第90話:見舞いと対抗策②
「ただし完璧ではない。本当に『終わり』の力が万能且つ無敵なら、それを全開で押し進み、こちらを一方的に蹂躙し続ければ事足りる。わざわざ人を異形に変えて使役する必要がないだろう。何故そうしない。敢えて手間の掛かる方法で、退魔組織に代表される対抗戦力と鬩ぎ合う理由は何処だ」
「……そうしたくても、できないから?」
「うむ。『終わり』などという極端な異分子は、巡る生命と理の環で成り立つこの世界とって招かれざる客。正常に保とうとする世界側の修正力により強い負荷が掛かり、全能を発揮できない状態と考えられる。本来その環境に居ない筈のモノが、無理矢理存在し続けようとすれば無理が出るというもの」
「凄まじい水圧の掛かる深海に、潜水服を着たダイバーが降り立っている。そんなものかしら」
「そうだな。出来ることは大幅に制限され、満足に動くことも難しい。故に奴は限定的にしか『終わり』の力を発動できない。力の行使が叶う条件は触れることだ。接触した時のみ『終わり』は猛威を揮う。逆に言えば触れさえしなければ直接の影響もない」
目を開けたフオウは、肘から先の無くなった右腕へ視線を落とした。
外套者に負わされたダメージは、直接触られた部分に限られている。最後に敵の影へ捕われかけたが、異形化のための前段階でこそあれ、そこに『終わり』の破滅的作用は含まれていなかった。
代償を伴う実体験が推測を補強する。
「遠距離攻撃が有効ということ? でも攻め手は無効化される、そう言ったわよね」
「ああ、並みの攻撃はまず通らない。だが『終わり』に対局的な継続する状態の力、生命の力を使うことで中和し影響を与えられる。俺はこの作用を使い、奴を防御陣に閉じ込めた。戦闘中の思い付きだったが、上手くいったよ。『終わり』の力は生命力と反発し、防御陣から即座には抜け出して来なかった」
「手の内が割れれば対策はできそう」
「とはいえ、ちょっとやそっとの生命力では殆ど意味を成さん。俺もこのザマになるほど生命力を消費したが、奴を倒しきれていない。身体の半分は吹き飛ばしたが、向こうに堪えている様子はなかった。奴の実態を考えれば、それも当然の話かもしれん」
「どういうこと?」
「奴にとって今の体は仮初のもの。『終わり』の力を持ち込むための窓口、ないし受け皿だと思われる」
「本体が別に居る?」
「ニュアンスが違うな。奴には最初から特定の体というものがない。『終わり』という概念だからだ。形で測れるものとは違う。在り方としては生きたエネルギーである精霊に近いか。ただ奴はより高次の上位存在、ある種の波のようなものだと考えろ。しかしだからこそ存在次元の違いを希釈して、世界への介入を仲立ちする依代が必要となる」
「どうあれ、動いている体を倒せば済む話なんでしょ。それが器なり依代なんだから、それを壊せば『終わり』の干渉を断ち切れる。違う?」
「そうだな、それでいい。差し当たっては生命力を如何に確保し、奴にぶつけた後も継戦を維持するかだ。それが出来なければ俺の轍を踏むだけで解決にはならん」
そこまで話したフオウは思案顔となった。
一見して大ダメージは与えたが、それが敵にとって致命傷へ相当したという手応えはない。
後続が自分と同じ戦術を執っても、同じ結果に終わるだけだという予感だけはある。
更に踏み込んだ有用な策がなければ、次の挑戦者こそ命を無為に散らしかねない。
「この件は有識者に協力を仰ぐのが妥当だな。俺などよりも遥かに知識を持つ人物、ケガン市長に連絡を取り、対策を考えてもらおう」
「市長のこと、危険視していなかった?」
「俺の個人的心証はこの際に考慮すべきではない。流石に年季が違うからな、彼人ならよい知恵を貸してくれる筈だ。都市に平穏を取り戻すため、手を取り合うのが最善」
「そうね、異論はない。……ところで、黒幕はどんな姿をしてたの?」
「人の形をしていて、おそらくは女だな。宵闇色の外套を身に着け、フードを目深に被っていたため顔は知れん。言葉も話すが相互理解は無理だろう。価値観が違う」
「仮初の体かもしれないなら、姿を自在に変えられたりするのかしら」
「なんとも言えんな。今の体をどうやって作ったかにもよるが、『終わり』は創造と対局の存在だ。生み出すという働きをカバーできるとは思えん。奴が使う異形化の力は、もしかしたら肉体に元来具わっていた異能で、それを乗っ取って利用していることも考えられる」
「憑依する能力があれば、乗り換えもありえるということね」
「ただ姿がどう変わっても見分けるのは容易いだろう。気配が尋常のものではない。対峙すれば違和感だけでそれと知れる。それに『終わり』としての投影までは隠せようがない。奴自身の特性が世界の内では焙り出され痕跡を刻む。それは奴が持つ力を化身として影に描き、魔性の造形として視認できよう」
「具体的に言って」
「奴の影がバケモノになって見えるということだ。蛇のような、龍のような、百足のような、一言では言い表せないおぞましい姿となって映し出される」
「なんですって」
フオウの言葉を聞いた直後、マフユの両目が見開かれた。
驚きに似ているようで少し違う。大きな気付き、発見を得た顔だった。
しかしそれは一瞬のこと。すぐに平板な素の表情へ戻り、何事もなかったように座っている。
マフユの発した微妙な差異にフオウが片眉を上げたとき、病室のドアが一息に滑らされた。
「スメラギ神父! マフユちゃんから目が覚めたと教えられて、飛んできました!」
病院内である配慮を差し引いても中々の威勢で、来訪を告げたのはサユキだった。
足早にベッドまで近付いてきた少年は、両目を感動に潤ませている。
生きて自分を見ているフオウの姿へ、感極まった面持ちで小刻みに肩を震わせてもいた。
「すまないな。面倒をかけさせた」
「なに言ってるんですか神父。僕の受けた御恩を思えばまるでまるで。全然返しきれてないんですから」
「ふっ。窮地を救われ、命を拾った。これ以上の恩返しはあるまい」
「これから、まだまだ働いて報いていきたいんです。だから神父には、ずっと元気でいて、もらわない、と……う、うぅぅ、目が覚めて本当に良かった」
微笑を刷くフオウに、サユキは涙の粒を幾つも零しながら嗚咽する。
今にも神父へ縋り付いて大泣きしそうな気配さえあった。
そんな彼等を一瞥し、マフユは椅子から立ち上がる。
「師弟で積もる話もあるでしょ。私は飲み物でも買ってくるわ」
珍しい気遣いの言葉を残し、マフユはドアへと足を向けた。
室内の二人が何か言うよりも先に、病室を後にする。




