第104話:海底施設へ④
「あァ? ちょっと待てよ。バケモノを生んで、なんでも終わらせちまうバケモンに、マフユ一人だけで相手させようってのか」
荒々しく息巻く炎がマフユの隣に噴き立ち、精霊シュウカが実体を作り上げた。
敵愾心にも似た眼光を飛ばし、ケガン市長を正面から睨みつける。
ただし海底という立地上、炎の精霊である彼女の顔は若干青くなっており、言葉ほどには迫力が伴っていない。
そうでなくとも経験豊富な老市長は泰然としたもので、シュウカの強視線を受けてもどこ吹く風。怯えも困惑も一切ない。
「サユキ君によるサポートは付くが、基本の形はマフユ君と黒幕の決闘となる。他の人員は全名が、彼女らの決着がつくまで異形群を抑え、邪魔立てさせないことへ注力する」
「一番ヤバイところをマフユにだけ押し付ける気かよ、おォん?」
「否定はしないが、理由はある。一つに、マフユ君は現時点で単騎戦力として都市防衛要員の誰よりも優れている点。単独で竜骨鬼を撃滅したそうじゃないか。同じことが可能な退魔師は、今の都市には居ない。それどころか国内全体で見ても比肩する者は数えるほどだ。自分では気付いていないかもしれんが、マフユ君の強さは既に並々ならぬ領域へ到達している。加えて未だ成長途上で伸びしろは計り知れん。これはまさに『魔祓い天女』の再来と呼んでいい」
「お、なんだなんだ、マフユの凄さが分かってきたかよ。そーだろそーだろ、んなははは」
「さっきのガンつけはどうしたのよ。まったく、単純な子ねぇ」
「こちら側の最高戦力であるマフユ君が心置きなく戦うためには、劣る者が疎らに居ないほうがよかろう。なまじ近くに他者がいては守り助ける手間が生まれてしまう。仮に犠牲を度外視して共闘させたとしても、敵に利用される可能性がある以上、巧い手とは言えまい」
「チッ、確かにな。肉壁にする筈の奴等がバケモノに変えられて飛んで来たら、メンドウでいけねぇか」
「もう一つ、『終わり』へ対抗可能となる力がこの先にあるのだが、扱える者が限られる点。龍脈を利用したものであり、澎湃な生命エネルギーを使うことになる。これを遺漏なく制御し、十全な効果を発揮できる者となれば、生きたエネルギーたる精霊と普段から慣れ親しんでいる精霊使いが最も相応しい。それらを踏まえた場合、現状でマフユ君以上の適格者は存在しないのだ」
「それ以前の話。私自身、黒幕には用がある。誰が止めても、奴とは戦うつもりよ」
ケガン市長の説明へ被せるように、マフユは決厳と言い放った。
母を奪った憎きカタキ。幼少の頃から追い求めてきた仇敵が、手の届く場所にいるかもしれない。その予感が少女の戦意を何倍にも昂らせている。
精錬な横顔は闘志に漲り、討つために役立つ総てを併呑して研ぎ澄ますという、冷徹な覚悟が覗く。
胸中に抱いた復讐の炎は誰にも止められない。この事実をよく理解しているシュウカは、両腕を組んで深々と頷いた。
「最後の理由も伝えておこう。黒幕との戦いでは、なによりもまずは精霊使いの能力こそが必要となる。『終わり』の力と対決するのはその後だ」
「どういうこと?」
「黒幕が有す力は『終わり』。これはあらゆる対象を消滅させる絶対無辺の異能。それの他に揮っているのが人間を捕らえ、異形に変質させて使役する力。『終わり』は個として強大無比であり、異形使役は数をカバーする。どちらも厄介極まりないものだ。しかし妙だとは思わんかね。一切を無に帰す『終わり』と異形を生み出す力、双方は対極であり、両立しているのがそもそもおかしい」
「言われてみれば違和感があるけどぉ、実際にそういうモノとして存在してるんだから、今更そんな指摘をしてもねぇ?」
「精霊使いの力、その核心はなにか。精霊殿諸君なら聞くまでもないことかな」
「受容能力でしょう。周囲の力躍や影響を受け入れ取り込み、自身へと還元していく成長指向の特性ですよ」
マフユの影が揺らめき、それがそそり立つように盛り上がった。影は形を得て実体となり、死の精霊セイギが姿を現す。
黒一色を基調とした彼の姿を見て、ケガン市長が僅かに目を細めた。
どこか遠くを見るような、今は無き昔を懐かしむような表情となる。
「マフユ君に覚えのある気配が纏わっていると思えば、死の精霊殿だったか」
「お久しぶりですね『五色の導師』殿。一世紀を越えてまた会えるとは思っていませんでしたよ。随分と皺は増えたようですが」
「そちらは変わりませんな。あの頃と同様、人を食ったような性根の悪い顔をしている」
「ま、精霊ですから。ワタシはいつまでも壮健ですが、人の身に時間の流れは酷だ。いい加減に引退して、痴呆老人として養護施設で余生を過ごしては?」
「生きている間に片づけておきたい仕事が多く、おちおち呆けてもおられんのでね。次々に新たな厄介事が舞い込んでくる。精霊殿が携わっていた悪評当時程度なら物の数ではないが、今回の事件のような比べ物にならない大事とあっては」
「休むことを知らない性分とは損な生き方ですね。出涸らしのような貴君をいたぶっても面白くはないので、ワタシは我が主君の小間使いに従事しますよ」
「それがよろしい。死者の魂を啜る醜悪な精霊は、マフユ君のように高潔な精霊使いに使い倒されてようやく価値が出るというもの」
不遜に口を吊るセイギへ、薄く嘲笑を向けるケガン市長。
かつて殺し合った経験を持つ両者は、友好とは真逆の感情で煽り合いながら、奇妙な気安さを交わしていた。
100年前に二人がどのような闘争を繰り広げたのか、マフユは知る由もない。




