく。
停止。
栗毛は目印を半歩ほど越えてから止まった。
「はい。そのまま」
先生が近づく。
「全体としては結構です。右へ向きを変えた時、外へ出たのを手綱で戻しましたね」
「はい」
「その前に行き先を決められれば、あの修正は減ります。停止は最後だけ手が強くなりました。次は身体を先に使ってください」
「分かりました」
1回目としては、悪くない。
俺は外へ戻り、次のコンラートを見る位置へ馬を進めた。
「コンラート」
「はい」
「どうぞ」
鹿毛が歩き出す。
最初の通過口へ入る。
俺より少し内側。
抜けたところで、もう右側を見ているのが分かった。
曲がる。
馬の首が1度だけ小さく振れた。コンラートは引き続けず、すぐ手を戻す。
2つ目の通過口。
左へ。
停止。
鹿毛の前脚が、目印のすぐ横で止まった。
先生は少し間を置いてから言った。
「右への入りは今ので結構です。左へ戻す時は、上体が少し先でした。停止位置は合っています」
「はい」
コンラートが戻ってくる。
俺は目印を見る。
自分の時より、直す動きが少なかった。
点数なんてなくても、負けたのは分かった。
「次、フェリクス」
「はい」
フェリクスが出る。
俺はそちらを見る。
フェリクスは最初の通過口を丁寧に抜けた。右へ曲がる前に1度歩みが遅くなったが、今回は止まらない。次もずれない。最後の停止だけ、目印より少し手前だった。
「進路は安定しています」
先生が言う。
「曲がる前に速度を落としすぎています。歩調はそのままで曲がってください。停止も少し早いです」
「はい」
フェリクスは戻りながら、停止した場所を振り返った。
「やっぱり早かった」
「でも、曲がるところはずれなかったね」
マティアスが言う。
「そこはよかった。次はもう少し先まで行く」
マティアスはそう言って前へ出た。
最初の通過口までは速くない。けれど、身体全体に先へ行きたい感じが出ている。右へ曲がる時、今度は手だけで引かなかった。そこはさっきよりよかった。ただ、最後の左へ入るところで早く向きを変えすぎた。馬が内へ入り、杭へ近づく。
「あっ」
声を上げながらも抜ける。
停止はぴたりと止まった。
「マティアス」
「はい」
「右はさっきより良いです。左は曲がり始めるのが早すぎました。見るのは早くて構いません」
「はい」
「停止は良かった」
「ありがとうございます」
マティアスは戻ってくるなり、自分が左へ入りすぎた場所を見た。
「停止は合ったのに、左がだめだった」
「僕は逆だ」
フェリクスも自分の停止位置を見る。
「次は、そこを直したい」
俺も同じだった。
「先生」
「はい、殿下」
「もう1度やりますよね」
「やります」
先生は簡単に答えた。
「4人とも、今言ったところを1つだけ意識して、もう1度通してください」
よかった。
今度はコンラートよりきれいにやる。右への入りを早くする。停止で手を強くしない。
ふと気づいた。どうやら転生しても負けず嫌いなクセは残っているらしい。心の中で苦笑いしていると俺の番が来た。
「どうぞ」
栗毛を出す。
1つ目の通過口を抜け、右へ向きを変える。さっきより早く行き先を決めようとして脚を使うと、栗毛の首が内へ入りすぎた。慌てて外へ戻し、今度は戻しすぎて、もう1度内へ直す。
2つ目へ向かうころには肩にも力が入っていた。左への変更でも遅れまいとして、脚と手綱を一緒に使ってしまう。栗毛が少し首を上げた。
最後の目印で身体を先に使おうとしたのに、止める瞬間には結局手が強くなった。
栗毛は目印を1歩越えて止まった。
嫌な感触が残る。
「殿下」
「はい」
「1回目より雑になりました」
先生の声は変わらない。
「右へ入る前、脚と手綱が一緒に強くなりました。左も同じです。1回目より合図が増えています」
「……はい」
「停止も最後だけ手が強い。直そうとして合図を増やさないことです」
「はい」
1回目より悪くなったのは、自分でも分かる。
次はコンラートだった。
俺はそのまま見る。
コンラートが出た。
最初の通過口を抜け、右へ入る。
やっぱり修正が少ない。
俺は自分の手綱を握る指に力が入るのを感じて、少し緩めた。
2つ目の通過口を抜け、左へ。
そこで鹿毛の首が外へ向いた。
コンラートが直す。
少し遅れた。
最後の目印へ近づく。
止まる。
鹿毛は今度、目印を1歩ほど越えた。
「うわ」
コンラートが小さく声を出した。
先生が近づく。
「左へ戻す時、今度は待ちすぎました。馬の首が外へ向いてから直しています」
「はい」
「停止も遅れましたね」
「はい」
コンラートは戻ってきても、自分が止まった位置を見ていた。
「もっと手前だったな……」
小さく呟く。
フェリクスは曲がる前の減速を少し減らし、停止も1回目より目印へ近づけた。マティアスは左への入りを直した代わりに、今度は停止を少し越えた。
