第100話:VS竜骨鬼⑦
風の介助が優しく薄れ、マフユが草地に改めて着地する。
その背後で首を失くした竜骨鬼は折れるように両膝をつき、仰向けに倒れていった。
跳ね上げられた頭部は数秒後、少女の足元へ鈍い音を伴い落ちる。
「ゲハ、ゲハ、ゲハ、俺様の、まけ、だ」
片方の眼窩が潰れ、燃え火の残滓を覗かせて、怪物が最期の力で低く笑った。
自身の敗北を認めると同時に、落ちた首と腕の絶えた巨体は黒い靄へ解けて消える。
更に竜骨鬼から漏れ出て飛び散った体液も全てが消失していき、周囲にはマフユの血の汚れだけが残ることとなった。
敵の完全な滅却は戦いの終わりを告げ、最後まで生き延びた勝者は、ゆっくりと息を吐き出す。
「くっ――」
危機的な状況を乗り越えた安堵と共に、マフユは義手腕で左肩を押さえ、草葉の上に片膝をついた。
左腕を食い千切られることだけは回避したが、噛み傷は極めて深く、引き裂けた穴から血液が流れ続けている。
戦闘による高揚と緊張感の名残で痛覚が多少麻痺しているのが、せめてもの幸いだろうか。
「ポメ」
「ぽめー!」
囁きにも等しい声で地礫の精霊を呼ぶと、即座に茶色い光が瞬き、犬のような毛玉が現れた。
精霊ポメはマフユの右肩へ跳ねて乗り、全毛をワサワサと震わせて、彼女の体を淡い燐光に包ませる。
大地の活力を癒しの権能として負傷部へ注ぎ、大急ぎで回復作業に取り掛かったのだ。
その間にもマフユの周りで風が吹いてチアキが、炎が立ちシュウカが、闇が形を取りセイギが、それぞれ実体化を遂げた。彼らは呼吸の浅い主を護るよう傍に囲う。
「今回は特にギリギリだったわねぇ。あんまり無理しすぎちゃダメよ」
「でも見ただろ、マフユはバキバキに強くなったぜ。あのバケモンは手練れが数人掛かりでも返り討ちに遭うって話じゃねぇか。それを一人でブッチめちまうんだからな!」
「その代わり無傷で、とはいきませんでしたがね。本当に一歩間違えれば原野に死骸をさらすところでした」
心配そうな顔で頬に手を添え、言っても聞かない妹へ困る姉の風情で溜息を吐くチアキ。
拳を強く固めて握り、強敵に勝利した余韻と興奮から鼻息荒く笑うシュウカ。
負傷し疲弊の色濃い主を眺め、その蛮勇に呆れて肩をすくませながら、内心の悦を吊り上がる口端へ隠さないセイギ。
三者三様の姿勢でマフユへ評価を送り、しかし一同が等しく回復作業を見守っていた。
ドクター・アラハバキに注入されたナノマシンの賦活補助と、ポメによる精霊治癒は相乗効果で飛躍的な自己修復を齎す。とはいえ受けたダメージが多大である以上、簡単に元通りとはいかない。マフユ再び動けるようになるまで、相応の時間が必要だった。
激戦を終えて消耗している今、若き精霊使いは殆ど無防備状態にある。ここを外敵に襲われてはひとたまりもないため、精霊達の警護は軽口を叩き合いながらも油断から程遠いものだ。
「やっぱりサユキちゃんが傍に居ないと、ちょっと出力も上がりきらないわねぇ。市長ちゃんに呼ばれて別行動とはいえ、最近いつも一緒だったから落ち着かないわぁ」
「ワタシの施した『従属の隷結』は正常に機能していますよ。遠く離れていても、あちらからの霊子力供給は途絶えていません。まぁ近くに居る時と比べ、細々としたものであることは否定できない事実ですが」
「おいおい、悲観するこっちゃねぇだろ。マフユも成長してんだぜ。見ろよ、アイツが居なくても自前の力でオレ達を賄えてる」
「ぽめ~」
「あら、マフユちゃんの霊子力総量の基礎上限が拡張されてるのは、サユキちゃんと常々関わってるからよ。こうして一人でやれてるのも、あの子のお陰なんだから」
「我が主君が具えた受容能力に依る作用ですね。稀有な特性ですよ。ワタシはこれこそが精霊使いの肝だと考えています」
「あァん?」
「受容能力は周囲に在るものの影響を受け入れて取り込み、自身のものとして咀嚼還元する力です。吸収系の延長、その上位能力と言いますか。取り込んだものをそのまま使うわけでなく、自分自身へ相応しい状態まで最適化して反映させる。最も効率が良い形へと自己を適応していくのです。これが優れている者は個人の内で何サイクルも変設を重ね、ごく短いスパンで強化更新を繰り返すことが可能となります。我が主君の場合、受容能力による回転数が尋常ではありません。異様な成長速度はこれが要因だと考えていいでしょう」
「精霊使いがアタシたち精霊と感応できるのは、受容能力が働いて無意識にチャンネルを繋いでいるからよ。精霊は生きたエネルギーですもの、近くに在ればそれだけで受容能力を強烈に刺激する。受容能力が優れていれば開設されるチャンネルが増えるから、それだけ多くの精霊と通じ合えるというワケね」
「んでよぉ、それがヤマトネのヤローとマフユにどう関係してんだよ」
「ぽめ! ぽめぽめ!」
「やれやれ、分かりませんか? 二人は『従属の隷結』で常時密接に繋がっています。ですから我が主君の受容能力にも影響を与え続けている。彼がヤマト一族の血質故に内在させる膨大な霊子力は、本人がそれを巧く扱えようが扱えまいが関係なく、我が主君へと多分に作用し、同じような保有量になるまで基礎上限を膨らませたのです」
「簡単に言えばぁ、サユキちゃんに感化されて、マフユちゃんも成長したってことよぉ」
「お、じゃあもうヤマトネのヤローは必要ねぇってことか!」
「何を言ってるんですか。彼が居れば単純に2倍の霊子力を確保できるのですから、繋いでおいた方が得に決まっているでしょう」
「マフユちゃんだって、サユキちゃんが居ないと寂しいでしょ?」
「ぽめめ~」
「……別に」




