第84話:宵闇の襲撃者②
「異常な力の外付けにより、殻を被るよう異形化させられているわけではないか。肉体にも魂にも際限なく力を注がれ、強制的に作り変えられている。肉体の組成を組み替えただけではなく、人としての本質から蝕み侵すなど、忌むべき奇跡だな」
消滅していく異形を見届けて、フオウは苦々しく吐息を咬んだ。
自分達の技術や力では変えられてしまった被害者を元に戻せない。致命的な不可逆さをまざまざと見せつけられ、神父は改めて理解と決断を下す。
己を別物にされる歪みと痛みからの速やかな解放。力尽くで捻じ伏せ、叩き潰すことによる救済。自分に出来るのはそれだけだと。
「あの異形は今、都市を騒がせている魔性そのもの。これを呼び出し使役する貴様は、今件の黒幕というところか」
外套の女を正面に捉え、フオウは懐に再度手を入れた。
幾重にも洗礼強化を施した聖釘を立襟僧衣の内から四本引き抜き、必殺の構えを取る。
一方の敵勢は目立った動きもなく、無防備とも思える自然体で佇んだままだ。
「何を目的として俺の前に現れたかは知らんが、丁度いい。今此処で貴様を滅し、この争乱に終止符を打つ」
言うが早いか、フオウは聖釘を投擲した。振るわれた手中から飛んだ破魔の四釘は、狙い通りに外套へと一斉に飛び迫る。
だが標的へ至ろうかという寸前で、外套者の足下にある闇影が蠢く。次いで暗黒の飛沫を上げ、釘の軌道へ立ち塞がる形で異形が現れた。
飛来する鋭突は全てが異形の外皮へ食い込み、肉体へ沈んだところで止められてしまう。尋常ならざる浄化作用は即行で異形を内側から解呪し、その肉体を霧散させる。
そこへ立て続けに第三、第四の異形が噴き上がり、フオウと外套の合間に立ちはだかった。
二体の怪異は等しく眼前の神父へ狙いを定め、牙を爪を鈍く輝かす。そうかと思えば猛然と駆け出し、劇的な速度で彼との間合いを縮めていった。
「それで俺を止められると思うな」
今度はフオウ自身も駆ける。彼は正面から向かい来る異形に臆せず挑み、一息で距離を詰めた。
その最中に両腕を握り合わせ、頭上高くへ振り翳す。すると合わされた左右の手に一条の光が生まれ、眩くも分厚い閃光の大剣を創り出した。
異形の一体が腕を繰り出し、フオウの肉を抉ろうと豪速の諸手突きを放つ。それが自らへ届く一拍の間、神父は床を蹴って脚のバネを解き、迅速に且つ高く跳躍した。
敵の上を取って眼下へ収める位置に達すと、両腕を思い切り振り下ろし、自身ごと落下する。
「フンッ!」
気豪の発息と共に、フオウの両腕が光剣を運ぶ。
輝く大太刀は寸分の狂いなく標的を捉え、回避の間を与えず頭頂から異形へ達した。そのまま彼の力と剣威に従い直下へ降り、怪物の体を縦一文字に両断する。
渾身の霊子力を放出構築した光の破剣は、触れる端から敵の身肉を焼き裂き、防御を食い潰して容赦なく進んだ。皮膚に筋肉、頭骨から脳髄、脊髄、骨格、内臓、血管及び神経系まで、全てを一刀の下に斬り抜けて、異形の体を左右へ分断。
フオウが再び床を踏んだ時、異形の鋭利な断面から黒い体液が溢れて散った。異様な粘性を有す黒液は外気に晒され即座に消え去り、一刀両断にされた怪物も幻さながらに瓦解していく。
烈声の狂喝を咆え立て、側方からもう一体の異形が急接近してきた。
筋肉質な体躯で踏み込み、神父目掛けて両腕を振り下ろす。
しかしフオウは既に見切っていた。煌く光剣を横薙ぎに払い、腕撃の降下より速く異形の胴体を寸断する。破魔の刃は敵の体をバターでも切るように軽々と裂き、臓腑と腰骨を同時に真横へと破り果たした。
綺麗に割れた断裂面から飛散する黒い腸肝を尻目に、神父は体ごと異形へと動進。肩から上下段に離された異形へ突撃し、自らへ張り巡らす法円を叩き付ける。
金光の防御陣は例外なく怪物へ抵抗反発を発揮し、上半身と下半身をそれぞれ遠方へと吹っ飛ばした。
スメラギ・フオウには師や妹分のような突出した才能があったわけではない。霊子力を知覚し操作する資質こそ具えていたが、それも類い稀な潜在総量などとは到底言えず、むしろ下位の部類である。だからこそ彼は努力を惜しまなかった。
優れた師に巡り合えた幸運を糧として、恵まれた才を持たない故に他者の何倍も地道な努力を重ね、けして妥協せず、延々と自分の定めた道を歩み続けた。努力、下積みと自己研鑽、成果が目に見えずとも諦めない直向きさ。
フオウに何か才能があったとするなら、それは努力を怠らないというもの。彼は努力の秀才だった。
学び得たものを何度も何度も反復し、それを一つ一つ積み重ねることで着実に力をつけていく。眠れる力に目覚めて劇的にパワーアップするような派手さはなく、力の伸び具合も知れないような地味な鍛錬の繰り返し。けれど彼は挫折せず、日々の修練をやり続けた。
その結果が現在の実力を育んだ。長い闘いの日々で自分を貫き、その道筋に全身全霊で打ち込み果たした末の姿。千変万化に精霊を扱えずとも、単身で異形を圧倒し撃滅可能な猛武を築く。
弛まぬ歩みと経験の蓄積で至る堅実な強さは、マフユにとっての指標でもある。




