第81話:少年恋愛突作戦
ある日の昼下がり、市内のカフェに向かい合って座る二人の男がいた。
一人はスリーピーススーツを着こなした金髪の美丈夫。アイドル顔負けのスタイルを誇る風の精霊チアキ。
もう一人は薄水色のパーカーにグレーのカーゴパンツを合わせた蒼い髪の少年。こちらは垂れ目で美少女めいた容貌のヤマトネ・サユキ。
近くに他の精霊やマフユの姿はない。
チアキとサユキのみという珍しい取り合わせである。
「ごめんなさいねぇ、わざわざ時間を作ってもらっちゃって」
「それは全然大丈夫。今日、マフユちゃんは?」
「部屋で休んでるわ。霊子力はサユキちゃんから補充できてるけど、慣れない精霊の複合技で疲れが残ってるのよね。今はシュウカちゃんとポメちゃんが付いてるから、アタシはちょっと自由行動させてもらってるの。いい機会だからサユキちゃんとお話ししておきたくってぇ」
「な、なにかな?」
「やぁねぇ、そんなに身構えなくてもいいわよぉ。単刀直入に聞くんだけど、マフユちゃんのこと、どう思ってるのかしら?」
にこやかな笑みと共に投げられた問いかけ。
サユキは二度三度と瞬きを繰り返し、唖然とチアキの顔を見詰めていた。
相手の意図を図りあぐねている様子で。
「えーと、スゴイと思うし、尊敬してるよ。僕と同年代なのにずっと強くて冷静だし。どんな相手にも怯まない。僕に無いものを全部持ってるから」
「ふ~ん、なるほどぉ。そうなのねぇ」
「ホント、あんなに戦える人を僕は知らないよ。ヤマト一族の中にも10代であそこまでの猛者はいない。憧れちゃうよね」
「それは退魔師としてのマフユちゃんについてでしょ。次は女の子としてどう思っているのか、教えてちょうだい」
続いての質問に、サユキは飲んでいたオレンジジュースで咽かえった。
果汁を盛大に吹き出しそうになり、コップを慌ててテーブルへ戻す。
その間にも咳き込みながら、ニコニコしているチアキを見た。
「な、なに?」
「だからぁ、女の子としてマフユちゃんをどう思ってるのか、聞いてるのよぉ。異性としてどう見てるのかしらぁ?」
「急にそんなこと言われても……」
「あら、アタシが相手だからって取り繕う必要はないのよ。むしろ正直な本音を聞かせてもらいたいの」
チアキの視線から逃れるように目を逸らすサユキ。
しかし退席することもできず、しばし口ごもる結果となった。
対面に座る精霊のにこやかな待ち顔へ押されること数秒。観念した少年は、しどろもどろに話し始める。
「霊子力のためとはいえ、スキンシップが過剰で、その、困るかな」
「困るのぉ?」
「そりゃ僕だって男なわけで。ベタベタされると変に勘違いするというか。期待しちゃうというか。都合よく解釈するというか。嫌いな男を触ったりはしないよねぇ、なんてことを考えたり、考えなかったり」
「マフユちゃんのこと、好きになっちゃったぁ?」
「そ、それは、だって、可愛いし、凛々しいし、どんな時も綺麗でカッコよくて。なにより僕のことを必要だと言ってくれて、傍に居ろなんて頼まれたら。そりゃ好きになっちゃうでしょ」
「だったら告白しちゃいなさい」
「ええぇ!?」
「想いを秘めてても、マフユちゃんはぜーんぜん察しないわよ。そして一生気付かないわね」
チアキの発言に目をむいて、サユキは赤面しながら慌てふためく。
視線を左右へ忙しなく泳がせ、コップを持とうと伸ばした手は落ち着きなく振動していた。
「こ、こここ、コクハクなんて、そんなこと、僕には……」
「別にからかってるワケじゃなくってよ。これはマフユちゃんの為でもあるんだから」
「ど、どういうこと?」
「あの娘は復讐を目的に生きてる。お母様の敵討ち、それだけが人生の目標なの。アタシはその生き方を否定しないわ。マフユちゃんが望む限り寄り添って、力を貸し続ける。それはいいんだけど、問題は復讐が達成された後なのよね。憎い仇を滅ぼすことに全てを捧げているからこそ、いざ事が成ったら何もかも無くなっちゃうじゃない」
左頬に手を当てて、首を傾け、チアキは溜息を吐いた。
口調は世間話程度の気軽さだが、表情は深刻な困り顔。これを前にしているとサユキの頭も少しばかり冷えてくる。
「燃え尽き症候群、みたいなことかな」
「そうなのよ。マフユちゃんには復讐達成後にやりたいことがなーんにもないの。だからこそ盲目的に一点へ注力し、年頃の女の子とは思えないほど研ぎ澄まされているんだけど。このままじゃマフユちゃんは戦いの中で全てを燃やしきって、悲願達成と共に命を使い果たしちゃいそうだわ。フオウちゃんも心配してる。これって、あんまりだと思わない?」
