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復讐の精霊使いマフユ  作者: ミチバケ
異形事件黒幕編
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第91話:カタキ

 スメラギ・フオウが入院している病院の片隅。人通りのない廊下にマフユはいた。

 壁に背中を預けて立ち、無表情とは些か異なる厳しい顔で、何処を見るともなく廊下の一点を睨んでいる。

 そんな少女の常ならぬ様相に疑問を感じ、精霊達は微光と共に周りで実体化を遂げた。


「あらん、マフユちゃんどうしたの? 難しそうな顔しちゃってぇ」

「腹がイテェなら、その辺の医者をふん(じば)って、連れてきてやるぜ」

「もしや自分より先に神父氏が黒幕と遭遇したため、ふてくされているのでは? 狭量も個性かと思いますが度がすぎると見苦しいものですよ」

「ぽめめーめ、ぽめ」


 マフユが何も答えないでいると、精霊達は口々に勝手な憶測を交わし合う。

 基本自分勝手な性分なので、手綱を握るものがいないと好き放題に口走っていくのが精霊だ。


「本当はサユキちゃんみたいに泣いて喜びたいけど、我慢しちゃってるぅ?」

「オレもビョーインの臭いってのは慣れねぇからなぁ。ムカっ(ぱら)が立つのも分かるぜ」

「あちらの師弟の仲睦まじい様子に嫉妬を覚えていらっしゃる? しかし歩み寄らない我が主君(マイ・ロード)に問題があるのであって、彼等に非はありません。あちらを一方的に恨み敵視するのは御世辞にも健全とは言えませんねぇ。端的に言って、ミジメったらしいとしたもので」

「ぽぽぽーめ、めめ」


 放っておくと永遠に騒ぎ続ける精霊達。

 病院自体は退魔組織に系列する関係者御用達の施設であり、協力者判定で人外の出入りも見咎められることはない。

 だからといって一つどころに四体もの精霊が集まり、あーだこーだ賑やかに(しゃべ)くっているのは異様な光景でもある。

 今は要らない面倒事に対処する気分でもなく、故にマフユは嘆息を一つ投げ、ようやく口を開いた。


「フオウが見たという黒幕の影について考えていた」

「あ~、怪物の本性が透けて見えるとかいう話よね。蛇みたいだって」

「龍みてーとも言ってたぜ」

「ムカデっぽさもあるようですね」

「ぽめぽめぽめ」

「そう。私はそいつに見覚えがある。随分と昔、チアキと出会うよりも前。今もこの目に焼き付いている」


 言いながら、マフユは左右の拳を強く握り締めていく。

 普段は静穏性の高い右腕が、過剰な力の入りによって内蔵モーターの駆動音を上げ始めた。

 両瞳は俄かに鋭さを増し、表情の険しさが一段階深められる。

 主の変化を見て取って、精霊達も気付くところがあった。


「まさか、小さい頃のマフユちゃんとお母様を襲った?」

「マジかよ!? 勘違いとかじゃねぇよな?」

「ええ。あの特徴的な奇怪さを持つヤツなんて、そうゴロゴロしていない」


 チアキとシュウカの驚き顔へ、マフユは深く頷き返した。

 記憶の中で未だ衰えることなく鎮座する魔性の姿が、フオウの話した異様の影と重なる。

 邪悪な全容を表現する言葉は、過去に見たそれへマフユ自身が抱いたイメージを踏襲していた。


「どうやら我が主君(マイ・ロード)の予感が当たったようですね。今回の事件、漂う不穏さに当初より思うところがあった御様子ですから」

「ぽめめめ!」

「母様のカタキ。ようやく尻尾を掴んだ」


 藍瞳に冷厳で暴力的な絶火を宿し、マフユは噛み締めるように呟き落とす。

 かつて奪われたものは取り戻せない。だが育んできた復讐心を叩きつけることはできる。

 憎悪と赫怒かくどの混在した獰猛にすぎる闘志が、少女の全身より沸々《ふつふつ》と込み上げてきていた。

 長き道程の到達点が、ついに明らかな着地場所として拓かれる。


「フオウちゃんには教えないのね?」

「これ以上、負担をかけさせる必要はない」

「師匠のカタキと知ったら、ヤローは無理矢理でもビョーイン抜け出してきそうだからな」

「さすがに全て絞り果たした今の彼では戦力外もいいところです。肉盾程度にはなるかもしれませんが、最低限自力で逃げることさえ出来ないようでは、まぁ邪魔でしかありません」

「ぽめ~」


 セイギやポメの厳しい意見にも、マフユは反論しない。

 彼らの言う通り、黒幕との戦いで疲弊しきったフオウへ現状で求める点は既になく、教えるメリットは皆無に等しい。

 実利的な話を横に置き、精神的な意味合いとしては素直に伝えるべきだろう。マカベ・ミハルを殺害した存在は、マフユとフオウにとって共通の許さざる怨敵なのだから。

 しかし神父は既に黒幕を取り逃がしたことへ自責の念を感じている。そこにきてあれは自分達の憎むカタキだったと報せれば、思うように動けない現在の状態で要らぬ心労を科すだけだ。

 ここは大人しく療養に専念してもらった方が、マフユとしても懸念事項が減って動きやすい。


「だけど肝心の相手が、すご~く厄介な難敵なのよねぇ。今まで戦てきた怪異とは根本から違うみたいだし。無策じゃどうにもならないわよ」

「あのジジイに任せるのはいいとして、本当に意味あんのか?」

「少なくとも彼の知識と実力は本物ですよ。100年ほど前の時点で比類なき魔導の使い手でしたから。当時の鋭さを今も失っていませんでしたし、耄碌もうろくはしてないでしょう」

「ぽめ?」

「セイギは、市長と知り合い?」

「ああ、皆さんには話していませんでしたか。一世紀程度昔のことですが、いつも通り死者の魂を集めていたワタシのことが、どうも人を殺して魂を奪う邪悪な魔物として噂されていたようでして。まったく、とんでもない誤解ですよ。ワタシは既存の死魂しか取り扱わないというのに。世に迷い、行き場を無くした哀れな魂だから面白く、そして美しいのです。それを理解しない人々の心無い悪評を聞きつけた若き日のケガン氏が、ワタシを退治しようと挑んできたことがあったのです」


 細い糸目で遠くを見るようにし、セイギは懐かしそうに語った。

 ただし大切な思い出を披露する風でもない。本人にしては然したる価値もない記憶を一つ持ち出したぐらいの認識だ。

 精霊と人間の尺度の違い以前に、過去への執着の薄さが言葉の端々に感じられる。


「あらぁ、あのおじいちゃん100歳超え? 霊子力の扱いを高度に極めた術師は延命もできるって聞くけど、それが本当なら相当な技巧派ねぇ」

「テメェが邪悪な魔物なのは誤解じゃなく事実だろ」

「ぽめぽめ」

「オホン。ワタシたちは激しく争いましたが、生者を害さないのならと最終的には誤解が解け、停戦と相成り彼は帰っていきました。あの時も集め留めておいた可愛い魂達を使い尽くすほどに追い詰められたものです。たった一人の人間にあそこまでやられたのは初めてのこと。傑出した手練れでしたね。あれから100年、更に研鑽を積んで知欲を深めたなら、相応に期待できると思いますよ」

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