第99話:VS竜骨鬼⑥
「ゲハ、ゲハ、ゲハ、俺様の片腕を、持って逝ってしまうとは」
強烈な刺激臭を放つ体液に塗れて、数え切れぬほど細分化された肉片が、次々に草原の上へ落ちる。
形も多きさもまちまちで、統一性など皆無であるが、青草を汚らしく染めていく事だけは同じ。
骨の多くも同様に落下を遂げるが、中には空中で粉にまで分解される物もある。それらは風に攫われ彼方へと消えていった。
恐るべき精度と威力で異形の左腕を破砕し尽くした剛剣は、陰惨な汚点に染まる。
小さな傷、深い刃毀れが覗き、骨や肉や黒血の欠片に濡れていた。竜骨鬼の振るう大鉈と数度打ち合い、降り掛かるものを斬り捨ててきた結果だ。
「これほどの猛者と出会えた幸運に感謝をせねばなァ! 今宵に放たれた俺様こそが当たりクジというわけだ!」
左腕を粉々に破壊されながらも、竜骨鬼の口からは喜悦の絶叫が立ち昇る。
全身を震わせて豪快な笑い声を響かせれば、失った左肩の損壊部より暗い流液が迸った。
しかし当事者は痛がる様子もなく、天まで届かんという咆声を上げるばかり。その中に含まれる歓喜の色は、魂までも冒しきっていると容易に知れるほど濃厚だ。
他の物言わぬ異形達とは異なり、竜骨鬼には特別な処置が施されている。元より一定の戦闘力を持つ人間、異形を倒すために奔走していた退魔師がベースであり、捕らえられた彼等は黒幕によって変異させられる際、闘争本能を過剰に肥大化する試みを受けた。
知性は残すが人格は捻じ曲げられ、記憶を奪われて戦いと殺戮しか考えられないように変えられた者たち。他の異形同様に一夜分の活動力しか持ち合わせていないからこそ、より激しく闘争を求めて豪放に暴れ回る。
「うるさい奴」
一方、対峙するマフユは押し勝った事実に感慨もない。
短く言い捨てると共に、右手の剛剣を素早く真横へ払う。分厚い巨刃を躊躇なく、怪物の首筋に叩き付けた。
精霊の剣は風を鳴かせて空を駆け、然して離れていない赤茶の首骨へ激突する。肉厚の刃は易々と骨格を断ち割り、半分程を内側まで沈ませた。
けれど一気に斬り裂く事は叶わず、中途で進行を止められてしまう。
攻撃を受けた側が急遽に動き、彼女の力入れを妨げたためだ。
「ハッハァッ!」
高揚した気分を直接吐き出して、竜骨鬼が接近行動を取る。
剛剣を首の中程まで埋めたまま、上体を前のめりに押し出してきた。動きに合わせて大顎が上下に割れ、唾液と髄液に濡れた烈牙が月光を奇妙に照り返す。
来襲は唐突だが的確であり、開かれた口内に少女の左肩を収めて止まる。瞬間、口腔が全力で閉ざされ、マフユは並ぶ牙列の洗礼を浴びた。
密集する牙という牙が顎力で一点へ集い、既に破れていた肩布を容赦なく襲う。上下から掛けられた猛烈な圧力は巫女服の白衣を噛み叩き、断傷の深さと大きさを一発で増す。そこからは間を置かず、肩部を千切り裂いた。
「ぁぐぅッ!」
「さぁ盛り上がって来たぞ! ここからが本当のお愉しみだ!」
マフユの小さな悲鳴に、竜骨鬼の快笑が重なる。
巨大な顎と強大な力が白衣を部分的に破り捨て、露になった肩をも攻め立てた。
力を落さない大口の動きに捕捉されたまま、少女の露出した細い肩へ牙が減り込む。先端の尖った牙群は、肉を穿って内部へと沈んでいった。
傷口から漏れ出る血液は怪物の口内に垂れ、醜悪な愉悦の助けとなる。
皮膚を越え、あるかないかの脂肪を食み、鍛えられた筋肉を抉り、遂に骨をも咬む牙また牙。
上方と下方の二面から押し迫る牙は、マフユの肩内で再接触を遂げた。
完全な閉口が近付き、牙の先端同士が触れ合う。骨を砕いて擦り、肉を掘り進んで、いよいよ深く繋がろうとする動き。
「はぁなせぇッ!」
進まなくなった剛剣から手を離し、咄嗟に五指を揃えて伸ばしながら、マフユは右腕を疾らせた。
左肩を食い千切ろうとする怪物目掛け、顔のすぐ横に見える眼窩へと義手の貫手を叩き込む。
小回りの差で勝る少女の速突きは竜骨鬼の眼域を抉り、深々と奥へ潜った。硬質な義手故の暴力的な侵入。怪物の肉膜にこれを阻む術はない。
掛かる圧と触れる体組織を強引に突き破り、徒手一刀が竜骨の目を貫き潰す。
「シュウカ!」
続きマフユが叫ぶに応じ、義手の指先で炎が爆ぜた。
精霊シュウカの働きによって猛火が生まれ、眼窩の深部で内側より竜頭を焼き始める。
紅蓮の火爆が怒り狂い暴れ回ると、ついに堪らず竜骨鬼の頭が振動した。
「セイギ!」
マフユが次の厳声を発すや、影から這い出た幾多の触手が怪物の口へ殺到。
僅かに緩んだ上下の顎へ一斉に絡みつき、咬み進もうとする意欲と逆方向、外側へと力をかける。
拮抗する間もなく徐々に大口は押し開かれ、少女の肩に減り込んでいた牙が触手によって引き剥がされた。
「チアキ!」
肩口の酷い噛み傷からだくだくと流血しながら、マフユは怯まず風の精霊を呼んだ。
鋭い声が夜気に飲まれるより早く、彼女の背中へ光より純白の翼が生まれ、一挙に逆巻く上昇風が体を浮かす。
合わせて右腕を怪物の眼窩より引き抜いた。下では大翼の羽ばたきと小竜巻が重なり、マフユが地上10cmほどの宙空で回転する。
以心伝心で主の意を汲む精霊の働きが、少女を高速で回し勢いから倍加させ、縦回転のまま軸のみを横移動。最高速へ達した一瞬、横合いから剛剣を蹴り叩いた。
竜骨鬼の首に食い込んだままだった得物へ強烈な蹴撃が命中し、腕運を超えた力が乗せられる。最大威力の進動が注がれたことで剛剣は再斬し、怪物の阻みを力づくで突破した。
分厚い刃が一気呵成に横滑り、蹴り足の軌道へ沿って触れる全てを断ち斬っていく。もはや何者にも止められず、剛剣の一閃により竜骨鬼の首と胴が分断された。
特徴的な竜骨の頭部が宙へ舞い、胴体へ繋がる首の断面から膨大な黒液が噴出する。