「う、うん。寂しすぎる」
「アタシはマフユちゃんのことを、とーっても気に入ってるの。精霊使い云々は関係なく、あの娘個人が大好きなのよ。だ・か・ら、マフユちゃんに新たな生きる糧を持ってもらいたいわ。敵討ちは終着点じゃなく通過点の一つで、その後も人生を紡いでいくと自分自身で望めるような。じゃあそれはなに? どういう理由が必要? それはねズバリ、恋をすることよ」
「誰かを好きになって、一緒に生きていきたいと思うようになれば、復讐が終わった後も大丈夫。そういうことだよね」
「ピンポーン。ウフフ、やっぱりサユキちゃんは話が分かるわねぇ。マフユちゃんに必要なのは未来への希望よ。サユキちゃんが告白して心を掴めば、皆ハッピーハッピーでいいことづくめね」
「でもマフユちゃんは僕のこと、男として見てくれてるのかな」
「ん~現状まったくなんとも思ってないわ。霊子力の補給に役立つ人以上でも以下でもない。マフユちゃんのスキンシップに好意はゼロよ」
「うぅ、改めて否定されると、けっこうショック」
チアキの容赦ない評価に、サユキはガックリと肩を落とした。
淡い期待を完全に打ち砕かれ、意気消沈の様。
そんな項垂れる少年へ向け手を鳴らし、チアキは顔を上げさせる。
「なにへしょげてるのよぉ。ここから頑張って意識させていけばいいんじゃない。シャキっとなさいな。サユキちゃんは絶好のポジションにいるんだから、そこのところ分かってて?」
「マフユちゃんの傍にいて、触れ合える機会が多いのは、うん」
「だったら他の誰にもないアドバンテージを最大限に活かすのよ。マフユちゃんはこと戦闘に於いては抜群に機運を読むけど、それ以外に関しちゃ鈍感レベル100の女だわ。顔を合わせて想い伝え続けなきゃ、1ミリだって心動かさないんだから」
「こ、困難極まれり」
「そんなこと言ってると、いつの間にか決着がついてマフユちゃんから『もう霊子力タンクはいらない』なーんて切り捨てられちゃうわよ。折角頼りにしてくれてる相手から必要ないなんて宣告されたら、どんな惨めな気分になるかしら。また役立たずちゃんに逆戻りねぇ」
「そんなの絶対イヤだ~」
サユキは頭を抱えて呻きながら、涙目になった。
一度必要とされる喜びを知った今、かつての無為な日々へ対する忌避感は大きい。
少年の心情を見透かして、煽るチアキの唇はよく滑る。
「なら気合を入れてマフユちゃんにアタックあるのみ。戦いが終わっても隣にいて欲しいと求められるようになれば、サユキちゃんだって満たされるでしょ」
「うん、うん!」
「アタシたち外野がどんなに騒いで、誰それのどこがイイだの言ったって、マフユちゃんには一切響かないわ。あの娘に届くのはただ一つ、本人が直接伝える本気の気持ち。熱くて強い全力ダイレクトアプローチだけよ」
「わかった!」
「そうな決まれば善は急げ、思い立ったが吉日よ。今すぐマフユちゃんの所に行って、思いの丈をぶつけなさい」
「りょうか――今から!?」
「こういうのは勢いが大事なの。サユキちゃんのことだから、時間を置いたらまたウダウダ悩んで二の足を踏んじゃうでしょ」
「あうぅ、反論できない」
「ほらほら、立って歩く歩く」
「心の準備が……いや、いう、言うんだ。言わなきゃいけない、今日!」
風の精霊に発破をかけられ、サユキはいよいよ覚悟を決めた。
勢いよく立ち上がり、真剣な面持ちで拳を握る。
その姿を満足気に眺めつ、チアキは更なる合いの手を入れて鼓舞を続けた。
「マフユちゃん、サユキちゃんが話したいことがあるんですって。聞いてあげてよぉ」
「いいわよ」
「あの、マフユちゃん」
「なに」
「好きです! 僕とお付き合いしてください!」
「わかった」
「いきなりこんなこと言って困るかもしれないけど、僕は……て? えぇ!? いいの!?」
「そう言ったけど」
「嬉しい、けど、え? 本当にいいの? なんで?」
「サユキくんが頼んだじゃない。今」
「それは、うん、確かにそう。いやでもOKされるなんて思ってなかったから」
「じゃあ、やめましょうか」
「是非よろしくお願いします!」
「わかった」
「いや~ん、二人ともおめでとう~。初々しいカップルの誕生に立ち会えて、アタシも嬉しいわぁ~」
「あ? なにがどうなってんだ、こりゃ?」
「ぽめめぽめ?」