「左はさっきよりよかった」
戻ってきたマティアスが言う。
「でも、停止は越えたね」
フェリクスが答える。
「両方うまくやりたかったのに」
「僕も」
その一言には、俺も混ざりたかった。
先生は俺たちを外周へ戻した。
「外周を2周。馬をゆっくり歩かせてください。間隔はさっきと同じです」
列を作り、歩き出す。
今度はコンラートが先頭で、俺がその後ろだった。栗毛のゆっくりした揺れに身体を合わせる。
前の鹿毛の尾が左右に動く。
コンラートの背中は、さっきまでと変わらない。
俺はしばらく黙っていた。
聞こうと思っていたことを思い出す。
「コンラート」
「はい?」
「さっき、ずれる前に直してたよね。どうやって分かるの」
コンラートは少し考えた。
「次に行く方も見てます」
「先生も言ってた」
「でも、通過口だけじゃなくて、その先も。ずっとじゃないけど」
「曲がる時は?」
「向き始めたら、手を戻します。引いたままだと行きすぎるって、家で言われるので」
「じゃあ、ずれたら?」
「直します」
「どうやって?」
コンラートは困った顔をした。
「……そこは、普通に」
そこが知りたいんだけど。
「コンラート、僕の左は見てた?」
後ろからマティアスが聞いた。
「見てない。自分の番のこと考えてた」
「僕はコンラートの見てたのに」
「僕は見られてたの?」
「見てた」
さらに後ろからフェリクスが言う。
「じゃあ停止は? 1回目は一番近かったよね」
「2回目は越えたよ。僕が知りたいくらい」
それには誰も答えられなかった。
前でコンラートが少し肩を落とした。
「間隔、詰まっています」
先生の声が飛んだ。
俺は前を見る。
考えている間に、鹿毛との距離が縮んでいた。
「はい」
栗毛を少し抑える。
後ろからマティアスが言った。
「殿下、詰まってますよ」
「ほんとだ」
「さっき僕もやりました」
「最初から詰めてたのはマティアスだけど」
コンラートが前から言う。
「それはもう直した」
「さっきまた少し詰めてたよ」
「見てたんじゃないか」
「後ろだから見える」
言い合いはそのまま続き、先生に「会話は構いませんが、馬の間隔も見てください」と止められた。
最後に2周、ゆっくり歩いた。
馬の息が落ち着いたところで中央へ入り、1人ずつ降りる。地面へ足が着いた瞬間、脚が少し頼りなく感じた。長く乗ったあとのいつもの感覚だ。手綱を持ち、栗毛の首を軽く撫でる。
「お疲れ」
馬は俺の声より、近くに来た馬丁の方へ耳を向けた。
仕方ない。
手綱を渡す前に、先生と一緒に腹帯や鞍のずれを確認する。
隣ではコンラートが自分の馬の肩を撫でながら、馬丁へ聞いていた。
「この馬、左へ行きたがることありますか」
「今日は少し外を気にしていましたね。普段はそこまででもありません」
「じゃあ、さっきのは僕の方か」
コンラートは鹿毛の顔をもう1度見た。
フェリクスも自分が乗っていた馬からすぐには離れず、首筋の汗を見ている。マティアスは鐙を上げようとして、馬丁に「こちらでやります」と止められていた。
俺も栗毛の首をもう1度撫でた。
馬具の確認を終えて厩舎を出る頃には、喉が渇いていた。ルーカスが用意してくれていた布で手を拭きながら、俺たちは近くの休憩室へ移った。大きな卓に水と薄い果実水、それから小さく切ったパンと焼き菓子が置かれている。
4人とも座った途端、まず飲んだ。
「疲れた。昨日乗らなくてよかった」
マティアスが杯を置く。
「やっと分かった?」
フェリクスが言った。
「昨日は、こんなに長くやると思ってなかったんだよ」
コンラートが焼き菓子へ手を伸ばしたところで、俺は声をかけた。
「コンラート」
「はい」
「次は負けないから」
手が止まる。
「……僕にですか?」
「うん。今日、ぼくの方が直すの多かった」
コンラートは少し考えてから頷いた。
「じゃあ、僕も次は負けたくないです」
横からマティアスが入ってきた。
「僕も次は停止を合わせたい」
「僕は曲がる前に遅くなるのを直す」
フェリクスが続ける。
誰かが勝負を決めたわけではないのに、4人とも次のことを考えていた。
俺はパンを1つ取る。
次も同じ課題になるとは限らない。それでも、コンラートともう1度馬に乗りたいと思った。
通過口だけでなく、その先を見る。
曲がり始めたら、引いたままにしない。
今日みたいに勝とうとして自分から崩すのは嫌だ。
「殿下は、次も馬がいいですか」
フェリクスに聞かれた。
「うん。ぼくは馬がいい」
「僕もです」
コンラートがすぐに続いた。
「僕は、次はもう少し曲がるところが多い方がいい」
マティアスが言う。
フェリクスは少し考えた。
「僕は今日くらいでいい。まだ止まるのが早かったから」
次が同じ課題になるかは分からない。
それでも、俺はもう1度コンラートと馬場に出るつもりでいた。




