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復讐の精霊使いマフユ  作者: ミチバケ
異形事件開幕編
80/133

第80話:月下戦火⑥

 異形の存在そのものが払拭ふっしょくされると、巨大な光の強流は勢力を衰えさせる。

 荒ぶる大河に等しい光芒は急速に鎮まっていき、強烈な明量も見る間にしぼんでいった。更に数秒を経れば光は小さく薄く弱体化し、一気に縮まって糸も同然の細さとなり消え去った。

 光の帯が駆け抜けた跡に残るのは、半円形に刳り抜かれた道路の姿。深さも幅も均一な溝が長々と続き、威力の凄まじさを物語る。


「勝てたのはいいけど、今度から威力の調節が必要ね」


 戦地の損壊実情を目の当たりにし、マフユは疲労の濃い溜息を吐いた。

 別所に視線を転じれば、燃え盛っていた大火もくすぶりさえ残さず完全に消えている。これはいよいよ、異形よりもマフユの行動で生じた被害の方が大きそうだ。

 現れた怪物が消え、周辺には静けさが戻ってきた。夜空には相変わらず月が浮かび、そこへ変化を見ることは出来ない。地上であった騒動など素知らぬ風に、淡く輝く降光は都市を穏やかに照らし続ける。

 月の光を浴びながら、マフユの握る剛剣が形を崩した。実体が揺らぎ、波打つように震えたかと思えば、金と赤と黒と茶からなる四つの光に分かれて飛ぶ。その時点で強固な剣は分解消滅し、剣だった四色の光は少女の周りで四体の精霊として姿を現す。


「よくやったわね、マフユちゃん。アタシ達の束ね方、実戦レベルでちゃんと使えてたわよ」

「ヒュ~、見ろよスゲェ破壊力だぜ。マフユとオレ達なら最強を名乗っちまえるんじゃねぇか?」

「これで降眞化身(ごうまけしん)の前段階ですか。確かに凄まじいものの、他精霊と融和する感覚はどうにも慣れません」

「ぽめぽめぽめ」


 主を労うチアキ。自分達の力に口笛を吹いて喜ぶシュウカ。不満と辟易の中間めいた風情のセイギ。満足気に跳ねるポメ。思い思いに戦果を受け止める精霊達。

 わちゃわちゃと彼等に囲まれることで、マフユはじんわりと勝利の実感を得ていく。それと同時に一抹いちまつわびしさも。

 夜毎に討ち滅ぼしている異形は元人間、黒幕にさらわれ身勝手に変質させられた哀れな被害者だ。これらの討伐は言ってしまえば殺人に等しい。今回の事件対処へ当たり、都市の治安を護る者達全員が、心のどこかにその思いを抱いている。

 しかし異形から人間に戻す術がなく、放っておけば災禍を振りまき、より多くの犠牲が生まれてしまう。加えて全てのエネルギーを攻撃性に偏らせているため、個々の戦闘力が強大である反面、寿命が極端に短い。一夜を越えることもできないほどに。

 一切の力を使い果たして自壊するまで暴れるだけ。そんな怪物にさせられた者が、平穏に暮らす一般市民を襲い、いたずらに罪を重ねないよう止めて葬る。救うことはできないまでも、せめて血塗られた悪者に堕ちさせまいと、自らの手を汚す覚悟固めた者達が、異形との戦いに奔走していた。

 マフユもまた必要事と割り切っているが、根っから冷淡に捨てきれない部分もある。

 一応の戦いが終わり、肩の力を抜いた瞬間、脳裏を掠めるのだ。今夜戦った異形は、元は誰かの母親だったのではないか。そしてわれなく母を奪われた小さな娘が残されているのではないか。かつての自分と同じように。そんな考えが。

 可能性はゼロでなく、だからといって異形を放置もできない。結局のところ、自分に出来るのは精霊を従えて脅威へ挑み倒すことだけ。正しいか否かを悩み惑っても、足を止めることはするべきでない。事件の首謀者を見付けて滅ぼし、以降の悲劇を終わらせる。重要なのはこの一点なのだから。

