第102話:海底施設へ②
マツヤマとの会話中、透過壁の外側に見える景色が一変した。
冷めた鋼鉄の覆いが延々と続くばかりだったシャフトは、突然、見晴らしのいい高所俯瞰に移り変わる。
眼下に広がるのは広々とした空間だった。
数多くの重機やマシーンアームが入り乱れ、往来し、騒然と作業に従事する光景。そこにあったのは、鋼鉄の工場とでも呼ぶべき世界である。
10や20ではきかない作業機械が動き回り、何列ものベルトコンベアが並びながら、あるいは複数段が錯綜し、其処彼処で大小無数の火花を散らす。止まらない設備の稼動と、物品の供給を以って、一秒一瞬の隙なく全てがピースを担い、怒涛の連携で何かを組み上げていた。
統制された個々の動きは万遍なく噛み合い、与えられた役割に沿って欠落なく意義を果たす製造ライン。全体が一つのシステムとして巨大な機巧を体現する中、目に見える箇所・見えない箇所を問わず間断なく作業が繋げられる。
「海の底にこんなものが」
壁向こうで展開される遠大な工場区画を眺め、マフユは思わず呟いた。
予想だにしなかった光景に半ば唖然としいる風。
「この辺りにはレアメタルの鉱床が眠っています。採掘と加工成形を並列的に行い、そのまま資材として用いるためのオートメーションプラントですよ」
「観測所じゃなかったの?」
「それは此処より更に下層となります」
「何を作ってるの?」
「工業製品をはじめ、都市の防衛を企図したセキュリティマシンです」
その間にもエレベーターは下降を続け、俯瞰中の景色は目線と等分になる。
程なく上へ流れ、再びシャフト内の無機的なものへ変わってしまった。
そこからも速度は変わらず下がり続け、幾許かの時間が流れていく。
しばらく後、ようやく浮遊感が消えると、エレベーターが停止した。扉がスライドして外への道が覗く。
上下四方を無機的な鋼材で固められた通廊だ。同じ作りが延々と続き、変化といえるものは何もない。
天井に設けられた埋め込み式の照明が、青白い光で全体を照らしていた。
「ケガン市長はこの先にいらっしゃいます。ここからは御一人で向かってください。一本道となっておりますから前に進むだけですので」
「案内はここまで、ということね」
「ここから先への侵入は私共に認められておりません」
マツヤマが深々と一礼するのを横目に、マフユは海底に敷かれた鋼鉄の道へと踏み出した。
歩くたび、静寂が支配する長道へ足音が響く。
少女の移動が始まるとエレベーターの扉が閉まり、一帯は無人の空間となる。
そこからは振り返ることなく、前だけを見て、規則的な足取りで床を踏んだ。
「いよいよ秘密基地めいてきたわねぇ」
「チクショー、水ん中だと思うと全然落ち着かねーぜ」
「ぽめめ~」
「人間の作った物に絶対はありません。もしかすれば今この瞬間にも天板が抜けて、大量の海水が流れ込んでくるかもしれない。ワタシ達はなんとでもなりますが、炎の精霊センパイは飲まれて潰れて消えてしまうのでは?」
「ウルセェー! 余計なこと言いやがんじゃねぇよ!」
「あら、逃げ場がないのは事実なんだし、もしもの備えを考えておくのは大切よね」
「ぽめめんぽめ」
「ケッ! たとえ海が押し寄せてきたってな、オレが気合の炎で片っ端から蒸発させてやるってんだよ!」
「いやはや、これはまた随分と頭の悪い発言ですね。どう考えてもセンパイの力が尽き果てるのが先でしょうに」
「ぽぽぽ~め」
黙々と歩き進むマフユの周囲に、賑やかな声が興った。
実体化はしないまま精霊達が騒いでいる。
おかげで人気のない鋼鉄路であっても静寂には沈まず、四つの声が錯綜する騒音状態であった。
そんな精霊達の喧々囂々騒ぎ合いにも当のマフユは素知らぬ顔。いつものことで聞き流し、ただただ代わり映えのしない道を真っ直ぐ歩む。
「この施設の目的、生命エネルギーの通り道とはどういう意味かしら」
「おそらく龍脈のことでしょう。この惑星そのものが持つ膨大な生命力の対流です。人も動物も植物も微生物も、そしてワタシたち精霊も、全ての命は星から生まれました。そして個々の寿命が尽きる時、解放された命は星へと還り、隔たりなく融け合って一つとなり巡っていく。この母なる循環の大河、未分化の純粋な命そのものの流れが龍脈です」
「この星が緑に溢れ、多種多様な生物が栄えているのも、龍脈が存在しているお陰なんだからぁ。輝く生命の大河は惑星全体を縦横無尽に巡っていて、あらゆる生物はその恩恵を受けてるわぁ。龍脈の通り道にある大地は強い生気を受けて肥沃になり、実りも豊かになるの。逆に龍脈から外れてしまうと土地は痩せ細り、生き物たちも活力を失っていく。とっても重要な要素ってワケ」
「ぽめぽめぽめ」
「ふむふむ」
「ぽめめぽめめぽめぽめめ」
「なるほど」
「おいおいマフユ、オレたちは毛玉の言ってることが分かんねぇんだぜ。一人で納得してねぇで通訳してくれよな」
「龍脈は殆どの場合、大地の奥底深くをゆっくり流れていて、地上に近づくことは滅多にないとポメは言ってる。だから市長は地表より遥かに深い海底に観測所を作ったんだろうって。そして膨大な生命の力を『終わり』との戦いに使うつもりだと予想できる。けれど惑星に生きる全ての生命の根源に等しい生の力は、不用意に扱うべきではないし、使い方を間違えれば恐ろしい災厄を招く危険性も高い。『終わり』対策だとしても、どちらにせよ大変なリスクが伴う。とのことよ」
「ポメちゃんて、すごく理知的なのね」
「ワタシはてっきり、夕食のリクエストでもしてるのかと思いましたよ」
「ぽめ!?」




