第92話:感謝を
「マフユちゃん、こんな所にいたんだ?」
セイギとケガン市長の意外な因縁を丁度聞き終えた時、マフユを呼ぶ声が飛んできた。
少女と精霊達が顔を向ければ、角を曲がったサユキが一同の方へ歩いてきている。
「なかなか戻ってこないから、何処に行ったのかと思ったよ」
「もう話は終わったの?」
「えへへ、うん、そこそこ。でも健診の時間になったから病室を出てきたんだ」
見ればサユキの目元は赤く、結局大泣きしただろうことが窺えた。
敬愛するフオウの前で醜態を晒した影響だろう、今も気恥ずかしそうにしている。
「僕達が話せるように、席を外してくれたんでしょ。なんだか、ごめんね」
「別に。私はもう十分話したから。考え事もしたかったし」
なにはともあれという様子で安堵を含み、サユキはにこやかな笑みを浮かべた。
対するマフユは素っ気なく、淡々と事実のみを告げる。
黒幕との戦いでフオウが重体となり病院へ担ぎ込まれた旨を、マフユに伝えてきたのは他ならぬサユキだった。その時の憔悴と狼狽ぶりは凄まじく、少年の中で神父がどれだけ大きな存在だったかを、人心の理解に疎いマフユですら想像できたほどだ。
彼女も衝撃を受けたし、弾性を欠いた内面にも波立ものはある。それでもサユキほどに取り乱すことはなかった。
最愛の母に次ぐ肉親の喪失、その危機を前に寧ろ感情は麻痺していたと言うほうが正しい。精神的な自己防衛の一環として、予見される脅威に施した事前対策。先んじて感情一切をシャットダウンさせ、最悪の想定をやり過ごすという、ある種の処世術である。かつての経験から肉体と精神が学び、マフユの意思とは乖離したところで無意識的に働く機能だ。
これは揺るぐことのない強靭な意思力を少女に与えたが、一方で人間的な情動を殺してもいる。サユキとの反応に於ける差異は、こうした面に根差していた。
「フオウが生きて戻ったお陰で、黒幕の貴重な情報が手に入った」
「事件解決がきっと進むね」
「知らないまま戦っていたら、きっと誰も勝てなかった」
「スメラギ神父が実体験として探ってくれた甲斐があるよ」
「ええ」
二人が言葉を交わしていると、チアキがマフユの耳元へ口を寄せてくる。
そのまま彼女にだけ聞こえる声で、そっと囁いた。
「もっと他に言わなきゃいけないことがあるんじゃないかしら」
与えられた一言に、マフユはジロリと睨み返した。
これへチアキはウィンクを飛ばす。
なにも堪えるところのないイイ笑顔に、少女は小さく息を吐いた。
「それと、フオウを助けてくれて、ありがと」
風の精霊に促さたマフユは、軽く握った左手の甲を、サユキの胸へ柔らかく当てる。
視線を落として送った、呟きのような感謝。
受けた少年は二回ほど目を瞬かせた後、嬉しそうなはにかみを見せた。
「僕にとっても、マフユちゃんにとっても、大切な人だものね。無事とはいかなかったけど、それでも助けられて良かった」
「まぁ、確かに」
「スメラギ神父の分も、頑張らなくちゃだ」
「言っておくけど、サユキくんは余計なことしなくていいから。霊子力だけくれてれば」
「あ、ああ、そうだよね。うん。勢い込んでも僕じゃ何も出来ないままやられちゃうか」
「そういうこと」
短く言って話を切り、マフユは振り返る。
するとチアキがバシバシと、ウィンクの乱打を飛ばしてきていた。
そんな味気ない台詞より、もっと可愛らしいことを言いなさい。そう訴える言外の誘導圧が、執拗に少女へ降りかかる。
ここ最近のチアキは、こうした妙なお節介を繰り返す傾向にあった。とかくサユキと居るときに顕著だ。
精霊の意図するところは判然としないが、無視していると折につけチクチクネチネチ小言が続く。『あんなのヒドイわ~』だの『もっと考えてあげた方がいいんじゃないかしら~』だのと言い連ね、暗にサユキという霊子力供給源の逃亡危惧を仄めかしてくる。
毎度毎度ブツブツ続けられるのも面倒なので、多少は意を汲むようになってきた。
ということで、マフユはささやかな溜息を吐き、もう一度サユキに向き直る。
「あと、恋人なんでしょ。だから」
上目遣いでもなく、照れているでもなく、素の無表情でそれだけ伝えた。
聞いたサユキは一瞬キョトンとして、頬を染めながら頷いてくる。
マフユらしくない発言に言わされている感は透けているが、それはそれとして嬉しくなってしまうのが少年の単純なところ。
思わずマフユの両手を握り、キラキラと喜びに瞳を輝かせてしまう。
マフユの方は素知らぬ風で、傍目にも感情の温度差は明らかなほど。
そんな二人の様子を眺めつつ、チアキは小さな拍手を送り満足気だ。
「ありゃいったい何やってんだ?」
「『マフユちゃんの情緒を育みたい大作戦』だそうです。強引にでも若い男女の仲を取り持って、心に栄養を与え、将来の活力を芽吹かせるとかなんとか」
「ぽめぽめぽーめ」
「近頃ヤマトネのヤローが妙にマフユにベタベタすると思ったら、アイツの入れ知恵かよ」
「そのようです。ま、少年のみが一方的に熱を上げている実情。我が主君は相変わらずなので、成果のほどは期待できそうにありませんが」
「ぽめ~」




