第101話:海底施設へ①
遠く地平の果てまで続く大海原。雄大な青の流れは陽光を反射して、雲から空から清澄に輝かせる。
押しては返し、進みは引いて常にたゆたう波の瀬が、けして揃う事のない、しかし穏やかで心地良い調べを刻み奏でる。
そんな壮景の直中に、巨大な鋼鉄の構造物が聳えていた。
海中から突き出たビルのような、四角く高い真っ直ぐな人工物体。揺れ動く波にも、遮るものなく渡る海風にも、小揺るぎせず佇む威容は圧巻の一言だ。
その最頂部に開かれたデッキ・コラムへと、濃緑で染められた大型輸送ヘリCH-47チヌークが近付いていく。
ボーイング・バートル社で開発されたタンデムローター式輸送ヘリは、徐々に高度を落としながら淀みない機動で、海上建造物の直上へ至った。
前後で左右逆回転するブレードの独特な風切り音が、騒ぎ立つ波間の流音を打ち消す。硬質な駆動音が真昼の海原に落ちかかる中、大デッキ中心に設けられたヘリポートへと、機体が滑らかに着陸したのはほどなくのこと。
四基のホイールが鋼板を噛み、機体全体に強かな衝撃が走る。一度の揺動を経て広大なデッキの一部に降り立った直後、チヌークのキャビンドアが勢いよく開かれた。
次いでそこから、紺色のブレザーとプリーツスカートを合わせたマカベ・マフユが降り立つ。
回転を続けるローターが生み出した猛風に呷られて、袖や裾、桃色の髪が大きく靡いた。
艶やかな色彩は天海の蒼に映え、白雪めいた瑞々しい項を軽やかに撫でる。
「これはこれは、マカベ様。遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」
ヘリを背にするマフユへと、正面から声をかける者があった。
未だ荒ぶ輸送機の羽風を真っ向から受ける、丸眼鏡をかけた中年の男だ。
血色が悪く、無精髭を生やした痩身の右胸に、『マツヤマ』というネームプレートを付けている。
「早速で申し訳ありませんが、ケガン市長が下でお待ちです。御案内しますので、私に付いてきてください」
ずり落ちそうになる丸眼鏡を片手で直しながら、マツヤマはマフユに先行して歩き始めた。
マフユはすぐに動かず、周辺を一度見回してみる。視界に映るものは空の青と海の蒼しかない。あとは今自分の立っている鋼鉄の建造物だけ。
都市から遠く離れた海上に建つ謎の施設。その意図を知らぬまま、少女は出迎えた男の後ろへ続いた。
「ココは何?」
「ケガン市長が個人的に用立てた古い施設です。前任者からは70年以上前から稼働していると聞いています。ある種の観測所ですね」
「異形事件の黒幕に対抗する手段、それを教えると言われて呼ばれた。そのことと関係があるの?」
「ええ、間違いなく。詳しい話はケガン市長から直接聞いた方がよろしいでしょう。私では十全にお伝えできませんから」
二人は吹き止まない鉄風に晒されつつ、施設最上の開けた空間を進んでいった。
歩くたびに頑強な床面から靴底で叩く反響音が返ってくる。
目指す先は南端に設けられた内部へ通じているだろう唯一の扉。鋼色を基調として意匠もなく、ただ無骨で重々しい。大自然の中にあってそれは異質で、見ているだけで圧迫感を覚える。
しばらくして扉の前に辿り着くと、マツヤマは懐から一枚のカードキーを取り出した。それを扉横から出っ張っているスキャナーに通し、11桁のパスコードを打ち込む。
最後の指動が終わると同時に、微かな駆動音を放ち扉がスライドした。その奥側に四角い小部屋が現れる。
施設内部を降るためのエレベーターだ。
「どうぞ、お入りください」
促されてマフユはエレベーターへと入っていく。
次いでマツヤマも乗り込み、階数指定ボタンの代わりに設けられている数字盤を素早く叩き始めた。
専用のパスコードを入力すると扉が閉まり、音もなくエレベーターが下降を開始する。
揺れは殆どない。独特の浮遊感が足元から感じられるものの、乗り心地は良好だった。半世紀以上前から使われているというが、古臭さは皆無。傷や汚れは見られず、軋む様子もないことから、定期的なアップグレードが施されていると窺える。
上下と左右に扉の五壁は冷たく堅固で無機的だが、扉の反対側となる正面部のみ透過度の高いクリアな構材で作られていた。そこからは施設内が覗ける。
ただし今のところ視界に入るのは鋼製シャフトの搬送菅内だけだ。
一定間隔で外壁に埋設されているライン型の照明装置が、一瞬だけエレベーター内を照らしては上へと流れ去っていく。その勢いから、かなりの高速で下降しているのだと分かった。
マフユは腕を組んで佇み、透明な壁面の向こうで滑るシャフトの鉄色を眺め続けた。
「どこまで降りるの?」
「もうしばらく下まで参ります。この辺りは比較的海底が浅いものの、それでも生身では到底潜れない深度はありますので」
「随分と大掛かりな施設なのね。深海魚でも調べてるのかしら」
「端的に表現するなら、惑星の血管、でしょうか」
「血管?」
「ケガン市長が重点的に観測しているのは、星に流れる生命エネルギーの通り道なのですよ」




