第103話:海底施設へ③
精霊達の騒ぎ合いを共として、長い通廊をどれほど歩いただろうか。
変化のない景色が無動に終わりを齎す時がきた。
歩む方向の正面先に壁が現れ、ついに終着点であることを教える。そして行き止まりには黒と金糸で編み上げられた上等なローブを羽織る、山羊に似た矮躯の老人が佇んでいた。
マフユを此の地に呼び寄せた張本人、ケガン・ジュウザブロウ市長その人である。
「よく来てくれたな、マフユ君。待っていたよ」
来訪者の姿を認めると、落ち着いた声音が投げられた。
老いてはいるが覇気の損なわれていない、芯の通った声だった。
「『終わり』への対抗策、それが此処に?」
「うむ。詳しい話は道すがらするとしよう。招きたいのは更に下なのでね」
マフユが行き止まりに辿り着いて問いかける。
すると重たい駆動音を上げて、鋼鉄の床が下降を始めた。
最奥部かと思われた一帯はリフトデッキであり、二人を乗せた状態で、緩やかに傾斜するレールを滑り降りていく。
底の知れない深度域へ向けて。
「ここからもっと潜るなんて、龍脈は相当深くを流れているのね」
「部下に聞いたか、精霊達の知識かな。どうあれ知っているなら話は早い。その通り、私の見付けた龍脈は遥かな下層帯にある。到着までしばらく掛かるのでな、聞きたいことがあれば答えよう」
「サユキちゃんがアナタに呼ばれて行ったっきり戻ってこないのよねぇ。此処に居るかもと思ったんだけど、その気配もないし。何処に連れて行っちゃったのかしら?」
斜めに下がり続けるリフトの上で、ケガン市長へ真っ先に質問を飛ばしたのはチアキだった。
微風が巻いてマフユの隣に実体化すると、右頬に手を当て、困ったように溜息を吐く。
突然姿を現した精霊にもケガン市長は動じない。微塵も驚くことはなく、平静のまま聞いていた。
「精霊殿が契約者以外の他者を気に掛けるとは、奇矯なことですな」
「あ~ら、サユキちゃんはマフユちゃんの恋人ですもの。アタシにとっては弟みたいなものなんだから、気にもするわよ」
「それは失礼。ヤマトネ・サユキ君には別所にて修練に励んでもらっている。危険なことは誓ってないので、安心してもらいたい」
「サユキくんは戦えない。訓練しても使いものになるとは思えないけど」
「なにも直接戦闘する武力を伸ばそうというのではないよ。彼には豊富な霊子力をより効果的に、マフユ君のサポートへ使えるよう教授していてね」
「サポートなら既に受けてる。霊子力の供給経路が繋がっているから」
「それとはまた別の形だ。これから『終わり』との決戦が始まる。マフユ君の戦力を更に引き上げ、少しでも優位にことを運べるよう打てる手は一つでも多く重ねていきたい。そのための助力をサユキ君に頼み、彼は快諾してくれた」
「正面戦闘には参加しないで援護で貢献ねぇ。そうなるとマフユちゃんの戦闘力を一時的に上昇補助するような働き、いわゆるバフ要員ってところじゃなぁい?」
「ご明察。彼には後方からマフユ君を強化する専用の支援術を体得してもらっている。霊子力の出力が苦手だというのでね、そこも考慮した抽出法を与えている。サユキ君自身の熱意と努力が奏功し、私の予想以上に好調な成果が出ているよ。マフユ君への想いが故と考えれば、さもありなん」
柔く微笑を刷いて、ケガン市長は目を閉じた。
明確な目的を持って我武者羅に走る若者の姿へ、感慨と期待を込めるそんな顔である。
一方のマフユはといえば、チアキほどサユキの話題に関心を示していない。
執着も心配もまるで感じさせない平板な面差しで、早々に別の問いを市長へ投げた。
「『終わり』との決戦、そう言っていたけど、黒幕をピンポイントで狙えるの?」
「現在、敵勢力は都市の防衛戦力を集中的に狙い、夜襲を繰り返している。この意図するところは邪魔な抵抗群を掃滅し、無防備となった都市を一気呵成に蹂躙するためと考えられよう。全ての妨害者を平らげ、憂いなく怒涛に目的を達成する、それが狙いだ。であるならば、それを逆手に取って誘き出すことも不可能ではない」
「複数に分散配置している防衛戦力を一つ所へ集め、最大規模の集中戦力を築く。そうすれば敵もこれを叩き潰すために全群を押し出してくる。そういう狙い?」
「まさしく。都市の守勢をまとめて掃う好機となれば、黙って見てはおるまい。その一戦で決着をつけるべく黒幕自身が乗り出してくる公算は高い。そこで迎え撃つというわけだ」
「誘いに乗って来なかったら?」
「その時は、また別の手を考えるまでだよ」
「都市側が全戦力を束ね置いている間に、守りの手薄になった箇所を攻められる危険もある」
「上から降りてくる途中、工場設備を見てきたであろう。あそこで作られているセキュリティマシンを配備し、防衛線を築く。敵陣がこちらに目もくれず脇へ流れてもマシンが抑え、その間に集中戦力を再度割って後方から討つ」
「どちらへ転んでも対処可能、か」
「うむ。総力戦の形に持ち込むことが出来れば、都市防衛戦力全軍で異形群にぶつかり押し留めよう。敵主力へ抗している間に精鋭部隊で中央突破を図る。その目的は黒幕への道を切り拓き、マフユ君と奴による一騎打ちの形を作ることだ。ここでキミが黒幕を討伐すれば、今事件は解決となろう」




