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ピッツバーグ、ペンスルヴェイニア…5

 久し振りの浮き立つ気持ちに瞳孔を広げながらビリーが向かったのは、まずはクラップスのテーブルだった。勝ちを求めるわけではない。ダイスを放り、その日の運を確かめたいのだ。調子は悪くなかった。少なくともビリーにはそう思えた。気分を良くして、本番となるべきテーブルに向かった。バカラだ。

 ビリーはバカラが好きだった。複雑なことを考えるのが苦手だったからでもあるが、スピード感が好きだったし、最も勝ちやすいからでもあった。そわそわしながらテーブルに着き、ポケットから札を出してコインに変え、早速ゲームを開始した。

 ディーラーは艶やかな黒髪の東洋系の女性で、鋭く切れたアイシェイプに深い漆黒の瞳を宿し、しなやかな肩と白磁のように滑らかで繊細な指をしていたが、ビリーには関係なかった。勝つ。それ以外のことはどうでもよかった。

 出足は悪くなかった。定石通りバンカー中心に賭け、少しずつだが順調にコインを増やしていった。ディーラーはやわらかで形のよい唇に謎を秘めた微笑みをたたえていたが、ビリーが読み解きたかったのはゲームの流れであり、それは概ね読めていた。

 流れが変わったのは、ひとりの客が同じ卓に着いてからだった。マシュマロのお化けのような肌色と体型をした中年の女で、頭が痛くなるような香水の匂いをぷんぷんと漂わせ、甲高く甘ったるい耳障りな声をしており、わざとらしい奇妙な科のある手つきでコインを扱った。女はやたらとドローに賭けたがり、当然ことごとく外していたが、ふさふさとしたハンドバッグからは、金はいくらでも出てくるようだった。

 そこから少しずつ歯車が狂い始め、考えることのすべてが裏目に出始めた。立て続けにバンカーが勝ったからそろそろと思ってプレイヤーに張ればまたバンカーが続き、セオリー通りにバンカーに戻せば連続でプレイヤーが勝った。みるみるうちにコインが減っていき、敗けを取り戻そうと賭け金を上げ、さらに敗けた。

 三度目に交換したコインが底を尽きたとき、ビリーは席を立った。流れを変える必要があったからだ。まずはスロットを叩いた。ことごとく敗けた。スリー・カード・ポーカーに切り替えた。敗けはさらに広がった。ノワールに大きく張った。ボールはダブル・ズィロに落ちた。


 どうしようもなくなり、ビリーはひとまず駐車場のシェヴレイに戻り、ポケットの残金をダッシュボードに広げてみた。五十四ドル二十五セント。もう一度数えてみた。五十四ドル二十五セント。何度数えてもその金額だった。それがビリーに残された――一九九一年型のシェヴレイとわずかな動産以外の――全財産だった。五十四ドル二十五セント。

 ビリーはしばらく呆然としたように、くしゃくしゃの札と硬貨を眺め、ふふっと乾いた笑いを漏らし、ポケットにぐしゃぐしゃと金を戻した。それからのんびりとグラヴ・ボックスに目をやり、開き、中にしまってある「それ」を眺めた。「それ」は掌にほどよく収まる大きさで、黒く鈍く輝いていて、二十二口径とも呼ばれており、観賞や収集などいくつかの用途はあるが、たとえば頭蓋骨の中身をぐちゃぐちゃにかき混ぜて、その繊細で精緻な構造と機能を不可逆的に破壊にするには、ちょうど都合がよいようなものかもしれなかった。

 憧れるような、懐かしいような瞳でしばらく「それ」を眺めたあと、ビリーはグラヴ・ボックスを閉め、両手を頭のうしろで組んでシートにもたれ、ぼんやりとした目でふうっと息を吐いた。身体は寛いでいた。心は不思議と穏やかだった。頭は働いていなかった。なんだかもうどうでもいい、そんな気分だった。


 しばらくぼんやりとしていて、ふとミラーに映る青っぽいなにかが気になり、なんだろうな、と思いながら、ゆっくりと焦点を合わせた。後部座席にお行儀よく座っていたのは、リサイクル素材のリユーザブルなショッピング・バッグだった。ミディアム・ブルーにスパークするイエロー、スパーク、スパーク、スパーク。どこのバッグかを理解するのに、左下のロゴを見る必要はなかった。セイヴ・マニー、リヴ・ベター。ウォルマートだ。

 なんでそんなもんが俺の車にあるんだろうな、とぼんやりと考え、少しの間のあと記憶の一部に焦点が合った。エルだ。

 ビリーはまたしばらくぼんやりとしたあと、ダルそうな動きで身体を捩じって後部座席に手を伸ばし、バッグを掴み上げ、体勢を戻して膝の上に置いて、ごそごそと中身を手に取って眺めてみた。何枚かの夏物のシャツ、何足かの靴下、それから四枚セットの男物の下着。なんだあいつ、買うのが恥ずかしかったってこのことか、そんなことを思いながら衣類をバッグに戻し、バッグを後部座席に戻そうと再び身体を捩じって、動きを止めた。今度はいくらか急いだように体勢を戻し、下着の入った袋を取り出してぴりぴりと開け、一枚を選んで広げた。ビリーが手に取ったのは、パープルを中心に爽やかに配色された、バッファロー・チェックのボクサー・ショーツだった。


 カシーノに戻ったビリーは、迷わずにバスルームの個室に入り、ジーンズを下ろし、下着も脱いだ。それから、エルが買ったボクサー・ショーツに履き替え、ジーンズを履き直し、ベルトを締め直した。新しい下着は少しだけサイズが大きかったが、さっぱりとしていて履き心地がよかった。

 それから、脱いだ方の下着を手に取り、汚らしげに眺めた。それは三年前に刑務所で支給された白いはずのブリーフで、ラバーバンドは伸び、繊維は掠れ、穴が開き、股間が黄ばんでいた。個室を出たビリーは、耐え難い嫌悪感とともに、汚れて臭うブリーフをゴミ箱に叩き込んだ。なんで俺はこんなものを履いていたんだ。こんなもんを履いていたからダメなんじゃねぇか。

 乾いた口内のねばねばした唾を洗面台に吐き棄て、口をゆすいで手を洗い、濡れた手で髪をうしろに撫でつけて整え、鋭さの戻った自分の目を真っ直ぐに見つめ、よし(オール・セット)、と小声で、しかし力強く呟き、背筋を伸ばして、ビリーはすたすたとテーブルに戻った。もちろんバカラだ。

 ツキは完全にビリーにきていた。バンカーに張ればバンカーが、プレイヤーに張ればプレイヤーが勝った。流れが変わると思えば変わり、続くと思えば続いた。手元のコインが充分に増えてきたので、賭け金を二〇ドルに上げた。それでも勝った。三〇ドルに上げた。、さらに勝った。艶やかな黒髪をしたディーラーは相変わらず謎を秘めて微笑み、時おり漆黒の瞳を煌めかせながら、白磁のように滑らかな指でカードとコインを巧みに捌いていった。ビリーの前に、色鮮やかなコインの束が積まれていった。

 三時間ほど勝ち続け、ふっとなにかが去るのを感じ、ビリーはすっと席を立った。今が引きどきだと理解したからだ。コインは数えるまでもなかった。大勝だ。

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