第79話:月下戦火⑤
「大丈夫、まだ十分やれる」
「痩せ我慢は身を滅ぼしますよ。さぁさぁ後輩君、アナタの治癒を使ってくさださい」
「ぽめめめ!」
豊穣な大地に根差す癒しと活性の力が、緑の燐光となってマフユを包んだ。
精霊の助力が働き内側から回復が始まり、ナノマシンにより強化されている賦活能力を更に増進していく。
状態の安定と連動して呼吸が整えられると、マフユは思考を切り替えた。戦う為の意識を再び研ぎ澄ます。
悲鳴を上げていた四肢は震えが治まり、気力を絞ることで改めて全身に力を這わせた。首擡げる倦怠感を意志で抑え、両足から強く路面に踏みしめる。剛剣を握り直して、腕を上げ、正面へと視線を送った。
先刻と比べて遠く離れた場所に、あの異形が立っている。今の距離からでは、一足飛びに間合いを詰めることは難しい。
それだけの距離感があって尚、確認出来るものが他にもある。光だ。前に見たのと同じ赤い光が、怪物の頭部に輝いていた。
新たな火球を生み出し始めている。しかもより激しく、より大きい。爆発力を飛躍的に高めた致命の一撃とするべく。
「今度の火炎弾は、さっきの何倍も危なそうね。その分、チャージする時間は長そうよ。シュウカちゃんなら防げるかしら?」
「アイツの使う炎はなんか歪んでんだよ。オレの言うこと聞きゃしねぇ」
「やれやれ、肝心な時に使えない先輩ですねぇ。ワタシはガッカリですよ」
「ぽめん」
「うるせぇ! だったらテメェがどうにかしてみやがれ!」
「ワタシが得意なのは死者の魂を扱うこと。対して彼は死んでいるわけでなく、生きたまま変えられている哀れな魂です。つまりワタシの管轄外ですね。なので残念なことこの上もありませんが、お力にはなれそうもありません」
「テメェにも無理なんじゃねぇか、クソッタレ!」
「んもぉ~、こんな時に喧嘩はやめなさい。真面目に働いてるポメちゃんを見習いなさいな」
「ぽめめ~めめ」
話し合いなのか貶し合いなのか、いつもの調子で騒ぐ精霊達の声を聞いていると、マフユの気負いが解れていく。
不慣れな精霊の複合技で戦っていることもあり、我知らず肩に余計な力がこもっていた。四精霊の掛け合いはそんなマフユに息を抜かせ、必要な分だけの緊張に留まるよう気付かせてくれる。
彼等が分かってやっているのか、はたまた各々の性格が時も場所も選ばないだけなのか。詳しいところは判然としないが。
「束ねた力の使い方が少しずつ分かってきた。今度は全開で押し出す」
浅く一度息を吐き、マフユは適度な余裕を保って宣告した。
やるべきことを伝えられると、喧々囂々言い合っていた精霊達が速やかに舌戦をやめる。
主の意向と目的意識を共有し、同じ方向へと力を向けた。
「皆、力を借りるわよ」
「ええ、任せてちょうだい」
「イッチョやったるぜ!」
「この辺りでワタシも役立っておかないと立つ瀬がありません」
「ぽめー!」
黒い異形を視界に収め、マフユは肩幅に脚を開く。続いて両腕を頭上へと振り上げ、剛剣を高々と掲げた。
次に行うのは深呼吸。大きく息を吸い、吐き出して、その作業を数回繰り返す。少しずつその間隔が短くなると、精神の集中が始まった。
イメージする。自分の体に満ちる精霊の力を。それが光の川として流れる情景を、胸の内に描き上げる。血流の音へ耳を傾け、鼓動に意識を重ね合わせる。心を落ち着け、より強く思い馳せるのは輝きの深さ。明光の大きさ。意思の大海に没入し、どこまでも落ちていく。自分の内へ、深く深く。
その先に見えた。膨大な光の大河が。
想像が実感を伴って認識された時、彼女の意識は急速に覚醒を果たす。肌が軽く痺れた。心臓が一際強く跳ねる。
全身に高揚感が伝わり、見えない力が頭の先から足の先まで走り抜けた。
「これが私と精霊の力、今全てを一つに」
マフユは凛とした声音で紡ぎ出し、誰に向けるともなく高らかに謳い上げる。
それへ合わせて、巨大な刃が眩い光に包まれた。
直視に耐えない絢爛たる聖光が刀身全体へ宿り、爆発的なエネルギーを溢れさせる。
夜闇が彼女の周囲でだけ払われ、遠方で燃え盛る炎をも超える光量が、擬似的な太陽さながらに顕現した。
「征けッ!」
細い喉を激しく震わせ、マフユは華奢な体から出せる限界近い声で発す。
同時に巨大な光纏いし剣を、大上段より力一杯振り下ろした。
正面空間へ振るわれた剛剣から光が爆ぜ、凄まじい勢いで解き放たれる。枷を外された光の奔流は、鮮烈な閃光となって一直線に駆け出した。離れた異形目掛けて、迷いなく突き進む。
圧倒的な光芒は壮絶な激流を作り、敷かれた道路の表層を押し分けた。極大の光柱を横倒したような輝きが、夜闇の全てを鳴動させる。
一条の轟幕は目が追い付かない程の速度を出し、進路上にある全てを圧す。路面が抉れ引き裂け、無数の砂粒となった破片は、光の流れに合わせて彼方へと舞い去ってしまう。
巨大な爪痕を刻みながら光芒は走り、瞬く間に標的を捕えた。口の中で火炎の弾丸を構築していた異形は、突如として差し迫ってきた光の波に、成す術も無く飲み込まれる。
逃走の機会など与えられない。耐えることも意味を為さない。巨大に過ぎる破浄の光流が、異形を一瞬の内に抱え取る。上下前後左右全方位を明光が埋め、異形の周囲はこれ全て金色となった。
一切の不浄を許さない潔癖的な力が、怪物の体を蚕食していく。一瞬毎に異形の身は崩れ落ち削れていった。暴力的に押さえ付ける光が、漆黒の全容を貪り、消し散らすまでに然程も時間は掛からない。
損傷部から噴いた黒い体液は、その端から蒸発する。砂で出来た楼閣が波にさらわれ崩れるように、異形の体は溶け砕けて実像を失っていった。
爪も、四肢も、胴も、首も、複眼も、一切合切例外なく、絶大な光に襲い潰され弾け散る。後には異形の存在を感じさせる物は何一つ残らない。欠片もまとめて消滅させ、臭気も気配も霧消させた。