 起源を負の想念とする魔性の怪異とは違い、元人間の変じた異形を相手にするからこそ、マフユの意識にも他者の存在が上っていた。魔物相手は自分の戦闘経験蓄積のみ目的だったが、異形事件では早期撃退による被害縮小と黒幕探しが主眼。自分以外のための戦いを、少女は初めて意識していくことになる。


「マフユちゃん、お疲れ様。出血するような酷い怪我がなくて安心したよ」


 決着を見届けたサユキが声をかけてきた。安堵と気遣いの混在した微笑みが、マフユへと向けられる。

 琥珀色の瞳は無事な勝利に対する喜びと、倒さねばならなかった被害者への哀悼、それを実行した少女へのおもんばかりが瞬いていた。

 自分自身も葛藤を抱きながら、マフユは正しいことをしたのだと肯定を示す。

 そこに覗く感情の振れは、契約精霊にないものだ。人間と精神性が異なる精霊は、異形退治に感傷や懸念を微塵も抱いていない。主以外の異種族がどうなろうと関心の外なのだから。

 よって思いの機微を共有できるのはサユキだけである。


「サユキくん、ちょっとこっち」


 温和さを感じさせる垂れ目に、線の細い容貌。そんな少年の姿を俯瞰的に見詰めた後、マフユはチョイチョイと手招きした。

 彼女の挙動へ不思議そうにしつつも、サユキは近付いていく。


「どうかしたの?」

「負傷はしてないけど、大量の霊子力を消費した。補充が必要だわ」


 言い終わるかどうかの間に、マフユは正面からサユキに抱き着いた。

 倒れ込むように少年の体へ触れ、両手を相手の腰へ回す。

 驚き戸惑うサユキを意に介さず、身動みじろぎも許さないよう全身で密着した。


「ま、マフユちゃん!?」

「二人の距離が近いほど『従属じゅうぞく隷結れいけつ』は効果が高まる。それは実証済みでしょ。大人しくしてて」


 巫女装束の美少女にハグされて、サユキは顔全体を紅潮させる。

 緊張と興奮から急激に高まる鼓動。激しい心音が服の隔たりを越えて、胸に押し付けているマフユの耳へ届いた。

 左手を着ているパーカーの内側へ潜り込ませ、シャツを捲くって背中へ直接触れさせると、更に鼓動が早鐘を打つ。

 マフユの手へと、サユキの上昇する体温が伝わる。頭の少し上からは、生唾を飲み込む音も聞こえた。

 これに連動して少年から流れ込んでくる霊子力の総量が明確に増大し、大技での消耗分が刻々と再填(さいてん)されていく。

 自分の役割を承知しているサユキはされるがままで、彼女を引き離そうとはしない。ただ所在をなくした両手が、マフユの背に回ろうとしたり、やっぱり思いとどまって離れたりを、ぎこちなく繰り返していた。


「私は自分が間違っているなんて、何一つ思ってない」

「え? う、うん」

「だからサユキくんが気を揉む必要もない」

「それは、でも」

「分かった?」

「……うん、分かった」


 抱き着いた状態で、マフユは囁きを送る。

 異形との戦いに苦悩はしないという言及。思うところはあれども、それで戦意を鈍らせないのだと。

 声は小さいが有無を言わさぬ迫力に押され、サユキは逡巡もそこそこに頷かされた。


「マフユちゃんは強いね」

「進むしかないからよ」


 羨望と感嘆の隣り合う呟きに、マフユは事もなげに返す。

 決然とした言葉が夜気に溶けて広がる周りで、精霊達の騒ぎは止まない。


「うふふ、アタシもハグハグして欲しいわぁ~」

「オレに抱き着こうとすんな! 暑苦しいんだよ!」

「ワタシの触手を貸しましょうか? 後輩君に負けない弾力と抱き心地を約束しますよ」

「ぽめめ!?」

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